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 夏休みが始まってはや2週間が経とうとしていた。

 先週は久遠さんとS市に行って帰ってきた。何だか嘘のようにしか思えない、でも夢に見て自分が実際に体験したからほんとにしか思えない、そんな不思議な体験をした。

 あのまま久遠さんと俺は普通に帰った。思ったより早く事件は解決してしまったわけで、ただ観光を楽しんで近くの遊園地に行って、一泊して朝一で帰った。

 一応久遠さんとは事件について喋ったけど、ロクな意見は出なかった。

 例えば、あの霊たちの怨念がまだ残ってるんじゃないかとか、もしくは男の子が知らせたかったんじゃないかとか。神谷さんの様子だって考えてみれば少しおかしかったし、だからつまり神谷さんが全ての犯人だなんてとんでもない意見まで出た。


「分からないなぁ」


 結局目的も何も分からないわけで。分からないし、あれ以上何も起きてないから、ただの偶然というのもありえないことじゃないわけで。ため息はついてもついても意味ないし、また面白くもない毎日になってしまったわけで。


「久遠さんも連絡くれたらいいのに」


 そう。彼は忙しいことを理由にして、全く連絡を送って来なくなった。本当に忙しいのかもしれないけど、久遠さん自身分からないことを懸命に調べようとしている感じがする。

 分からないものを調べて、でも何一つ手がかりがないから分からないというような。

 決定的な一手がなかった。


「安西に聞いてみれば分かるのかな」


 『そういうパイプ太いから』と自信満々だった彼女。何か解決するかもしれない。

 あの話だって本当か分からないし、今のままだったらずっとモヤモヤするのは確かだ。行動するなら早い方がいいだろう。

 とはいえ彼女の連絡先も知らない。よく考えたら、すぐに追い出されたから聞く暇なんてなかった。


「家、行くか」


 どうせ暇な夏休みだ。宿題だってすぐに終わらせてしまった。受験までまだ時間もあるし、今サボったところで換えのきく期間だし、とベッドから立ち上がる。

 簡単に荷物を詰めて、駅で適当にお菓子を買って、教えられた家のチャイムを押した。

 たぶん安西は一人暮らしだったと思う。もしかしたら家にいないかもしれないけど、その時はその時だ。かかった金を考えると少し寂しい気持ちになるけれど。

 ピンポーン、と間延びして数十秒。はーい、とやる気のなさそうな声で安西は出た。


「夏休みに女子の部屋(一人暮らし)にわざわざ来るなんてさ、デリカシーないやつ」


 寝起きなのだろうか、ボサボサの髪で安西は恨めしそうに言う。

 無言でマカロンの入った袋を手渡すと、家にあげてくれた。


「それでさ、急に来るなんてどうしたんだ? お前、あたしのことそんな好きじゃないだろ?」

「ちょっとまえの話で収穫があってさ。俺より安西の方が知識があるだろうから」


 この前と同じようにローテーブルで向かい合う。近くに置いてあるベッドのシーツははだけていて、直前まで本当に寝ていたんだろう。

 アイスでい? と差し出されたパピコを齧ると、安西は頭をかきながら鋭い目線を向けた。


「収穫? あんたまだアレについて調べてんの?」

「うん。まぁ……ほらさ、話したっけ。一緒に調査してる久遠さんって人の友人が亡くなったらしくて。俺と同じ夢を見たあとだったらしいんだよね。だから俺も変に死にたくはないしさ、対策できるならできるだけしとこうと思って」


 危ないのだ要するに。命の危険をこの1ヶ月ほど、それこそ死ぬほど感じた。だから、調べている。

 理由を説明しても、安西は顔を顰めたままだ。


「それ余計に危ないんだけど」

「へ?」

「だからさぁ、そういうのは、そうやって自分に興味を持ってくれる人に近づくの。普通の人間にはさ、無視されるでしょ? 寂しいの。話しかけたいの。だから、夢に興味を持つような好奇心の塊人間に取り憑くの!」


 相変わらず圧がすごい。喋った調子にアイスが口から垂れそうになったらしい安西は慌てて口元を拭った。


「じゃあ、気にしない方がいいっていうこと?」

「そゆこと。気にしていいことなんて何一つない。好奇心は猫も殺すんだよ。良くない」


 夏休みに入ったからか、前よりさらに丸くなっている。俺はどことなく納得できないまま、安西の話を聞いていた。


「実際問題、前より何も増えてはないけど、変なことばかりまた起き出すよ」

「でもさ、対策できなかったら死ぬだけじゃん。俺、後悔したくないんだけど」

「後悔したくないとか言ってして、最後死ぬのが1番かっこ悪いと思うんだけど。山田は専門家じゃないんだからさ、素直にゆーこと聞きな?」


 安西はあんたのためを思って言ってる、と射抜くような目で言った。


「それ、本当に俺のためになんの?」

「なるよ。断言できる。あたしは別にお祓いとかできるわけじゃないし、なんならその道は素人同然だけど、知識がないわけじゃない。ホラー映画を見てもちゃんと違和感を感じるし、大抵の怖い事は全部気のせいか妄想って見てたら分かる。お前に憑いてたのは確かに気持ち悪いものだよ。だけどさ、だからといってそれの正体は暴かなくていい。1度帰ってくれて、もう寄り付いてこない。終わったんだ、話は。現に、何も起こってないんだろ?」

「それが怖くない?」

「怖くない。何も起こらないのが平和だし1番だよ」


 安西の言うことも最もなんだろう。何も起こらないのが平和で1番だ。だけど、その何も起こらないというのは何か起きるかもしれないという可能性があるわけで。その可能性を無視するという選択肢を取る以上、できるだけリスクは避けておきたい。


「じゃあ、安西は俺に憑いてたのがなんだと思う?」

「分からないっていうのが1番の感想。全く、本当に全く分からない。分からないけど、深く突っ込む必要がないくらい相手は固執してないし、お祓いするほど弱いもんじゃないってのも分かってる」

「弱いもんじゃない……」

「そうだよ。弱いもんじゃない。きっととんでもなく大きくて、とんでもなく闇の深いもの。下手に関わったら連れ込まれる……その、久遠とか言う人の友達みたいにね」


 なんだか少しゾッとした。菊田さんは、もしかしたらあまりに深く――物理的にじゃなくて、精神的にも――関わったから、邪魔になって殺されたのか……


「例えばあんたが通り魔だったとするね?」

「は?」

「通り魔だったとする。とりあえず今は話を聞いて。あんたは通り魔で、道端で人を刺した。なんの接点もない人。それで、被害者はあんたに言うんだ」


『なんで俺のことを狙ったんですか?』


「それにあんたはどう答える?」


 だんだんイライラしてきたのか、机を指で叩いている。トントンというそのリズムに任せながら、俺は考えた。


「なんか特徴があって、自分でこの人を刺すって決めてたラインに当たったから?」

「はぁ……そういうんじゃないんだよなぁ」


 勝手にガッカリしたらしい。いつの間にか、指も止まっている。


「たぶんあんたはこう答えるんだ。『理由なんてありません。ただ目の前にいたからです』たぶんあんたが追っかけてるものだってそうだ。ただ目の前にいて、どこか惹き付けられた。だから刺した。もしあんたがそれをな、どうして刺したんだって詰め寄ってみろ、今度こそ鬱陶しいって殺されるぞ」

「まぁ、一理ある」

「一理どころか十理ある」


 安西は言い切って、今度はカルピスを出してきた。話が長引きそうだと察したのかもしれない。ありがたいけど、冷たいもののオンパレードで腹を壊しそうだ。


「それに夢ってのもすごく不確実なものだ。山田が2回目に夢を見たのだって、その12なんちゃらの書き込みを見てからなんだろう? 最初に夢を見てからその夢を脳が何となく覚えていて、もしかしたら夢を併合させて見せたのかもしれない。『思い込み』かもしれない。怖いぞ、思い込みは。思い込んだら、本当になることがあるからな」


 奇妙だなんだと騒いだわりに、安西はだんだん話から遠ざけようとしているみたいだった。

 そしてこの『思い込み』論。久遠さんも同じようなことを言ってたなぁ、とぼんやり思い出す。


「つまり、もう本当に関わらない方がいい、と……」

「そうだな。来てそうそう悪いけど。もし他になんかあったらさ、あたしに連絡してくれたらいい。あたしのいとこにそれなりに強い奴がいるからさ、たぶん解決してくれると思うよ」


 差し出されたQRコードをスマホで読み取る。安西は満足したように笑った。


「まぁ、また来なよ。別に今日は暇だし今すぐ帰んないでもいいけどさ、」

「あっ、そういえば……」


 もうこれ以上何も話すことはなかったっけと頭を巡らせて、思い出した。1つ重要なことを忘れていた。


「とりあえず今のところは関わらない。それは約束する。でもさ、1個気になることがあって……」


 安西はゲームのコントローラー片手に、怪訝な目を向けた。

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