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ちいま

 あれから久遠さんはコンビニで絆創膏を買ってくれた。俺の財布に伸びた手を止めて、わざわざ払ってくれたのだ。ここまで来ると裏があるように思えないでもないけど、でも久遠さんだから。なんだか本当に心の底から優しくて、人を信じさせる力があるような気がした。


「んー、どれにする?」

「悩みますけど……コーヒー、ですかね」


 そして今。

 久遠さんが言った通り、最近できたらしいカフェに腰を下ろしている。全体的に木が多く使われていて、シンプルでオシャレだ。利用している客も、ほとんどが大学生や会社員の昼休憩で、年齢層も比較的下の方な気がする。

 だけど1つ問題があって、それは思ったより高いということ。飲みたいなと思ったチョコフラペチーノは500円近くして、しがない高校生の財布には少し重たい。今月は買いたい漫画の最新刊も出るし、ここは我慢するしかないだろう。

 しばらくメニュー表とにらめっこした挙句、俺はコーヒーを選んだ。だいぶ安いし、コーヒーならあまり負担にもならない。

 

「えっと……そもそも名前聞いてなかったね。ごめんね」

「あ、俺の方こそ名乗らず……すみません。山田拓也(やまだ たくや)と申します」


 ぺこん、と頭を下げると、久遠さんはまた柔和な笑みを浮かべた。体が痩せすぎているから少しアンバランスだけど、普段からよく笑うほうなんだろう。言い方はおかしいけど、板に付いている。


「それで、山田くんはコーヒー好きなの? 苦いのいける方?」

「コーヒーはそこそこ好きです。苦いのは、まぁいける方かな……」

「甘いのの方が好き?」

「はぁ……まぁ、甘い方が好きっちゃ好きかもしれないですけど……」


 なんだか質問の意図を捉えかねて、変な返し方になってしまった。内心疑問に思っていると、久遠さんが手を挙げる。


「すみません。ここ、チョコフラペチーノ2つ」

「えっ!?」


 思わず驚いてシパシパと瞬きする。


「だって、長いこと悩んでたでしょう? フラペチーノかコーヒーか。俺が奢るから大丈夫だよ。それに期間限定だからさ、フラペチーノ」

「いやだってそんな……申し訳ないです」


 恐縮すると、ブンブンと手を振る。


「気にしないで。俺、そこそこ稼いできたから。こんなの負担にもならないし。まだ高校生なんでしょ? まだまだ大人に甘えないと」

「ありがとう、ございます」


 久遠さんから、モテオーラみたいなものが漂う理由がはっきり分かった。

 余裕があって、落ち着いてるし、優しくてさり気ない――もはやさり気なくもないけど、気遣いができる。俺の視線だって、いつの間にか彼の手中にあった。

 口調だって砕けて、たぶん俺が話しやすいようにしてくれてるし、物腰が柔らかくて緊張しないようにしてくれている。


「凄い、ですね。久遠さん。生意気に、上から目線になっちゃいますけど……」

「ううん。そんなことないよ。それにさ、嬉しかったから。山田くんが連絡くれて」

「連絡……」

「うん。まぁ良い内容ではないから、モヤモヤはするけどね。山田くんからしたら巻き込まれたみたいになってるし、俺の友人がそのせいで死んだんじゃないか、なんて話も聞かされちゃってるし……」


 久遠さんは薄く笑って、運ばれてきたチョコフラペチーノに会釈すると、ストローでスルスルと飲み始めた。爽やかだな、この人。でもなんか。なんだか、やっぱりまだ怖い。

 いつも笑顔だ。裏がありそうな笑顔ではない。心の底から優しく笑っているように見えるし、俺のことをちゃんと考えてくれているような気がする。

 全てが完璧なのに、だからというべきか、不安になってしまう。前回みたいに抜けた姿を見せてこないあたり、おそらく彼の中で俺は、完全なるビジネスの仲間になったんだろう。


「じゃあ、いただきます」

「どうぞどうぞ」


 勧められるままにショコリキサーに口をつけると、かなり甘い味がした。甘党の俺にはたまらない美味しさだ。ふふっと思わず顔を綻ばせてしまう。久遠さんはあざとく頬杖をつきながら俺を見ていた。


「それで、話聞かせてもらえるかな」

「あ、はい。夢を、また見まして……」

「夢?」

「はい。たぶん前回の続き……と言うよりかは、同じ夢だと思います。久遠さんが前に言っていたように、音と視線が気になる、奇妙な夢でした」

「なぁるほどねぇ。じゃあそこは菊田……あ、友達、菊田っていうんだけどね? 菊田と一緒だったわけだ」

「はい。おそらくですけど。それで今朝見た夢はいつもよりも鮮明で、でもボヤけてしか覚えていないような、そんな感じで……」

「うんうん」

「少しでもお役に立てれば、と……」


 自分でもいまいち的を得ない曖昧な説明だったが、久遠さんは分かった、というように頷いた。


「俺が今まで見つけてきたこと、一旦全部話してみる。それでもし思い出したこととか言いたいことか、違和感あるところあったら教えてもらえないかな。その方が言いやすいでしょ」


 ね? とあざとく言う久遠さん。俺はただ頷いた。

 久遠さんは笑みを引っ込めると、メモ帳を開いた。びっしりと文字が書き込まれている。


「えっとまず俺はね、とりあえず菊田に言われたことを全部メモしてたんだけど……」


 長いまつ毛を伏せて、久遠さんは静かに話し始めた。

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