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まそと

「親は必死に止めた。けど、逃げた。小さいながら、きっと分かっとったんやろうな。ここにおったらあかんって。ここにおったら殺されてまうって。逃げて逃げて、親と舞を踊っとった人たちで追いかけた。ほとんどの村人は家から様子を眺めとった。けどな、不思議なことが起きたんや。男の子が鳥居に来たとき、ふっと消えた。神隠しにあったみたいにな、綺麗に消えてもうたんや。そっからは厄災も起こらんかってんけど、ある日男の子の親が村に火をつけた。我慢がきかんくなって。大変な事件やった。何人も、何十人も死んでな。火も全然消し止められんくってな。元々避けられとった村やってんけど、余計に避けられるようになった。村人みんな引っ越してったしな。でもとにかく、気味が悪い事件やった。火事で人が死んだはずやのにな、物が動くんや。勝手に。物が勝手に動いて、そう、まるで誰かが生きてるみたいに」


 思ったより壮絶な話に、作り話ではないかと疑い始める自分がいた。でも、神谷さんの話は、夢にそっくりなのだ。あの12chにも確かに書いてあったことだけど、人の手を介して語られた血の通った話は格別だった。まるで流れ込んでくるように、そうだったのかと思わされるような。


「みんな神様の呪いや言うた。もしくはあの親の怨念や。死んでも死なしてもらえへんのやって。きっと火事で死んだ人たちは、死と生の狭間の生き地獄を味わってるんやって。村は何となくなくなって、今みたいな新興住宅地になった。家族向けの市になったんや。交通網も整理されてな、ほら、行きやすいやろ。大阪市までも。京都市にも」


 どうやらドーナツタウン的存在になっているらしい。だからみんな、今度は引っ越してきたばかりで昔のことも知らないんだろう。

 ということは、死んでも死にきれず、幽霊になった人たちは一体どうなったんだろうか。遺族に着いて行ったんだろうか。それとも、まだここにいるんだろうか。まだ生と死の狭間で苦しんでいるのだろうか。


「そうですね。今日来ただけですけど、それなりに便利だったと思います。東京ほどラッシュも酷くないですしね」


 穏やかに久遠さんは言った。気の抜けるほどゆったりした口調だった。


「そうやろ。ごめんな、急にこんな胸糞悪い話に付き合わせて」

「いいえ。聞いたのは俺たちですから。助かりましたよ、色々」

「そうか。それは良かったわ。また寄ってな。ここはええ街やから」

「はい。ぜひ……でもひとつ疑問があって」


 湯呑みを置いた久遠さんは続ける。また1人会話に遅れている俺は、ぼんやりと部屋を眺めていた。奥さん、だったのだろうか。部屋の隅においてある仏壇の遺影と目が合う。優しそうな人で、そして気立ての良さそうな人だった。少しふくよかで母性に溢れている感じだ。

 突然コトっと音が鳴って、思わずビクッとした。久遠さんの湯呑みの近くに、久遠さんの手がある。またお茶を飲んで、机に置いたのかもしれない。


「何でも聞いてくれたらええよ」

「どうして教えていただけたんですか? そんなに簡単に。そして、教えいただくためにここまで呼ばれたんでしょう。簡単な話だったら、図書館でも良かったはずでしょう?」

「あんた、頭ええな?」


 神谷さんはガハハと笑った。大きくて黒々とした口からは、少なくなった歯が覗いていた。


「単に決めてるんや。あんまり心証のいい話やないやろ。人を選ぶ話や。だから、俺は話してもいいかどうか、目を見たりして決めてるんや。ほんで、決めた人には家に呼んで話してる。別に禁忌ってほどのことでもないけど、歴史の資料から抜かれるくらいや。いい話でもない。周りの人に聞かれたら変な噂が立つかもしれん。そしたら、ここにおる()()たちがもっと傷つくかもしれんから、そうなるのは避けたい。呼んでるんや、ここに。今日はあんたと、ほんでその兄ちゃんやったから、話してもいいなと思った。ほんまに悪用しなさそうやったからな」


 神谷さんからはだいぶ圧が消えていた。もしかしたら、話している間もずっと、探っていたのかもしれない。俺たちの様子を。


「そう、ですか……それから呼びたがり、というのは?」

「呼びたがり? ……あぁ、兄ちゃんのことか」


 神谷さんが俺を見た。呼びたがり、というのは道中神谷さんが俺に言っていたことだろう。確かに少し気になっていたことではあった。


「兄ちゃんはな、何となく好奇心が強そうというか、そういうのを呼びやすそうな感じやからな。ここにおる人たちも呼ばれて行っちゃいそうやな、って思っただけや。それ以上の意味はない」

「そうですか。ありがとうございます」

「あり、がとうございます」


 呼びたがり、というのは、もしかして俺がホラーが好きなことに関係しているのだろうか、と何となく考える。日頃からずっと非日常なことを望んでるくらいだ。人間はあまり寄ってこないけど、人間じゃないものは寄ってきやすいのかもしれない。

 そこら辺の見極めは、年寄りの勘、と言ったところなのだろうか。

 2人してお礼をいい、頭を下げて神谷家を出た。


「そういえばさぁ、山田くん」

「なんですか?」

「もしかしたら、神谷さんの奥さんって火事で亡くなったのかな」

「えっ、なんでですか?」

「だってさぁ」


 少し前を歩く久遠さん。ふと立ち止まって、振り返った。表情はいつものように朗らかだったけど、目が全く笑っていなかった。


「湯呑み、俺が動かしていないのに何度か勝手に動いたんだよね」


 背筋がゾッとして、それからあの女の人の顔が頭に浮かんだ。ふくよかで優しそうな人だった。

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