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幻影  作者: 壁野実
1/1

出会い

 「君の事を…好きになっていいですか。」


 「…え?」

…何故こんな事になってしまったのか。




 私は山岸美郷。花の高校二年生、のはずだ。

想像していたような色恋に塗れた高校生活は、どうやら私の元には現れなかったようで、青春を謳歌するわけでもなく高校生の折り返し地点を迎えようとしている。


 しかし、そんな私を嘲るかのように、周りは甘ったるい柔軟剤のような高校生活に満ちている。そんな現実に当てられてか、それとも青春とやらに嫌気がさしたのか、早くも惚れた腫れたの夢の毎日を諦めつつある。


 そんな自分の元にもどうやら春が来たようで、ラブレターというものを17歳にして初めて貰った。


 ――話は少し遡る。



  ○



 高嶺の花や、クラスのマドンナなんてものがあるが、別に女性に限った話じゃない。


 三門春樹。すらっとした高身長で、生活するために必要最低限の筋肉がついた細身。後姿だけならボーイッシュな女性に間違えてしまうような髪に、中性的な顔立ちはどこか儚さを漂わせている。


 そんな淡い色香に惑わされた女子達は、同じ色に染められたいだとか、逆に染めてやりたいだとか、ついには手篭めにしてやりたいとまで言い始めた。到底うら若き乙女の発言とは思えない。


 それほどまでに強力な魅力に溢れる彼だが、浮いた話を一度も耳にしたことが無い。あまりにも女の影が見えないために、実は婚約者に先立たれた未亡人である、という訳の分からない噂が女子の間で広まった事もあった。


 勿論、彼に想いを告げた人がいなかった訳じゃない。しかし、誰一人としてその想いが結ばれたことはなかった。あまりにも女子に関心がないために、次は男が好きなんじゃないかという疑惑が男子の間で広まり始めた。心做しか男子は嬉しそうだった。



 そんな彼がなぜか、特段仲が良い訳でもない私にラブレターを送った。


  山岸さんへ

 放課後、三階の渡り廊下へ来てください。

 あなたに話したい事があります。

 待ってます。

  三門より


 …訳が分からない、情報の少ないこの手紙が、かえって怖くて仕方がない。

 しかし、宛名という絶対的な事実がある以上、彼が私に宛てた手紙という現実を受けれなくてはならない。


 けれども、この手紙が真に彼の書いた手紙という事では無い。

 彼は非常に人気がある、それもこの学校の殆どの人間からだ。この手紙が偽物のラブレターだとするならば、そこに彼の名前があっても何らおかしくはない。


 長考の末、私はこれが偽物のラブレターであると結論づけた。しかし私はどういう訳か約束の場所へ向かっていた。理由は()()()()、私を騙そうとした人間の顔を一目見てやろうと思ったのだ。

 …おそらく私は今世紀最大の大嘘付きだろう。


 ――そして今に至る。



  ○



 「…えっと、好きになっていいですか、っていうのはどういう…」


 「え?そのままの意味ですけど…」

訳が分からない。私が知らないだけで、人を好きになるには許可が必要だったのか?


 「確認しておくけど、私の事は好きなの?」

 「好きじゃないです。」

…呆れて声も出ない。つまり、この変人は好きでもない相手に、好きになる許可を得ようとしている。ということになる。

 それにしても、呼び出されて告白未満の告白をされた挙句、面と向かって好きじゃないと言われるとは思いもしなかった。


 「じゃあ…その、なんで私を好きになりたいの?」

頭の中を整理して、引っ掻き回された思考の中から拾い上げた、精一杯の質問だった。

 「だって…その…―――れ――から…」

普段は可愛げのある小心的な態度も、状況が状況だからか腹が立って仕方がない。

 「何?はっきりしてよ、もう…」


 「…だって、だって捨てられたんだから仕方ないじゃないか!」


 ………辺りが一斉に静かになる。

その空気に耐えきれず、カラスはかぁかぁと鳴き出した。つられて目の前の阿呆も泣き始めた。


 気がつけば周囲の視線は、二人に向いていた。

 差し込む夕陽も、周りの視線も、何より目の前の泣きじゃくるクラスのマドンナ君が、私の涙の権利を奪い去ってしまった。

 たまらず私は三門の手を引き、近くの美術室へ駆け込んだ。

都合がいい事に、この時間の美術室は部活があるにも関わらず誰もいない。あまりに部員がいないために、生徒と一部の先生の間では、この学校の心霊スポットと呼ばれている。


 教室に入り、勢いよく扉を閉める。

 「なんであんなこと叫んじゃうかなぁ!」

この短時間で溜まりに溜まった怒りと、少しだけ日頃の鬱憤を込めて、私も叫んでしまった。

 「だって、だってさ…」

 この期に及んで、だってだってとしか言わない彼に腹が立つ。儚さというよりただの小心者なだけじゃないのかこいつは。


 「まぁ、とりあえず何があったか教えてよ、何も知らないままじゃ収まり悪いし。」

 「うん…」

碁盤の目のように並んだ机に、少し離れて座る二人。


 下校時間まであと二時間。存分に話はできる。


 「…何から話そうか。」

言葉に詰まる彼。想像以上に話が複雑な予感がする。長話は苦手ではないが、たった今嫌いになった。


 「まず、()()()()()って何?」

 「それは、セフレ?って関係の子が本命に――」

 「待って、ちょっと待ってよ、セフレ?君が?」

思考がぐちゃぐちゃになる。いくら考え直しても、クラスのマドンナが実は性に奔放な男子だったって事になる。

 確かに彼はモテる、それも非常に。だからってセフレが居るものなのだろうか。私の経験不足と偏見が相まって全くわからない。


 「確認なんだけど、恋人じゃないんだよね?」

まだ私の妄想が膨らみすぎているだけかもしれない。頼むから恋人あって――

 「うん。」

…最悪だ。

正直なことを言うと、私はこういう類の話が大の苦手なのだ。男女のいろいろが面倒くさく、また気持ち悪くて仕方がない。

だから、もし私が人と付き合う事になっても、性欲と掛け離れた関係でいたい。

 勿論それが不可能だということは分かっている。恋情と性欲は、表裏一体であると。


 「それで、そのセフレちゃんと何があったの。」

 「実はその子、2つ上の幼馴染で、本命の子と結婚したいから、って。」

 「ああ結婚ね、結婚。ここまで来るともう驚かないよ。」


 「…でも、その子が結婚して、君と別れたとしてもだよ、私を好きになりたい、ってのはどういうことなの?」

 それは…と、頬を赤らめている。


 「彼女の事が…忘れられなくて…」

 「いや、だからなんで私を――」

 不思議に思っていると、()()()()に気付きはっとする。

 迂闊だった。客観的に見れば、今の私は「告白してきた男を連れて、誰も来ない教室へ駆け込んだ女」ということになる。

 私は性欲的なものが嫌いだ。これまでの人生でも、幾度となくそれを避けてきた。そんな私が、目の前の男の劣情を察する事などできるわけがなかった。

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