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その人はギルドに登録して冒険者になった

 ギルドの扉。

 冒険者ギルドの紋章が誇らしげに彫り込まれた、頑丈そうな扉。

 その扉に刻まれた、いくつもの矢傷や刀傷、魔法で焼け焦げた跡などは、ここを砦として、ギルドが町をまもった、あるいは抵抗むなしく敗れ去ったがその時でさえ膝を屈することはなかった、そんな誇り高い記憶なのだ。

 ジーナが、勢いよく、扉をおし開けた。


 ガランガラン!


 ドアベルが大きな音を立てる。

 中のみんなが、いっせいにわたしたちを見た。

 その視線にわたしは思わずたじろぐ。

 でも、ジーナはお構いなしに、どんどん中に進み、受付に向かっていく。

 わたしとユウも、そんなジーナの後につづく。


「なんだか変わったヤツがきたなあ…」

「あいつ、冒険者なのか?」

「見た目は弱っちいけど…あれじゃあ、すぐ死ぬな」


 と、無遠慮な品定めの声が聞こえてくるが、ユウは気にするそぶりもない。


「ふうん…中は、こんなふうになってるんだ」


 ユウは、集中する視線にも動ぜず、物珍しげにあたりを見回す。


「ホールの突き当りに、()()()()()。そして、二階には、回廊があるんだね…なるほど」

「かうんたあ?」



 ジーナが、受付にたどりついた。


「アリシアさん!」

「あら、ジーナ?」


 受付のギルド職員は、アリシアさんだった。

 切れ長の目をした、美人のアリシアさんも獣人で、ジーナとは仲がいい。

 いつも親切に話をしてくれるので、わたしたち駆け出しにとってはとてもありがたい人だ。


「誰かしら、あなたがいっしょに連れてきた人は?」


 アリシアさんは、ジーナに聞きながら、ユウを見つめた。


「ずいぶん変わった…あれ?」


 アリシアさんは、急に気が付いたように、鼻をひくひくさせて


「あれ…なに? …これ…」


 言葉がとまり、顔がほんのり赤くなった。


「あ、この人はユウさんっていって、森で知り合ったんですが、

 その前に、あのたいへんなんです!」


「そうか…ユウさんっておっしゃるのね…」


 なんだかぼうっとしている。


「ユウさんね…そうか…ユウさん…ね」


「アリシアさん、わかりますけど! それはわかりますけど、たいへんなんですって!」


 ジーナが声を張り上げ


「森に、盗賊が出たんです!」



「とうぞく?」


 ジーナの言葉に、ギルド内の空気が、ぴりっと緊張した。


「おい、それは大ごとじゃないか」


 アリシアさんの後ろから、厳しい顔をした大柄な男が前に出てきた。

 副ギルドマスターの、サバンさんだ。

 もとはかなり有名な狂戦士(バーサーカー)だったとのことだ。

 一線を退いた今も、その体はたくましく、荒くれものの多い冒険者たちだが、サバンさんにあえて逆らおうとするものはいない。それはそうだ。戦闘状態に入った狂戦士(バーサーカー)は、ドラゴンにだって、躊躇せず単身で突撃していくのだ。戦神の化身のようなものだ。そんな人を怒らせたらどうなるというのか。どんな冒険者だって命は惜しい。


「たしか、お前、ジーナといったな? 詳しく聞かせてもらおうか」


「はいっ!」


 ジーナは緊張した顔で答えた。


「あたしとライラが、ゼクスの森で薬草集めをしていて、つい深いところまで入り込んだら、十人くらいの男たちが現れて…ダガーを構えて、あたしたちを襲ってきたんです」


「本当なのか? お前たち、それでよく逃げてこられたな?」


「それが、囲まれて、もうだめだと思ったら、この人が」


 ユウに手をやり


「わたしたちを、助けてくれたんです」


「ほう? お前が?」


 ユウはぺこりと頭を下げる。

 サバンさんは、そんなユウを上から下まで、疑うような目でみて


「変わったやつだが…とても、荒事ができるようには思えないがな…」


 と一言感想をのべたあと、それでも軽く頭を下げた。


「どこの誰だか知らないが、こいつらを助けてくれたことには礼をいう。

 ありがとうな」


 いかついが、基本、いい人なのだ。


「いえ、たまたま、二人の叫ぶ声をきいたので…」


「そうか、ま、そのへんの話はあとにしよう、まずは、盗賊だ。おい! お前ら!」


 ホールにいる冒険者たちに、どすのきいた声をかける。


「何人か、俺についてきてくれ。現場に行ってみよう。もっとも、もうあいつらは、とっくに逃げたあとだろうが、な」


「あ、それ、大丈夫です」


 ジーナが言った。


「うん?」


「盗賊は、全員、のびてます。まだ、あそこで動けないと思います」


「はあぁ?」


 サバンさんが目をむいた。



 サバンさんは、武器を手にした冒険者5人と、案内のジーナを連れて、森に向かった。

 ジーナは張り切って、先頭に立って走っていく。


 わたしとユウはギルドに残って、帰りを待つことになった。

 興味深げにあたりを見て歩いた後、ユウが、自分も冒険者登録できるかな、といった。


「ユウさんって、なにか、身分証とかギルドカードとか、持ってないの?」


「なんにもないんだよ、実は。()()()()()も、あのとき、失くしたしなあ」


「ぱすぽおと?」


「あ、いや、身分証明書のことね。ここに来る途中でなくしちゃった」


 ずいぶんうかつなことを言っている。

 でも、それなら、ここで登録をしておくのはいいかもしれない。

 ギルドカードは、どこの町に行っても共通の身分証明になる。

 なにかを売ったり、買ったりするのにも必要だ。


「難しい手続きが必要?」


「そんなことはないわ。わたしやジーナでもできるくらいだから」


「そっか…とくべつな資格がいったりしないかな?」


「しかく…成人していること以外、別にないわね。ただ、そのかわり、結果のすべては自己責任でひきうける、そういう覚悟が求められるの。特に冒険者ギルドは」


「なるほどね。それはそうだろうね」


 そんなことを二人で話していると


「あの…ユウさんでしたっけ?」


 アリシアさんが声をかけてきた。


「あ、はい、そうですが?」


「私、冒険者ギルド職員の、アリシアと申します!

 ジーナがたいへんお世話になったようで、ほんとうにありがとうございました!」


 なにか、熱い口調でいった。

 いつもはもう少しクールな人だと思うんだけど…。


「さきほどからのお話を、失礼かと思いましたが、聞かせていただきました。

 ご事情がおありの様子、よろしければ、できるかぎりのお手伝いをさせていただきますよ!」


「そ、そうですか」


 ぐいぐいくるアリシアさんに、ユウは少し引き気味だ。


「はい! なんなりと!」


 そういいながら、アリシアさんの鼻がひくひく動いている。まるでジーナだ。


「あ、…では、ぼくも、冒険者登録してもいいですか?」


「もちろんです! 光栄です!」


 目を輝かせている。


「では、こちらへ」


 アリシアさんは、そういうと、いきなりユウの手をつかんで、登録の部屋にひっぱっていく。

 わたしもあわてて、ついていった。


「登録といっても、たいしたことはありません。

 この台帳に、名前と年齢、属性を書いてもらって」


 わたしは、ユウが台帳に書きこむのを、悪いなと思いながらも、こっそりのぞきみした。


 名前:ユウ・シノザキ


 といったん書いて、それからシノザキという部分を消した。

 シノザキというのは、姓? 

 姓があるのなら、この国では貴族ということになるんだけど?

 でも、それをわざわざ消してしまうってことは、何か複雑な事情があるのかもしれない。


 年齢:


 なぜかここで、長いこと迷っていた。自分の年齢がわからないということはないだろうに。

 そしてけっきょく


 年齢:17


 と書き込んだ。


 次の、


 属性:アンバランサー


 これは、すっと書いた。アンバランサーという言葉は、森でもユウの口からきいたけど、まったく意味不明だ。そんな属性がこの世にあるのかなあ。

 アリシアさんも知らないようだ。

 いぶかしげな顔で、ユウをみていたが、ユウが、書き終えた台帳を当たり前のように差し出したので、あきらめたのかそのまま受け取った。


「次には、この魔水晶にふれてください。そうすると、ユウさんの個人識別情報が、カードに登録されます。これは、他人とはけっして一致しないようになっています」


 アリシアさんが、部屋の中央、台の上に設置された透明な魔水晶石を示した。


「こうかな」


 ユウが、無造作に、魔水晶石の上に手をかざす。

 わたしは、かたずをのんでそれを見ていた。

 実は、登録者が手をかざした時の、魔水晶石の反応で、その登録者の魔力の多寡や、エレメントがわかるのだ。わたしの場合は、魔水晶石が黄色い光を放って、それでわたしのエレメントは風だってわかったんだ。

 ドキドキして見つめるうち、ユウさんの手が魔水晶石にふれて、


 そのとたん、


「うわっ?」


 ぶわっ、ぶわっ、ぶううううん!


 魔水晶石が、不気味な振動をはじめた。


「えっ? えっ? えっ?」


 アリシアさんも驚いている。

 

 ぶうぉうぉうぉうぉん!


 魔水晶石がうなり、がたがた揺れて、なにか必死になっているように思えた。

 ちかちかまたたきだした光はめまぐるしく色を変えるので、何色ともつかなくなって。

 そして、魔水晶石は、怒ったように、うなり続けた。


 ぶうううううううん!


 それはまるで、解けない問題を無理に解こうとしているような。


 うぉうぉうぉうぉうぉうぉん!ん!ん!ん!


 魔水晶石の上に、光の板のようなものが現れて、その板の上を、文字がすごい勢いで流れていく。知っている文字もあれば、見たことのない文字もあって。とぎれとぎれに、読める部分もあって、でもその意味もよくわからず。数字の17と38が交互に点滅して。「バランス」「アンバランス」「ランサー」「アンバランサー」「均衡」「平衡」という単語が、なんども繰り返されて。


 そして、


 ばしゅん!


 魔水晶石は、一瞬蒼く光って消滅した。

 かけらも残さず。


 …ゲフッ。


 台が、まるで力尽きたように震え、一枚のカードを吐きだした。

 カードはぽとりと床に落ちた。


 …。

 …。

 …。


 わたしたち三人は、あぜんとして、無言のまま顔を見合わせていた。


「あ、あの…」


 やがて、ユウがおずおずと言った。


「これは、ひょっとして、弁償でしょうか?」


「い…いえ、大丈夫です、これは事故ですから、…たぶん」


 アリシアさんが我に返って、答えた。


「そ、それに」


 落ちたカードを拾い上げて、


「ぶじ、ギルドカードも発行できたようです。ははははは、ああ、よかった、よかった」


 いや、これは…

 あまり良くないと思う。

 こんなの見たことないし。

 それに、そもそもギルドカードって、こうやって発行されるものじゃないような気がするんだ、わたし…。

 アリシアさんは、かまわず、にこやかに告げた。


「おめでとうございます、これでユウさんも冒険者の仲間です!

 登録料は、5000ギルダとなります」


「えっ」


 それをきいて、ユウがうろたえた。


「どうなさいましたか」


「あの…ぼく、…お金、一銭ももってません…」


「はい?」


 もちろん、わたしにもそんなお金の手持ちなんて、あるわけも無くて。わたしたちが冒険者になるときの登録料だって、自分たちではどうにもならず、院長せんせいが、なけなしのお金をだしてくれたのだ。

 困っていると、


「わかりました」


 と、アリシアさんが、うなずいていった。


「お金ができるまで、この私が、ユウさんにお貸しします」


「えーっ?」


 ユウがびっくりしたようにいった。


「アリシアさん、いくらなんでも、それはだめでは…」


「大丈夫です。わたしはユウさんの手助けをしたいのです」


 アリシアさんは、鼻をひくつかせて、そして断言した。


「ユウさんのような匂いの人に、悪い人はいません!」


(やっぱり、アリシアさんも、匂いなんだ…)


 わたしはそう思ったのだ。

読んで下さってありがとうございます。篠崎裕一郎氏は38歳だったようです。

続きが読みたいぞ、そう思った方は、★をぽちっとお願いしますね!

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