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試練って?

 くよくよしていてもしょうがない。

 セクメト様の期待に応えなければ……。


「はぁ……」


 嘆息する。

 セクメト様には、とんでもない重荷を背負わされたものだ。

 そう、期待の大きさは自覚している。

 今の私には、バステトの名に恥じぬ行動が求められているのだ。

 そうと決まったら、行動だ。のんびりしている暇はない。一刻も無駄にはできないのだ。バステトに選ばれてしまったからには、やることが山積みであり、それは今後も増えていく、こうして布団に埋まっている場合ではないのだ。

 望む望まぬに限らず、慌ただしい日々が待っていた。

 すぐにでも、お父さん――族長に報告しよう。

 頭を布団に埋めてじたばたしたせいで乱れた髪をさささと櫛で整えて、お父さんのもとへ――。

 そしてすぐに発見。

 お父さんは神父さんとお話をしていた。


「おや」


「おお、アミル」


 二人が私に気付く。


「さっきぶりですね」


 そう言う神父さんにぺこりと会釈をした。

 すると、お父さんが、


「今ちょうど、お前のことを話していたんだ」


「あら」


 目を瞬いた。

 うっかり、邪魔しちゃったかもしれない。


「お話し中だった? ごめんなさい」


 とりあえず謝る。

 中断してしまってちょっと申し訳なく思う。


「じゃあ後で」


 そのまま引っ込もうとすると、お父さんが苦笑しながら私を制止した。


「まてまて」


「神父さんとお話ししているのに、お邪魔かなって」


 すると苦笑混じりに、


「いやいや、そんなことはないよ。むしろ、お前がいてくれないと困る」


 そういう風に言われると、なんか照れる。


「そうですよ。主役なんですから」


 神父さんまで。


「じゃ、じゃあ」


 そう言われて、おずおずと私が席に着くと、


「しかし――」


 と、話を切り出したお父さんは心配そうな目で私を見る。


「帰ってきてすぐに室内に籠ったらしいな。心配したぞ。大丈夫なのか」


 おっと、心配をかけてしまったみたい。

 お父さんを安心させないと――


「うん、特に問題はないよ」


 ――体調には。

 バステトに選ばれたという使命感が重たいということだけ。

 それが顔に出ていたのか、


「無理はするなよ。お父さんにも手伝えることがあったら言ってくれ」


 お父さんはすごく優しい顔をしていた。


「うん」


 頼もしいので、遠慮なく頼ろう。

 心なしか使命感も少しは軽くなった気がする。

 というか、報告しなきゃ。

 私は改まって、お父さん――族長に向き直る。

 そこに居る神父さんはというと空気のように溶け込んでいたので気にならない。

 お父さんもこれから私が何を話すのか察したのか、表情をキリリとさせた。


「お父さん、アミル、バステトに選ばれました」


「みたいだな、誇らしいぞ」


 お父さんは身を乗り出して私の頭を撫でてくれた。


「えへへ……」


 嬉しかった。

 家族からもこんなに歓迎されるんだからバステトというのも悪くない。

 皆からの期待がとても大きいけど……。

 そう考えるのは、ナーバスになるからよそう。

 切り替える。

 ともあれそうして――、

 バステトについて二人から色々お話を聞いていた。

 難しい話はあまり得意じゃないから、ほとんど入ってきてないけどね。大事なとこだけ。

 私が腕なんて組んでうんうんと真剣に話を聞いている振りをすると、突然、お父さんが、


「――というわけでだ。アミル、バステトとなったからには試練を受けてもらわなければならない」


 急に飛び出てくる物々しい単語――試練。


「ええ!?」


 びっくり。すごい間抜けな声が出た。顔もきっとお間抜けだろう。

 しかし急に試練の話になったなあ……。苦い顔になってしまう。

 でも私とて試練の存在は知っている。けど中身はよく知らない。

 なんにせよ、バステトになったからには受けなければならない試練。

 これを乗り越えなければ、バステトとしてちゃんと認められないらしい。

 気が早い皆は既にバステトの栄誉おめでとうなんて称えているけれど……。

 確か、バステトの試練は別に難しいものではないらしいが、果たして――。

 すると、神父がお父さんの後を継いで、


「はい。部族の墓地に向かい、先祖たちに対して祈りを捧げるだけの、言ってしまえば簡単な試練なのですが……」


 神父さんは表情を曇らせた。

 なのですが……、何?

 意味深に言い淀まれると不安になる。何かよからぬ事情でもあるのだろうか。

 続きが気になってしょうがなかった。


「そのはずだったんだがなあ……」


 お父さんまで不穏な言動を……。


「えっと……?」


 よっぽど深刻なのかなって、私は困り顔で首を傾げた。それを見て、


「すまん。あまり引っ張ると不安になるよな」


 と、お父さんがようやく教えてくれる。


「実はな……墓地に幽霊が住み着いてしまったんだ」


 ――あれ、思ったよりも深刻じゃないぞ?


「え、それならよくある話でしょ?」


 墓所に死者の霊が沸くなんて茶飯事ではないか。なら――、


「いつものように神父さんたちで除霊すれば――」


 と、そこで、神父さんが「そのですね……」って呟いて、弱った顔をしたので、もしかしてこれ弱味なのかな、って察した私は、虐めちゃ悪いと言葉を飲み込む。

 続きを待っていると、神父さんがかわいそうと思えるくらい不憫な顔をして口を開く。


「困ったことに除霊できないんですよ……」


 とほほ……。と言いそうな顔してる。

 すると、お父さんも、肩を竦めてため息。


「村の有志に退治しにいってもらいもしたんだが、心身ともにボロボロになって帰ってきた」


「ありゃ……」


 なんだかちょい深刻なお話になってきたぞ……。


「幸いか、ソイツ、先代バステトのジャミーラは命までは奪わんらしい。ただ、強き者を連れてこいと」


「それが未練ということらしいですなあ」


「だがまあ、バステトの試練の関門には相応しいかもしれんな」


 勝手に関門にされるジャミーラさん。ともあれ――


「同じバステトだしね」


「いや、いくら自分も英雄バステトとしてそこに眠っているとはいえ、墓地を不当に占拠する賊みたいなもんだろ。アイツは」


「ひどい……」


 セクメト様への侮辱ではなかろうか。いくらお父さんであれど、嫌いになりそう……。

 穏やかではない娘の様子に、嫌われてはなるまいと慌ててお父さんが弁明する。


「仕方ないだろ。愚痴りたくもなるさ。アイツを頭目に据えて他の幽霊たちも威張り出して大変なんだよ」


 先祖への畏敬の念も、仕事量が増えた憎しみで消えたらしい。


「しかも、偉大なるセクメト様を邪神と呼んでいるらしい」


 セクメト様が邪神だって?

 んん、それは一体どういうことだろうか?

 一瞬、疑問に思う。

 だけどまあ、


「そういうことなら仕方ないね」


 納得。神父さんも苦言を呈さないし、先代バステトは相当困ったお人なのだろう。


「アミルさんなら、きっと、乗り越えられますとも」


 神父さんも応援をくれる。


「そういうことだ。万が一のために、村の青年たちを同行させるが……、――いや、俺が行く」


 急に決意を決めたぞ。

 ともあれ。なんと、お父さん――族長直々に来てくれるようだ。ありがたい。


「かわいい娘の成長をみすみす見逃すわけにはいかん!」


 願望剥き出しだね。


「それに村の青年たちに娘を任せられん!」


 猜疑心剥き出しだね。


「先代バステトだかなんだか知らんが娘を傷付けでもしてみろ!? そんな畜生は俺が倒す! 異論は認めん!」


 闘志も剥き出しだね。

 というわけで、試練に向かうことに決まりました。

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