第2話 ヘイス族の元へ
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英雄らはタクシーやバスを乗り継いでヘイス族の元へ向かった。とりあえず、敵の目を完全にごまかせたかどうかわからないので、夫婦のという設定は続けた。しかし、途中の町で取った宿で、ダブルベッドが一台どんと置かれている部屋を用意されてしまった。変更するよういうことは可能だったが、宿の主が敵につながっている可能性もあるため、そのまま受け入れた。さすがに一緒に寝るわけにはいかないので、英雄は床の上で寝ることを主張したが、スラーシャは反対した。恩人を床の上に寝かすわけにはいかない、何もしないことを約束するのであれば、一緒に寝てもいいとのこと。押し問答の末に一緒に寝ることにした。
寝る前にヘイス族をどうやって味方につけるか、王や王妃をどうやって助けるか相談した。いろいろと相談した結果、ある作戦を思いついた。スラーシャは反対したが、英雄はこれしかないと押し切った。スラーシャはどうしてそこまでしてくれるのか、この恩は必ず報いなくてはと思った。と同時に英雄に対する好意が生まれつつあった。
二人で寝た翌朝、英雄は目を覚ますと寝ている英雄の横に座って真っ赤な顔でにらんでいるスラーシャがいた。
「スラさんどうしたの?」英雄はびっくりして聞いてみた。「なんでもありません。気にしないでください」スラーシャは真っ赤な顔をしながらそう言った。
次の町に移動しながら、もしかしたら寝ているうちに無意識に何かしてしまったのかもしれないと、英雄は思った。
次の町で、シングルベッド二つの部屋を要求したが、宿屋の主人から不思議そうな顔をされた。夫婦は一緒に寝るものだろう、急にしたくなったらどうするんだ、と聞かれた。思わず黙ってしまった。すると、宿屋の主人は英雄に言った。いわく、妻は自分がやりたくなったら好きにすればいいんだ、妻のほうも求められたら応じるのが役目である、夫の要求に答えてこそ妻と言えるのだ、などなど。それをスラーシャは黙って聞いていたが、だんだん顔が赤く染まっていった。
英雄は顔が青くなった。この国を含めたこの地域は男尊女卑が結構厳しいところだったことをいまさらに思い出した。
「部屋はダブルベッドで大丈夫です」英雄は宿屋の主人にそう言うと、部屋にスラーシャを連れて行った。「スラさんごめんね。俺が余計なことを言ったばかりに。気分大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。こちらこそヒデオには迷惑をかけました」まだ赤い顔をしながらスラーシャは言った。
まだ相当怒っているな。英雄はそう思った。
昨日と同じように床に寝る、だめだの応酬ののち、結局一緒に寝ることとなった。英雄は翌朝、ふとした拍子に目を覚ました。目が覚めるとスラーシヤが寝ながら英雄の腕に抱き着いていた。
涙を流しながら、「お父様、お母様」と小さな声で寝言を言っていた。両親が捕まって、家族が危機にさらされている。気が強くふるまっているが、やはり心細いのかもしれない。英雄は優しそうに微笑むともう一度眠るようにした。
次に目が覚めると、スラーシヤは昨日のように真っ赤な顔をしながら座っていた。「おはよう、スラさん」そう言って英雄は起きた。「おはようございます。ヒデオ」それからスラーシャは言った。「責任取ってくれますよね」
当然と英雄は思った。ここまで来て、スラさんを放り出すはずないでしょう。ちゃんとヘイス族のところに送っていくし、お父さんお母さんを奪い返すまで付き合いますよ、と思った。
「当然です。最後まで一緒ですよ」そう答えると「わかっていればいいのです」とスラーシャは満足そうに答えた。
二人は、ヘイス族の村までたどり着いた。ヘイス族の村々は大きな盆地に点在しており、外との出入り口は一か所だけであった。政府軍はここまで来ておらず、出入り口はヘイス族の若者が警備をしていた。
「無事だったのか、スラーシャ」50歳代ぐらいの一人の男が、我々を迎えた。「おじい様お久しぶりです」スラーシャは抱き着いた。二人は久しぶりの再会を喜ぶように話をしていた。しばらくして、スラーシャは言った。
「この人は九頭英雄、私をここまで来るのに助けてくれた方です」
「ブルガノ様、初めまして。私は九頭英雄ともうします。お目に書かれて光栄です」
「こんにちは、私はヘイス族前族長のブルガノだ。スラーシャの母方の祖父に当たる。族長で息子のバルブは首都の会議に行ったまま帰ってきていない。おそらくつかまって監禁されているのだろう」ブルガノは言った。
「やはりバルブ叔父様はティガル将軍に捕まっているのですね」スラーシャはいった。
「族長会議の最中にクーデターが起きたのですよね」英雄はスラーシャに聞いた。
「はい、ティガル将軍は人質を取って、他の部族に従うよう強要するつもりなんでしょう」
「すでに従うように連絡があったよ。でも族長は部族のために命を懸けるものだ。部族として従わないことを決定した結果、息子がティガル将軍に殺されたとしても、息子は族長としての覚悟をしているはずだ。わしも族長だったときはその覚悟を持って族長として働いていた」とブルガノは言った。
「もし息子が殺されたら、前族長としてすべき仕事をした後で、息子を見殺しにした私も死んでけじめをつけるつもりだ」強い意志で言った。
そしてブルガノは一転、やわらかい表情に変えて「ヒデオさんだったね、スラーシャが大変お世話になった。今日は歓迎の宴を開きたいと思う」と言った。
「すみません。宴の前にお願いがございます」英雄は言った。
「何かね」ブルガノは言った。
「単刀直入に言います。王と王妃、皇太子を奪い返し、各部族に決起を呼びかける手伝いをしていただきたいのです」英雄はブルガノに訴えた。
「気持ちはわかるのだか…」そう言って言葉を濁した。
「私はあくまで前族長に過ぎない。部族に対する命令権はない。さらに長老会議で承認されなくては、部族としての意思決定はできない。どうしてもということであるならば、長老会議で承認を得る必要がある」
ヘイス族は族長と長老会議の二重権力構造になっているらしい。行政権を握っている族長と、立法司法に力がある長老会議、二つの権力がお互いを監視し、政治の公平性を担っているらしい。
「私も協力は惜しまないが、なかなか難しいかもしれん」ブルガノは言った。
「難しいですか。おじい様」スラーシャは聞いた。
「政府軍に対して、武器もないのにどう戦うのかね。ヘイス族に首都まで攻め込むだけの力はないからね」ブルガノは悲しそうに言った。
「それについては私たちにアイディアがあります」英雄は言った。
われわれは、長老会議にお願いに行くことになった。ブルガノ殿も一緒に来てくれることになった。
長老会議は7人の部族の長老格が会議を担っていた。特に中央にいる人は年齢を感じさせない矍鑠とした態度でのうえ、鋭い目つきで我々を見ていた。
ブルガノ殿とスラーシャが状況を説明、助けを求めた。
「武器もなし、兵もないのに我々ヘイス族に政府軍とたたかい死ねということか」
「我々はヘイス族のことを一番に考えている。王家がどうかはその次だ。王家は我々に何をしてくれた。何もしてくれて無いではないか」
「王家のためにヘイス族の若い者に死ねとは命じられない」
など、長老からは散々な言われようだった。ブルガノ殿とスラーシャも一生懸命説明するも聞いてはもらえないようだった。
「ひとこと言わせていただきますが、ヘイス族は何百年もの間、王家の力で戦乱から遠ざかってきたのですよね」英雄は言った。
「おまえは誰だ」長老の一人が聞いてきた。
「私の名前は九頭英雄、日本人の旅行者です」
「外国人のよそ者は黙っていろ」
すると、中央の長老がその長老をじろっとにらんだ。
「いや、言い過ぎた。すまない」するとその長老は肩をすくめてそう言った。
英雄は中央の長老の様子を少し不審に思ったが、とりあえず説得を続けた。
「クーデターを首謀したディガル将軍はC国の力を借りて、中央集権国家を考えています」これらはネットで得た情報だ。こんなところでもネットがつながるなんてすごい時代だ。「もし彼がこの国の政治を牛耳れば、今までのような部族自治の権利は間違いなく剥奪されます」「その時になって、反抗しても、各個撃破されるのが目に見えています」「立ち上がるのならば、今しかありません」英雄は言った。
「しかし、ヘイス族に政府軍に対抗するだけの力がない」長老の一人が言った。
「別に死ぬまで戦えとは言っていません。反乱軍の目を一時期逸らしてもらえればいいだけです。あとは私のほうで王と王妃を助けます」
「たかが若造一人で何ができる」長老の一人が言った。
「スラーシャ姫から城の秘密脱出路を聞いています。そこから侵入し、王や王妃を助けて全国に決起を呼びかけます。反乱軍の味方は少数です。決起の呼びかけをした場合、今日和見している部族が寝がえる可能性は高いと考えています。十分に成功する可能性は高いです」
「とても救出に成功するとは思えない。おまえ、失敗したら、確実に死ぬんだぞ」長老の一人が言った。
「わかっています。しかし、死ぬ覚悟はあります。大冒険に危険はつきものです」
「縁もゆかりもないこの国のため、どうしてそこまでするのか」長老の一人が言った。
「私はこの国が好きです。さらに縁があってスラーシャ姫を助けることになりました。ここまでかかわっておきながら見捨てることは自分の矜持に反します。確かに失敗すれば死ぬかもしれません。でも後悔はしません」英雄は力強く主張した。
スラーシャは英雄を熱い眼差しで見ていた。
「よく言った」中央の長老は笑いながら言った。
「皆の衆、いろいろ意見があるだろうがここはわしに任せてくれないか」中央の長老は言った。「最長老様がそうおっしゃるのでしたら」ほかの長老たちは引き下がった。
「ついて来い。いいものを見せてやる」いきなり立ち上がるとそう言って歩き出した。
最長老が、部屋を出ると一人の女の子が付き添うように現れた。
『貴様名前は何と言った』いきなり言われた。
えっ日本語だ。一瞬どもったが『九頭英雄です』と日本語でいった。
『九頭だな。俺の名前は鈴木昭男、大日本帝国陸軍少尉だ』
『少尉、様ですか』口ごもりながら英雄は言った。
『少尉殿と呼べ』鈴木は言った。
鈴木少尉のそばには補助をするように一人の女の子が侍っていた。
「ひいお爺様、そんなに早く歩いては転びますよ」その女の子は言った。
「大丈夫だ、年寄扱いするな、アプリ」
「十分年寄りです」その女の子、アプリは言った。
「お姫様に日本の人、初めまして。私はひいおじい様の補助をしていますひ孫のアプリと申します」
「スラーシャと言います。スラと呼んでください」「九頭英雄です」
鈴木少尉はずんずん進んでいき、ある洞穴にたどり着いた。
洞窟の奥に入ると、大きな木箱が並べてあった。
「その木箱を開けてみろ」鈴木少尉は言った。
英雄とスラーシャはその木箱を開けていった。
「AK47アサルトライフル、12.7ミリ重機関銃、RPG-7まである」
「おい、もっと奥を見てみろ」少尉は言った。すると奥には、T-72戦車が鎮座していた。
「これは一体」「ソ連が崩壊した際、近くのソ連軍基地からかっぱらってきたんだ」
鈴木少尉は得意げに言った。
「これで兵器の算段は付いただろ」鈴木少尉は言ったあと、にやぁと笑って『九頭英雄!』大声で叫んだ。
思わず『はい!』と答えた。『貴様を今から大日本帝国陸軍に徴兵する。階級は軍曹だ。ただいまより、ここに大日本帝国陸軍ターイエ国ヘイス派遣隊を建隊する』
「少尉殿?」思わず聞き返してしまった。
「九頭軍曹、貴様と俺、日本人が二人いれば、部隊として成立する。現地ヘイス人を兵士として訓練し、ここに日本軍を建設するのだ」鈴木少尉は大声で言った。
「おじい様、なんか暴走している」アプリはつぶやいた。
「大丈夫なのでしょうか」スラーシャは言った。
「普段は冷静な人なのですけど、久しぶりに日本人に会って興奮しているみたいです」アプリはあきれたように言った。
「でも、知識も経験もあるし、悪いことにはならないと思いますよ。それに私の言葉は結構聞き入れてくれるので、何かあれば私が説得してみます」慌ててアプリはスラーシャに言った。
「アプリさんよろしくお願いします」スラーシャは言った。
そして「ヒデオ、よろしくお願いします」と心の中でつぶやいた。
前族長と長老会議が共同でヘイス族に兵士の募集を行ったところ、3000人が集まった。下は10代半ばから上は60歳ぐらいまで、中には旧ソ連軍の兵士だった人もいた。
「ヘイス族はロシアとの国境の向こう側にも住んでいる。だからソビエト時代にソ連兵として徴兵されたものもいて、軍人としての経験を持っている者がいるのだ。そいつらが結婚やらでこっちに移ってきたんだ」鈴木少尉は言った。彼らを教官として、軍事訓練を施した。T-72戦車も元操縦手がいたので、動かすことができ、それなりに戦力として運用できそうだ。英雄も付け焼刃ではあるが、何日か訓練をして、小火器の使い方を学んだ。
スラーシャはヘイス族の放送局で、自分の健在を発表し、国民に立ち上がるよう呼び掛けた。また、各部族に親書を送り、決起を依頼した。
ただ、今のところ、他の部族は中立を守っており、決起する様子はなかった。この国が男尊女卑であるためか、どうも王女の発言では弱いようだ。
しかし、ありがたいことに、ディガル将軍の直属の兵と出身部族であるホンス族以外は中立的な立場をとっており、空軍もディガルの指揮下に入ることを拒否しているようだ。インターネットの情報網は本当に便利だ。
英雄は王の救出作戦について、少尉、スラーシャと打ち合わせた。
少尉はヘイス軍の指揮をし、スラーシャは国の奪還のための精神的支柱として、ヘイス族のもとに残る。九頭英雄は敵の目がヘイス族に向いている間に首都に潜入し、王や王妃を助けるという作戦である。
少尉にはアプリが必ず同行していた。少尉は100歳を過ぎているのにめちゃくちゃ元気で突拍子もないことを平気でするらしい。アプリは少尉の補助兼監視役だそうだ。そのため、英雄もスラーシャも折々話すことがあってすっかり仲良くなり、二人はアプリのことをアプリちゃんと呼ぶようになった。アプリのほうも、スラ様、ヒデオと呼ぶようになった。
王家救出作戦の決行が近づいた。
英雄は兵12名をつれ、トラックで首都のそばにあるフチンの町に向かう。兵たちはそこで商人等に化けて待機する。それは王の救出に成功した英雄と合流したのち、その町にある放送局を占拠するためだ。そして、王にターイエ全土に向けて放送を行ってもらい、決起を呼びかけてもらうことになっている。
英雄は兵をフチンの町で下した後、一人首都近くまでトラックに乗り、一人で王と王妃、皇太子の救出に向かう。
計画は綿密に打ち合わせを行われた。いよいよ明日出発となった日の夜、早めに寝ようとベッドに入ったが英雄は緊張と興奮から眠れなかった。少し散歩しようと外に出て、歩いていると、鈴木少尉とアプリに出くわした。「こんな遅くどうした」少尉は言った。
「少尉殿こそどうされたのですか」「なに、いよいよ明日作戦決行だと思うと血がたぎって寝付けなくてな。散歩しようとしたら、アプリもついてきたのだよ」
「私もです」仲間がいたな、と思い英雄は微笑みながら答えた。
「そうか、おいアプリ、九頭軍曹の相手をしてやれ」鈴木少尉はいきなり言った。
「はい」アプリは少し恥ずかしがりながら言った。
「相手って何ですか?」恐る恐る鈴木少尉に聞いた。
「当然男女の交わりに決まっているだろ。わしにも経験がある。初めての戦のときはたぎったものじゃわい」鈴木少尉は笑いながら言った。
「ちょっと待ってください。ひ孫にそんなことをさせていいんですか」
「ん、この国では子供の結婚相手を親や一族の長老が決めるのは普通のことだ。お前は俺の部下だし、俺が気に入っている。だから一族の女をあてがうのは不思議でも何でもない。それにアプリも嫌がってないぞ」アプリのほうを見ると顔を赤くしながら英雄のほうをちらちら見ていた。
「ひいおじい様の言いつけですし、ヒデオさえよければ…」アプリはもじもじとしながら言った。
そのとき地獄の底から聞こえるような声がした。
「あなたたち、何をしているのですか」スラーシャが仁王立ちしていた。
「おう、我々は帰ろうか、なあアプリ」「そうですね、ひいおじいさま」
二人は脱兎のごとく逃げてしまった。おい、おいていかないでくれ。と英雄は思った。
「ヒデオ」スラーシャは言った。「はい!」俺は悪くないよな、と英雄は思った。
「生きて帰ってくださいね。待っています」スラーシャは言った。怒ってないな、とほっとしながら「わかりました。スラさん、必ず戻ってきます」ニコッと笑いながら英雄は言った。
「すべてが終わったら、きちんとしますが、今はこれが限界です」と言って、英雄のほほへキスをして、スラーシャは逃げ去ってしまった。
英雄はびっくりして固まってしまった。空には満天の星が二人のことを見ているように輝いていた。
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