ジーナの歌声がひびく
望月が、煌々と夜の砂漠を照らしている。
見渡す限り広がる砂。
月光が、砂丘に鮮やかな影を作る。
砂虫は、今、体のほとんどを砂に潜らせ、休息している。
夜は更けて、乗員はみな眠りについている。
おそらく、この時刻に二号艇で起きているのは、わたしたちだけだろう。
わたしたち『獣人女王の歌声』は、船体上部にある見張り塔にて、当直の任務に当たっているのだった。
砂漠地帯の夜は冷える。日に照らされる昼間との温度差が激しい。
わたしは、毛布をからだにまきつけて寒さをしのいでいる。
ジーナは、いつもどおり。獣人族の体質なのか、寒さには強い。
ユウも、あまり寒さを感じているそぶりはない。
手すりに両手をのせ、景色をたのしんでいるようすだ。
月は、中天に、静かに輝いている。
月と言えば、ミネーヴァ様の妹、アーテミス様が月に行ったという話だったけど。
いったい、どんなところなんだろうか。
アーテミス様は、まだ月にいらっしゃるのだろうか。
わたしは、毛布にくるまって、そんなことを、ぼんやり考えた。
(このときは、まさか、その月にわたしたちが行くことになるなんて、思いもしなかったのだけれど)
んんんー んんんんー
ユウが、鼻歌をうたった。
「あっ、その歌知っている!」
とジーナが言う。
「えっ?」
ユウが驚いた。
「ジーナ、知ってるの?」
「うん、獣人族では有名な歌だよ」
どこかでいちど聞いたような会話だ。
「えーっ? どうなってるのかなあ、獣人族って。なんで、ぼくの世界の歌が、いつも獣人族に…、それで、この歌は、獣人族ではどんな歌なの?」
「こどもが生まれたときに、みんなでお祝いする歌だよ」
そして、ジーナは歌った。
「よろこべ おどれ 同胞よ われらの仲間がこの世界に
幾多の苦難あれども この世は 生きる価値あり…」
「うーん、いい歌詞だ。獣人族すごいなあ、尊敬するなあ」
ユウが感心している。
「それで、ユウさんの世界ではこの歌はどうなってるの?」
「月の沙漠って歌なんだ」
「月のさばく? 月にさばくがあるの?」
「うーん、月にある砂漠ってことじゃなくて、月にてらされた砂漠ってことだね、こんな歌詞だよ」
そして、ユウは「月の沙漠」を歌った。
「ふうん、なんかきれいで切ないね。獣人族の歌詞とはちがうけど。よし、これも覚えよう!」
ジーナは、さっそくユウから歌詞を教わり、月明かりのタマルカン=ロウランド砂漠に、切々と「月の沙漠」を歌う、ジーナの歌声が流れて、夜は更けていくのだった。
(ちなみに、他の艇の見張りをつとめていた冒険者が、ジーナの歌声を聞いていたようで、冒険者の間で、「謎の歌声をきいたぞ! 砂漠の魔物か?」と噂になったようである)
砂虫は順調に砂漠を進んだ。
盗賊らの襲撃もない。
まあ、よく考えればそれも当然で、どうせ襲撃するなら、発掘が行われ、古代遺跡の宝が地下からとりだされてからの方が、効率が良いに決まっている。
襲撃があるとすれば、復路であろう。
なにごとも起こらず、砂漠を進むこと三日。
「あれだ!」
前方、砂漠の中に、そこだけ水で満たされたかのようにキラキラと光る一角。
「絶望の湖」である。
たしかに、遠目からは湖にしか見えない。
砂虫は、絶望の湖からだいぶ離れた地点で停止した。
「どうしてこんな遠くで止まるんだ?」
冒険者の一人がいぶかしげに言った。
「砂虫は、これ以上は、どうやってもあそこに近づこうとしないんだ。無理に近づけようとすると、恐慌状態になって暴れ、手が付けられなくなるらしいぞ」
リベルタスさんが答えている。
「だから、ここからは、降りて歩いていくしかないんだ」
「砂漠のなかを、荷物を抱えて、三キラメイグも歩くのか…」
さっきの冒険者が、げんなりした声で言った。
乗員と荷物を下ろしおわると、砂虫は、そそくさと離れていく。
よほど「絶望の湖」に近づきたくないのだろう。
砂漠の民としては、それでも荷物を運ぶ苦労を考えて、限界まで砂虫を近づけてくれたようだ。用がすんだら、砂虫が落ち着く距離まで離れていくが、ほとんどその巨体がみえなくなるほど遠ざかってしまった。
わたしたちは、照りつける陽ざしのなかを、荷物を運びながら、絶望の湖に接近する。
ユウの力なら、わたしたちの荷物はおろか、調査隊の荷物をすべて運ぶことなど、かんたんなことなのだろうが、それをしたら一発でわたしたちの存在がばれる。
わたしたちも、みんなに交じって、荷物を背負い歩いていく。
ただ、特に重たい荷物はいんふぃにてぃ・ぼっくすにしまい、背負う袋には、さらにユウが重力操作をしているので、わたしたち三人の負担は、実はそうない。
汗だくになって、ふうふういっている周りのひとたちに、なんだか、もうしわけない気持ちになるのだけれど。
ジーナは、あまりに軽々と歩き、ぴょんぴょんはねるものだから
「おお? 獣人族の体力すげえな」
などと感心されている。
だから、目立ったらだめだっていってるのに!
絶望の湖にたどりついた。
つるつるの、陽ざしをギラギラ反射するまっ平らな土地である。
地面は、溶けて固まったようで、一枚の板のように一体となっている。
「うーん、けーぷかならべらる? ろけっとがここで発着でもしたのかな?」
ユウが例によってわけのわからないことをつぶやく。
「どこかに、管制塔があったかもしれないな…」
あたりをみまわしている。
「あれか?」
ユウの視線を追うと、まっ平らな土地の外れに、なにかが崩れて積み重なったような小山がみえた。それも、いちど溶けたかのように、ぐにゃりと歪んでいた。
「ここに、設営する」
指揮官から指示が下る。
絶望の湖のわきの砂漠に、調査団の設営が始まる。
絶望の湖の内部には、日中の暑さを考えたら設営は無理である。
設営は、中心に調査団の施設が位置し、それを守るように、円を描いて冒険者パーティが配置されている。
指令部、荷物置き場、糧食部、テントを連ねた居住区などが、団員と人足によって、てきぱきと組み立てられていく。
冒険者たちも、自分たちのテントをそれぞれが自前で張っていく。
ようやく設営がおわったころには、もう日が暮れかかっていた。
「みんな、ごくろう。発掘は明日からだ。今日は休んでくれ。ただし、警戒は怠るな」
と伝令がやってきた。
その夜。
わたしが、夜中にふと目が覚めると、ユウがハンモックにいなかった。
ジーナは爆睡中だ。
そっとハンモックをおり、外に出てみる。
ユウがテントの前に立っている。
「ユウさん?」
近づいて、声をかける。
「しっ、あれをみてごらん」
ユウが指さす。
はるか、向こう。
砂丘の上で、なにかがきらりと赤く光った。
「ライラにも、もっとよく見えるようにするよ」
ユウがわたしの肩に触れ
「あっ、光の筋が…」
ユウがその力をわたしに及ぼし、わたしの視覚が変化した結果、わたしにも、それが見えた。
はるか砂丘の向こうから、赤い光が筋となって直進し、わたしたちの頭上、とても高いところに向かい、そこにある何かから反射して、設営地の中心付近に向かって伸びていた。
「攻撃ですか? 調査団に…」
わたしは緊張してささやいた。
「たぶん、ちがう」
ユウは首を振った。
「あれは、なにかの通信だ。連絡を取っているんだろう」
「えっ、ということは…」
「そう、調査団の中に、外部と連絡をとっているものがいる。しかも、あれはおそらく、れーざーを使った通信だ。古代文明の遺物を使っているんだ」
「それって」
「うん、油断はならないね。やはり、何かのたくらみがある。それもかなり大掛かりな…」
赤い光は、やがて消えた。
「気を付けよう、今回の発掘、かならず何かが起こる」
わたしは、ぶるっと震えたが、それは砂漠の夜の寒さのせいだけではなかった。
わたしたちは、そっとテントに戻った。
ジーナはあいかわらず爆睡中で
「てやぁあああああ…」
なにごとか寝言を言っていた。
悪者をなぎ倒しているのかもしれない。
いつも読んでくださってありがとうございます。次回は、いよいよ古代遺跡に突入します。
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ジーナ:ふっふっふ、着実にレパートリー増えてるぞ! 紅白に出るのが夢です(ちょっと古い)




