いこと
まずさぁ、菊田が言うには、なんだか田舎の村みたいなところだったらしいのね。商店街があって、あとは光が少なかったって。比較的都会みたいなものは見えたらしいんだけど、それでも東京に遠く及ばないから、大都市の近くではなかっただろうってさ。
そんな感じで、山に囲まれた土地だったらしくて。もちろんのこと水田はないし、ひとまず農業が盛んな地域の線は消えてる。酪農とか家畜を育ててる気配もないし、あいつが言うには、村人は山で山菜を取るか獣を取って生活してるんじゃないかってことだった。俺もそれには同意。あいつの夢を見たわけじゃないから分からないけど、夢の話を聞いてるかぎり、村人に自分たちで何かを作る余力があるとは思えなくて。まぁ、豊かそうではなかった、て言ってたな。
だけど菊田はそんな村の様子を覚えているんだけど、詳しい景色は覚えてないんだ。たぶん恐怖感とか、感じたことだけ覚えてたんだろうね。なんていうか、視覚じゃなくてこういうものを見た、っていう、その言葉で形容された記憶で覚えてたみたいな。難しいけどさ。何回も何回も夢に見たのに。
だから俺はとりあえず、SNSとか掲示板で話を募集してみた。あいつが覚えていた大体の村の様子を書き込んで、同じような話を聞いたことないか調べてみた。けど、結果は惨敗。何となく分かってたけどね。俺は、あいつの言うことは信じるけど、あいつの信じるものを信じるわけではなかったから。
次に、霊媒師とか、スピリチュアル? みたいなものに関する人たちを当たってみた。するとまぁ不思議。みんな俺を敬遠するんだ。それから……同じような話を聞いたこと、あるみたいだった。
久遠さんはメモ帳をしっかり見ながら語った。
「その……非科学的な分野では有名な話ってことですか……?」
「たぶんね。もちろん確信があるわけじゃないけどさ。ちゃんと話を聞けたのも、ほら、前に言ってた霊媒師の人だけだから」
「危険だって言ってた人ですか?」
「うん。その人」
久遠さんは満足そうに頷く。
「まぁだから、遠ざかった方がいいんだろうけどね、この話からは。俺は死ぬ間際に菊田に託されたから、そういうわけにもいかなくて」
「そうですよね……俺はなんか、命かかってる気がするし……」
最近起こりまくっている怪奇事件の数々。思い出しただけで身も凍るようなそれらは、確実に俺の命を狙ってきているような気がした。
「まぁ、菊田が亡くなったのが、本当にその夢が原因かは分からないんだけどさ。本人が言ってただけだから。だから気負わないでね」
「そう、なんですね……」
でも実際問題、死相が出てるなんて言われる事態になっているわけで。
「わからないですね……」
気づけば俺はぼんやりと呟いていた。
「ん?」
「俺、色々考えたんです。とは言っても、高校生ですし、別に頭がいいわけでもないんで、大したことじゃないですけど……」
「ううん。言ってみて」
「その……元凶の、霊というか、呪いというか、そういうものがいるとしたら、一体目的はなんだろうって」
「目的、かぁ」
下に向けていた視線を上げて、久遠さんと目を合わせてみる。緊張を解すように、ふんわり笑ってくれた。
「だって、大抵のホラー小説とか映画とかって、あるじゃないですか、理由が。貞子だって殺されて井戸に捨てられたからあんなになったわけで……あとは口減らしとか。口減らしじゃなくても、土地に元々住み着いていた人間ではない何か、と癒着してたとか……」
そう。今まで12chで話題になってきた話たちにも、ちゃんと理由があった。口減らしするときに出てくる子供の死体を呪いの道具に使ったりだとか……土地に住む幽霊に近づかないように、独特の歌があって、それを子供に言い聞かせていたりだとか。そんな良くない関係になった瞬間に、あいつらは襲いかかってくる。
今回の夢は、その"異形"の目的が何も見えない。ただ闇雲に怪奇現象を起こして、俺と久遠さんを会わせただけのような……
「山田くん、怖い話好きなんだね」
ぐるぐる考え込んでいたら、そう言われてドキッとした。久遠さんの口調には、優しさが含まれていたけど、何となく雰囲気が変わったから。
「好き、ですけど……」
「そっかそっか」
慌ててフラペチーノを飲む。相変わらず甘ったるかったけど、少し安心した。
「いや、なんか珍しいなぁって思って。でもちょっと心強いよ」
「そんな詳しくなんか……12chで見たくらいで」
「やっぱり見たんだ12ch。もちろん、俺の投稿も見てるでしょ?」
見透かすように瞳を歪める。掴みどころのない人だ。怖いと感じたのは、掴みどころのなさを感じ取っていたからだろうか。
「見ました、けど……」
「うん。話の通りが良かったからさ、見たんだろうなぁとは思ってた」
「はぁ、……」
曖昧に相槌をうつ。久遠さんはフラペチーノを飲みきってしまうと、メモ帳をしまった。自分のが半分以上残っているのを確認して、慌てて吸い込む。
余裕が違う。だいぶ憔悴しているはずなのに、彼には余裕がある。
それに対して俺はどうだ。久遠さんの一挙手一投足に気を取られてばかり。
ズズっと氷の混じったそれを飲み込みながら気づいた。
――もし話が全部でっち上げで、全部久遠さんが仕組んだことだとしたら? 全部久遠さんの手のひらのうちだとしたら?
どこかで警笛が鳴った気がした。