その人は、何ひとつ、持っていなかった。
「それでは、ユウさんのお部屋は、とうめん、院長室の隣にある、来客用宿泊室をつかってもらいましょう」
と、ルシア先生が言った。
いつの間にか、ユウはわたしたちの孤児院で暮らすことになっていた。
いいんだけど。
それは、うれしいんだけど。
でも、ルシア先生、なんかまた、展開が強引ではないですか? 部屋も隣って?
モヤモヤしていたのは、わたしだけみたい。
ジーナはなにも考えず大喜び。子どもたちも、すっかりユウになついている。
なんだか複雑だなあ…。それは、反対はするわけないですよ、わたしも、ユウが一緒に暮らしてくれるのはうれしいんだけどね。
「そうだ、そうとなったら、ユウさん、引っ越しだよ!」
ジーナが、はりきって言った。
「ユウさんの荷物、ここに運んでこないと。どこの宿屋にあるの? いっしょに、取りに行ってあげるよ。うーん、この町の宿屋と言ったら、極楽亭? それとも朝起亭?」
「それが…」
ユウは、苦笑いを浮かべて、言った。
「ぼく、荷物は、何もないんだ」
「「ない?」」
「うん、なんにも」
「いや、だってさ、ユウさん他の国から来たんだよね?」
「そうだね」
「旅だよね」
「まあ、そういうことになるね」
「だから、着替えの服とか!」
「服はこれだけ」
「武器とか」
「危ないものは、持ってないねえ」
「でも、食料とか、かばんとか、とにかくそういうものとか…」
「どれも、ないなあ…」
とうとう、ジーナが大声を出した。
「ふつう、旅支度ってものがあるでしょ!」
「だよね…」
要領をえない。
そういえば、ギルドでも、一銭も持ってないって言っていたのを思い出した。
「お金も、たしか、ないんだよね?」
わたしが聞くと、
「あるといえば、あるんだけど…、ここでは役に立たないだろうなあ」
後ろ手に、ズボンの後ろの切れ込みをゴソゴソやっていたが、
「こんなのだからね…」
そういって、取り出したものは
「なにこれ?」
わけがわからない。
一つは、しわくちゃになった、四角くて薄い紙のようなもので、文字らしいものと、女の人の顔が書かれている。
もう一つは、こちらはお金だと言われればそうかとも思える、銀色にひかる丸いメダルだけど、材質は銀ではなくて、そして、びっくりするぐらいに正確な円形だ。ふちにはギザギザがあって、平らな面にはやっぱり文字と、なにかの植物の絵が刻まれている。
ルシア先生が、紙のようなものを手にとって、広げ、しげしげと眺めた。
「なるほど…これは、紙としても、みたことがないくらい薄くて、表面もすごくすべすべしている。
…この精密な文字も絵も、手で書かれたものではないわね。
これには、おそらく、想像もつかないような、たいへんな技術が使われているわ…」
と、感心したようにいった。
「これが、ぼくの国のお金なんだけど」
「このへんなしわくちゃが?」
「うん、そうだよ」
「えーっ? とても、こんなものに値打ちがあるとは思えないよ。だいたい、これ、火をつけたら燃えちゃうんでしょ? そっちの銀貨みたいなのはまだわかるけど…」
「ふつう、そうだよね…そもそも紙幣とはぎんこうけんだからね。そのもの自体には、たいした価値はないわけだ…」
また、よくわからないことを言う。
ユウから、実は、ユウの国ではしわくちゃの紙切れみたいなもののほう(紙幣というのだそうだ)が、銀貨みたいなものよりはるかに値打ちがある、この二つで比べると、銀貨みたいなやつ50枚と、このしわくちゃの紙切れが同じ価値になる、ときいて、わたしたちはびっくりしてしまったのだった。
「燃えちゃったらどうするの…」
ジーナは、まだこだわっている。
「でも、たしかに、これは使えないわね…やっぱり、ユウさんは一文無し同然ってことか」
同情する目でユウをみて、
「あっ、でも!」
ポンと手をうった。
「ギルドに行けば、盗賊の報奨金がもらえるから、ユウさん、お金が手に入るよ」
「ああ、そうだったね…」
「よーし、そのお金で、必要なものをそろえちゃおう! 買い物、わたしとライラで付き合ってあげる!」
なんというか…、ルシア先生といい、ジーナといい、それから、ギルドのアリシアさんといい、どうしてみんなこうも、ユウのことになると勝手にどんどん話をすすめてしまうんだろうか。
まあ、ユウさんがみんなのいうことを、特に反対もせず、にこにこ聞いているからこういうことになるんだろうけど。
これは、わたしがそばに付いていて、ちゃんとしてあげないと、ダメだな。
よし!
こころにかたく、そう誓ったのだ。(実は、みんなそう思っていたからこうなったのだ、という真理にわたしが気付くのは、もっとずっとあとのことだった)
いつも読んでくださり、ありがとうございます。ユウが、この世界での生活を始めます。
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ユウ:一文無しじゃなくて、5100円も持ってたんだけどなあ…。




