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いよや

 久遠さんは授業中に連絡してくれていた。午後1時半、改札で会いましょう。たったそれだけだった。

 そういえば今まで考えたこともなかったけど、仕事とかどうしてるんだろう。辞めているのだろうか。思い返せば、12chに書いてた気もする。

 会社に行ってるにしても、俺と早帰りのタイミング被るなんてことないだろうし、休むしかないだろうし。でも、1日でパッと決めれることでもないよな、社会人だったら。

 ていうかそもそも、早帰りと夢のタイミングが良すぎる。これも夢のせいなのか。頭の隅でぼんやり考えていたら、前よりも痩せた久遠さんの姿が見えた。相変わらず夢について調べているのだろう。

 体調が悪くなるまで、あるかないか分からないものについて調べ続けるって、相当な気力がいるはずだ。よっぽど仲の良い友人だったのか、もしくは何か思うところがあるのか。俺には分からないけど、いつも真剣さだけは伝わってくる。

 だけど。たった1週間。その1週間で久遠さんの雰囲気はかなり変わってしまっていた。なんというか、怖い。あまり近づいてはいけないような、そんなオーラを感じる。

 頬は軽く痩けているし、今まで着ていたピッタリしたワイシャツがブカブカに鳴っている。不健康そうな感じだけじゃなくて、髪の毛も少しボサッとしていた。全体的に、危うげな感じがする。


 だから俺はほんの少し、避けるように改札から遠ざかった。すぐに会ってはいけないような気さえした。じり、じり、と後じさり、腕時計で時間を確認する。午後1時22分。あと8分あるから、会うのはせめて5分経ってから。

 逃げるように様子をうかがいながら近くの柱まで歩く。ここなら待ち合わせに利用している人が多いから、立ち止まっても不審には思われないだろう。

 そう、ちょっと安心したときだった。


「痛ってッ!!」


 強烈な痛みが右手を襲った。思わず蹲る。慌てて手で抑えると、ポタポタと血が漏れ出てきた。あまりの痛みに息を吐いて、すっと視線を上げる。関わりたくないのか、誰もが見て見ぬふりをして通り過ぎていった。


「なんッだよ……」


 目の前に落ちているのは火災防止を呼びかけるポスター。どうやら壁から剥がれたらしい。綺麗に俺を向き、大きく女優が微笑んでいるが、問題はそこではない。

 一気にカタカタと手が震え、抑えきれない血がさらにポスターに落ちた。ポタ、ポタと静かに1滴ずつ落ちるそれは、ちょうど女優の口元を濡らした。

 ――大きく耳まで裂けた口元に。


 痛みもあって心臓が早鐘を打ち、全身の血が駆け巡る。首あたりでドクドクと脈を打つのが気持ち悪い。

 女優はまるで裂けた口から血を流し……いや、血を吐いているようで、さっき俺の手を切ったらしいポスターの端にも血は着いていた。

 なんだか信じられない出来事の連続に固唾を飲んで見つめていると、次第に血が動き出す。グツグツ、と不自然な動き方。こっくりさんが頭に浮かんだ。


――ニゲルナ。


 まるで誰かが目の前にいて、書いているかのように、逆さの文字はそう語った。


「あっ……」


 声にならない声が漏れる。でもそれ以上何も言えず、放心状態になっていると、不意に肩を叩かれた。それでさえ恐怖で、思わずビクッと体を震わせる。


「あれ、えっと君は……」

「……久遠さん……?」

「そうだけど……それより大丈夫です? その、手」

「あ、はい、大丈夫です……」


 やっと息が気管を通るようになった。ここ最近、息を飲んでばかりな気がする。手だって、急にジンジンと痺れだした。さっきだって痛かったけど、その比じゃない。どうやらアドレナリンで痛覚がバカになっていたようだ。

 でも気になるのは手じゃなくて……


「あの……見えないんですか?」

「何が?」

「ポスター、です……」


 久遠さんは不思議そうな顔をしてポスターを覗き込んだ。


「何も見えないかな」

「そう、ですか……」


 どうやら見えているのは俺だけらしい。この場合、条件はなんだろう。見える人と、見えない人の。

 夢を見たからか、もしくは何者かが俺に執着しているか。そういや安西が、死相が出てるって言ってたっけ。


――あれ、俺このままいけばガチで死ぬかもな。


「それより手だよ。痛そう。かなりざっくり切れてるね。ポスターなのに攻撃力高いなぁ」


 久遠さんはカバンからいそいそとハンカチを出すと、俺の手の甲に当ててくれた。

 確かに、かなり深く切れている。たぶん縦3、4ミリくらいには。明らかに、ポスターでできるような傷じゃない。


「すみません。ハンカチ、汚しちゃって。今度弁償します」

「いいからいいから。あ、これ今日まだ使ってないから安心してね」

「本当にすみません」

「本当にいいんだよ。それより血が止まらない方が大変でしょう」

「本当に」

「いいんですよ」


 ね、と俺の方を向いて笑う久遠さんは、思ってたよりずっといい人なのかもしれない。細かな気遣いに、じんと心が温まる。不親切な視線ばかり投げかけられていたから、余計に。


「ありがとうございます」

「うん。血が止まったら、絆創膏買って、飲み物でも飲もうか。ここの駅、新しいカフェあるでしょ。確かこの前リニューアルしたときにできた」

「はい。ありがとうございます」


 血が止まったのを確認した久遠さんは、にっこりと微笑んだ。

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