わたしたちは、浴室の窓から入る
まさかの惨状にあぜんとしていたわたしたちだったが、ちょうどその時、となりの工房から、ずんぐりした体格の、ドワーフの鍛冶師が出てきた。
汗まみれの鍛冶師は、ざばっと通りに汚れた水を捨て、またひっこもうとするので、いそいで声をかけた。
「あの、すみません…」
鍛冶師は、大きな丸い目で、わたしたちをぎょろりとにらみ、
「なんだ? 見ての通り、わしは忙しいんだよ」
「この、おとなりのマクスウェルさんのことですが…」
「おお? お前ら、マクスウェルの一族かなにかか? むむ、それにしちゃあ、種族がちがうな」
「いえ、ぼくたちは、マクスウェルさんに頼みたい仕事があって、遠くから王都までやってきたんですが…」
「ああ? そりゃあ、お気の毒なこった。そこは、みたとおりのありさまで、どうにもならんだろ」
「いったい、なにがあったんですかね」
ドワーフは腕を組んだ。
「それが、わしらにもよくわからんのだ。ひと月前、夜中にすごい音がして、朝になったら、もう、こうなってた」
「マクスウェルさんは、無事なんでしょうか?」
「それもわからん。行方不明じゃ」
「そんなあ!」
ジーナが言う。
「工房のなかに、いなかったんですか?」
「それが、だれも中に入れぬのだ。あのハンマーが、なにか悪さをしているのか、どうしても近づけん。破れた屋根から入ろうとしても、だめだった。どうしようもないんで、ずっとそのままよ」
「うーん、なんでこんなことになってしまったんでしょうねえ」
「マクスウェルは、腕はいいが、とにかく偏屈なやつなんで…。なにか、依頼主と、もめたんじゃないかの。仕事にこだわりが強すぎて、客と怒鳴りあいになるのはしょっちゅうだったから…」
「この銀色のハンマーは?」
「おそらく、マクスウェルが、依頼があって鍛えたものだと思うが…だれに頼まれたのかもわからん。だが、これだけの大きさのハンマーを使うってことは、そうとうだな…ヒト族やエルフ族には、はなから無理。わしらドワーフでも、なかなか難しいな…」
「そうですか…」
「あんたら、マクスウェルに仕事を頼みたいって言っておったな。どんな仕事だ? 条件によっては、わしが、やってやらんでもないぞ」
「えっ、そうですか? 実は、エルフのクリスをひとつ、鍛えてもらうという…」
ユウがそういいかけると、
「エルフのクリスだと?」
鍛冶師のドワーフは目をむいて、
「ああ、むりむり。わるいな。それは無理だ」
即座に断った。
「だめですか」
「あんたら、とんでもない仕事を持ってきたのう。エルフのクリスは、特殊な技法が必要でなあ…、たしかに、わしの知る限り、今、それができるのはマクスウェルくらいしかおらんだろうなあ…」
「そんなあ…」
「気の毒だが、あきらめることだな。それにな」
とドワーフは声を潜め
「あのハンマーの呪いなのか、深夜になると、マクスウェルの工房のおくで、うめき声が聞こえるとか、鬼火がちらつくとか、そんな噂まであってな」
「ひぇええ」
ジーナが身震いした。
「そういうの、苦手」
「あんたさあ、いつもは、どろどろの腐ったアンデッドだって、なで斬りにしてるじゃん」
「あれとこれとは話が別」
ジーナは、きっぱり言った。
「どこが別だか、あたしには、さっぱりわからないよ…」
「ともかくだ」
ドワーフの鍛冶師は
「おかげで、このあたりの職人は、みんな日が暮れると、こわがって帰っちまって、夜は人っ子ひとりいないありさまじゃ。悪いことは言わん、あんたらも、さっさと帰りなさい」
そういって、自分の工房に戻っていったのだ。
「どうするの、ユウさん」
ジーナが聞く。
「困っちゃったね。マクスウェルって人は生死不明だし、ほかの鍛冶師にはできそうにないしさあ…クリスができないと、ユウさん、ルシア先生と結婚できないんでしょ?」
「んー、まあ、必ずしもできないわけでもないだろうけど…」
ユウは、ジーナに答えた後、
「いずれにせよ、ここは、もうちょっと調べてみる必要がありそうだな。よし!」
わたしたちに、
「いったん出直しだ。夜、暗くなってからもう一度来てみよう」
「ええーっ?! あのドワーフの人が夜はだめって」
「ぼくに、考えがあるんだ。まあ、任せてよ」
「まかせてって言われても…苦手だなあ…こういうの…」
ジーナは腰が引けた声で言った。
わたしたちは、いったん、シュバルツさんの迎賓館にもどったのだが、迎賓館まえの、街路樹が続くまっすぐな通りは、ひと気がなく、貴族の屋敷の前には、こちらに一台、むこうに二台という感じで、三々五々、馬車が静かに停まっている。
今日の王都の空は、青く晴れて、雲一つない。
その風景をみたユウが
「むっ、これは」
と、うなると、
「ライラ、ジーナ、ぼくのいうとおりにして」
とまじめな顔でいいだした。
すわ、危険が?! と、わたしとジーナは緊張したが、ユウが言ったのは、
「いいかい、今から、ジーナ、ライラ、ぼくの順にこの道路を横切るんだよ。
背筋をのばして、足をこんなふうに大きくふりだして、手もふってね」
なにをいっているのか、さっぱりわからない。
「一人足りないけど、それはしかたない。さあ、やるよー」
ユウにいわれるまま、わたしたちは、道路を渡る。
渡り終わると、ユウが
「はい、できたよー」
そういって、わたしたちの目の前で、指を四角く動かした。
すると、その四角い枠の中に、一列になって道路を渡る、わたしたちの姿が、まるで一枚の絵のように現れた。
「これ、あたし?」
ジーナが、自分の姿に驚く。
「絵じゃないよね。すごく細かくて、まるで、鏡に映したようだけど、鏡なんてどこにもないし、それに、これ、あたしたちを横からみてるし? 動きも止まってるし?」
ユウによると、これは、わたしたちのその瞬間の映像を、記録として写しとったもので、でじたるしゃしんというらしい。
でじたるしゃしんなるものの、原理自体も不明だが、そもそも、なぜ、わざわざこんなふうに、道路を一列に並んでわたっている姿を写しとらなければならないのか、そこがまったくもってわからないのだが…。
ただ、ユウは一人、たいへんご満悦で
「うん、いいね、あびー・ろーどだ。ルシアさんにも、送っておこう…」
などと、例によって意味のわからないことをつぶやいているのだった。
夜になり、腹ごしらえをしたわたしたちは、再度、マスクウェル鍛冶工房へと出動した。
「うう、おっかないなあ…ライラ、わたしから離れないでよ」
ジーナが言う。
たしかに、夜の鍛冶屋街は、人っ子一人いない。
職人たちはみな、家に逃げ帰っているのか。
建物から漏れるはずの明かりもなく、あたりは闇に沈んでいる。
かさり、こそりと音がして、目を凝らすと、さっと道路を小さな黒い影が横切っていく。
「ひぇっ!」
「ねずみだって」
「やだなあ…ほんと、こういうの、やだなあ」
「うん、あそこだな」
ほぼ廃屋と化した、マクスウェル工房がみえてくる。
ハンマーの太い柄が、黒い棒となって家からつきだしているのが見えた。
ピカッ
今、ちらっと光ったのは、銀色のハンマー本体だろう。
ただ、この明かりのない中、いったい何を反射して光ったというのか。
「やだなあ、ほんとやだなあ…」
ジーナはすでに、イリニスティスを抜いている。
ジーナの目が、暗闇で黄金に光る。
わたしは、その状態のジーナの方が、よっぽどおっかないよ。
「むっ? ここは?」
と漏れた声は、ジーナではなくイリスニスティスのようだった。
ほら、ジーナ、ちゃんとイリニスティスを制御しときなさいよ。
「あっ、やっぱり…」
マクスウェル工房の前に立ってみると、やぶれた扉の隙間から、なにやら赤い光がちらちらともれている。
そのうえ、カン…チン…カン…と、金属を打ち付けるような音もかすかに聞こえてくるのだった。
「マ、マクスウェルさんの怨霊とか…?/ん、マスクウェルとな?」
「ほら、イニリスティスが混じってるよ」
「しっ、静かに」
ユウは、わたしたちを制し、中のようすをうかがっていたが、
「裏にまわってみよう、いくよ」
そういって、わたしたちに力をつかった。
わたしたちの体は、ふわりと浮き上がり、くずれかけた屋根をとびこえると、家の裏側に降り立つ。
「ぎゃーっ! で、出たよ!」
たまたま通りがかってしまった不運な人が、宙にういたわたしたちを目撃してしまったようだ。魂がけしとびそうな悲鳴をあげて、こけつまろびつ、必死に道を逃げていくのがみえた。
気の毒な話である。
道に面した表側は工房が隙間なく並んで軒をつらねているが、裏側は共通の空き地のようになっていた。
そっとマクスウェル工房の裏口に近づいていく。
「うん、ここから入れそうだぞ」
ユウが、そっと、家の大きな窓に手をかけて、横に動かす。
窓は、音もなく開いた。
「さあ、いくよ」
「ユウってさあ、なんかいつも度胸あるよね? なんで?」
ジーナが、どうでもいいことをつぶやく。
「なるほど、ここは大浴室の窓だったみたいだよ。ほら」
ユウの指差すところには、大きな浴槽があった。
鍛冶職人が、仕事の後、汗を洗い流してさっぱりするためのもののようだ。
暗くてわからないが、浴槽には水が溜まっており、それがまたいっそう不気味さをかき立てる。
カン…チン…カン…
家の奥からは、扉の前でもきいた、金属を打ち付ける音が聞こえてくる。
「あっちだな…」
わたしたちは、そっと音のする方に進んでいった。
カン…チン…カン…
「この奥だ」
やがて、ある部屋の木の扉の前で、ユウがいった。
扉の隙間からは、なにかちらちら光が漏れてくる。
「開けるよ」
「うう、怖いよ」
ジーナが、自分を護るように、イリニスティスを前にかざした。
そして、ユウが扉を開けた!
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イリニスティス:むむ? ここはひょっとして?




