しうざ
――さすがに、叫びはしなかった。
気味の悪い夢を見た。ぼんやりとしか覚えてないけど、気味の悪い夢を見た。
学校で、安心しきってない環境だったから騒いだりしなかったけど、怖くて怖くて仕方ない。だって、見られていた。よく分からないけど、覚えてないけど、見られていた。あと、音。言いようのないほど、気持ちの悪い夢を見た。
「……ほんっと、気味悪い」
思わず呟いてため息をつく。授業はいつの間にか終わっていた。ていうか、気づいたら保健室で寝てた。
さっき来てくれた道也によると、どんなに体揺すっても起きなくて、体調不良を疑われたらしい。珍しく先生動揺してたぞ、なんて笑っていた。
保健医にもう大丈夫です、とことわって帰宅の準備をする。あんな変な夢を見たせいか妙に体が怠くて、のろのろ歩き始めた。
でも不思議だ。世の中全部グレーに見える感じ。勝手に気分が落ち込むし、モヤモヤ、というか違和感は寝る前より大きくなっている。
ダラダラ歩いていたら、5分ほどで最寄り駅に着いた。最近改装されたらしく、割と綺麗だ。やたら混んだ改札の近くの掲示板に貼られたポスターの女優と目が合う。嘘くさく笑ったその口元になんだか腹立つなぁ、なんて思いながらICカードを取り出した。
「すみません……すみません……」
改札の列に並んでいると、切羽詰まった謝罪が聞こえてきた。どうやら、混んでいるのは青年が切符を出すのに手間取っているかららしい。
この青年が切符を取り出すのを待つか、他の改札に並び直すかを考えていると、一度はけてから探すことにしたのだろうか。俺の近くに来た青年が不意にガタン、と倒れ込んだ。
「大丈夫ですか?」
ワタワタしながらも、どうにか肩を叩く。上げられた顔に息を飲んだ。今朝、電車の中でよりかかってきた男だ。向こうは特に気にしてないみたいだから、覚えてないんだろうな。
「あ、はい大丈夫です。すみません。ちょっとクラクラしちゃって」
青年はペコペコ頭を下げ、そのせいでさらに目眩が酷くなったらしく、うぅっと呻いた。朝もふらついていたし、体が弱いのかもしれない。
とりあえず肩を支え、近くにいた駅員さんに手渡す。改札には人だかりができつつあって、さらに混み始めていた。
医務室まで連れていくことをお願いされ、青年の軽い体重を支えること数分。ふと、男は口を開いた。
「ほんとに申し訳ないです。最近忙しくて。ちょっと頭が真っ白になっちゃって……お詫びがしたいので、後で連絡先教えて頂けますか」
「いや、お詫びとかいいんでほんと。お大事にしてください」
「いえ。お詫びしたくて。借りを借りたままいるのは苦手なので。あとご迷惑になっちゃうんですけど、1つ聞きたいことがあるんです。そのお詫びも兼ねて……」
「聞きたいこと?」
「はい」
男が俺を見た。綺麗な瞳だ。純粋そうに澄んでいる。目尻には笑いジワのようなものがうっすらできていた。
「最近、亡くなった友人がある夢を見たといっていて。今から言う夢の話、聞いたことありませんか……?」
「夢、ですか……?」
まさか、そんなことあるはずないよな。
脳裏に蘇るのは、【急募】の文字。
「えぇ、夢です。すみません、突然。訳分からないですよね」
青年はふにゃふにゃと笑った。たまたまだと思いたい。けど……ただの偶然とは言えない状況に、思わずゴクリと唾を飲み込む。というより、自分の勘がただ事ではないと言っている。
「いえ……夢……すみません。急だったので……」
思ったより冷静な声が出た。なぜか緊張していて、思わず握りこんだ拳は、ぬるっと湿っていた。
「いえいえ。……あっ、すみません。ありがとうございました」
ソファに青年を下ろすと、彼はペコペコまた頭を下げた。そしてまた同じように目眩を悪化させ、呻いている。
流行りの言葉で言えば天然、な人なのかもしれない。疑うことを知らないような瞳をしているし、何より人相が優しそうだ。
背格好から言っても女性にモテそうだけど、少し残念な感じがする。いや、この残念な感じも受けがいいのだろうか。
「すみません。その、夢の内容って?」
「あ、そうですね。はい。ちゃんと言わなきゃですね」
青年が落ち着くのを待って声をかける。ふぅっと息を吐いてから、少し低めの彼の言葉が紡ぎ出された。
「ちょうど、3年前の事なんですけど、なんですけど……その友人いわく、最初は小さなお堂? の中みたいなところにいたそうです。しばらくして気持ち悪いものがお堂の周りをぐるぐる周り出して、その気持ち悪さに我慢ならなくなった友人は思わずお堂を囲っていた障子を開けたそうです。
それと、なんだか夢の初めに、誰かに『この障子は開けるな』と言われてたそうなんですけど。あ、あと気持ちの悪い夢を見た、と言っていました。
それから、障子を出たらなんか母親を名乗る女がいたみたいで。けどその女は化け物みたいで、顔がとても長かったそうです。友人はえげつない量の視線を感じて、逃げ出したそうです。ひたすら走ったところ、商店街みたいなところに出て、なんか自分の死体を見て死んだ?らしいんですけど……なんだか、視線と音が気になる、って言ってました。こういう話、聞いたことないですかね。とにかく音と視線が気になったそうで」
青年は何十人という人にこの話をしてきたのだろう。手慣れていて、ついでに12chの書き込みとほとんど同じだった。彼がイッチだというのに間違いはないだろう。
……にしても。気味の悪い音と視線。俺がさっき見た夢に少し似ている。夢の内容を覚えてないから、確信はできないけど。でもこれはきっと偶然……だよな?