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いもわ

 久遠さんと最後に会ってから2日後、再び連絡が来た。

 曰く、『ザリガニ商店』が見つかったらしい。

 随分とあっさりしたものだ。一応俺も調べてみたけど、そんな変な名前の店、出てこなかった。

 この夢に関することがどんなものかまだ分からないけど、あまりに話がトントン拍子すぎて、少し怖いものがある。というか、久遠さんの調査がトントン拍子すぎて。


「まぁ……行くか」


 今度誘われたのは、学校の近くにあるラーメン屋。もしくは、またカフェ。

 今は夏休み前で短縮授業だし、良かったら一緒に昼ごはんも、ということなんだろう。久遠さんのこまめな気遣いが垣間見える。

 母さんに昼ごはんがいらないことだけを伝えて、家を出る。もっと早く言えだのブツブツ文句を言っていたけど、そもそも連絡が今朝来たばかりだから仕方ないのだ。会社を辞めたわりに久遠さんは忙しいらしく、あまり時間もないみたいだったし。

 俺は放課後――13時半以降なら時間があるとは言ってあるから問題ないけど、そんなに必死になって、夢について調べているのだろうか。あの感じだと、調べてるんだろうけど。

 にしても久遠さんにしろ安西にしろ、なんだか中途半端だ。久遠さんはいつも微妙なところで話を終わらせるし、安西は関わり方が中途半端。太いパイプだのなんだの言ってたのに、話しかけてもこないし。安西からしたら、その"憑いてる"とかいうものがいなくなるだけで良かったんだろうけど。

 暇な午前授業を終わらせ、その足でラーメン屋に向かう。店の構えは少し古風な感じで、豚骨ラーメンの汁が特徴的、らしい。何度か雑誌で紹介されていた気もする。


「あぁ、山田くん。久しぶり」

「お久しぶりです」


 大して久しぶりじゃないのに挨拶をした久遠さんは、そっと隣の席をさした。カウンターらしい。


「好きな物頼んでいいよ」

「バイトしてるんで……」

「でも高校生なんて他に使いたいものもっとあるでしょ?」

「……じゃあ、豚骨醤油ラーメンで」


 咄嗟にバイトしてる、と嘘をついたが、久遠さんに効き目はないようだ。夢について全部解決したら、別れ際返そう。ラーメンの値段を暗記しながら、しばらくの貯金に思いを馳せる。


「すみませーん、豚骨醤油ラーメンと、普通の塩ラーメン1つ!」


 思ったより大きな声で店員に告げると、久遠さんはあの笑顔で俺を見た。


「やっぱり27ともなるとさ、濃いもの食べれなくなっちゃって」

「27歳だったんですね」


 少し意外。もっと若く見える。


「うん。だから大学卒業して……もう3年か4年くらい経つかなぁ。仕事もわりと頑張ってたんだけどね」

「辞めちゃった……んですよね」

「まぁね。別に自分のしたいことでもなかったから。贅沢な話なんだろうけどね」

「したいこと」

「うん。俺理系の大学進んだからさ、仕事とかそっち方面選んだんだけど、本当は映画とか本とかが好きでさ。なんか趣味をもっと活かした何かがしたい、みたいな。この夢が終わったら。まぁ、いつまでもできるとは思ってないけどね」

「なるほど」

「山田くんもさ、もし自分で決めれることがあったら、全部自分で決めた方がいいよ。決められること、というか、決めたいこと、ね」

「……決めたいこと」

「俺が言えることじゃないけどさぁ、人生なんてまだまだ長いでしょ。後悔……とまでは言わないけど、思ったんだよね。アイツが死んだときに。周囲に勧められてそれなりの会社入って、ブラックだったけど期待されたいから頑張ったし、でも遊ぶ時間もなくてさ、アイツとあんまり会えなかったんだよ。菊田は自分の行きたい会社っていうか、ちゃんと条件とか調べて入って、時間もあって、会おうって行ってくれたりしたんだけど、休みも取れなくてね。だから、後悔したの。当たり前だし、贅沢言うなっていう話ではあるんだろうけど、自分のしたくない仕事してさ、時間もなくて、周囲の人も大切にできないって、死んだとき嫌だなぁって思うだろうなぁって思って。あっ、ごめんね。説教くさくなっちゃって。もうだいぶ経つけどさ、まだ立ち直れてないみたいで」


 一息に言うと久遠さんは笑った。まるで涙を堪えるような不器用な笑顔だ。初めて、あのデフォルト以外の表情を見た気がする。


「そう、だったんですね……」


 まだ高校生の俺がお辛いですね、とか、大変だったんですね、とか言ってはいけない気がして俯いた。


「うん……暗くなっちゃってごめんね。こんな話するつもりじゃなかったんだけど……どんなに悩んでもいいから、夢がなくてもさ、せめてbetterの道考えた方がいいよって話だったんだけど……いやそれよりも、ザリガニ商店の話しようか」


 いいタイミングで運ばれてきたラーメンを前に、久遠さんはスマホで1枚の写真を見せた。


「ザリガニ商店って、これで合ってる?」


 どこで撮ったのだろうか。モノクロでボヤけている、ザリガニ商店、ののれんがかかった小さな店。人間は数人だけ写っていて、服装を見ると今よりも少し昔の時代なんだろう。でも明治大正まで遡るほどじゃない気がする。

 そして──おそらく日用品が売っていると思われるその建物には確かに、見覚えがあった。

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