研究室の君
二作目です。よろしくお願いします。
ここは、王立の研究施設だ。隣には学園が付属され、貴族から平民まで広く門戸が開かれている。
俺も、ここで働く研究者の一人だ。連勤六年のブラックだが、好きな研究だし、何より美人の同僚がいる。
同僚とは付属学園からの仲で、優しく物憂げな容貌は、精霊だと言われても、納得する美しさである。
そんな同僚に、精霊界へ帰らないといけない、と言われたら、お迎えの使者を返り討ちにするくらい大好きだ。
今日も研究室へ入ると、先に来ていた同僚が実験の準備をしていた。
朝日に照らされて輝いている。ああ、綺麗だ。神々しく、神秘的でもある。
おはよう、と声を出す前に、同僚が口を開いた。
「隠し子か?」
「いいや、弟だ」
そう、いつも二人きりの研究室に、異分子がいた。
ーーー歳の離れた弟だ。
俺の後ろに隠れていた弟が、顔を出す。
弟は銀髪に大きく丸い金の瞳をしている。一方、俺は暗い灰髪、吊り上がった赤い瞳だ。
同僚の目が語っている。
弟というには、無理がある…… 、と。
「昨日の夜、来たんだよ。俺の弟だって本人が言っているんだ」
「そうか、お前とは、もっと研究を続けたかったが、残念だ…」
同僚は冗談とも、本気ともとれる表情をした。
ええっ、その顔初めて見た、悪戯っぽくて好き。って、違う。そうじゃない。
「俺も疑ったよ。だが、両親の名前も、執事もばあやの名前も一緒なら弟だろ?」
これでも俺は由緒正しい生まれである。貴族録を開けば、両親の名前は簡単にわかるが、使用人の名前も言えるのなら、流石に家族だろう。
それに、学生の時から、お前しか見てないし、卒業後は研究で忙しく、お前以外の女性と関わりすら持っていない!
俺は身の潔白を主張した。
「まあ、確かに。だが一応、家に連絡はしたのか?」
「昨日から何度もやったが、繋がらないんだよ」
「じゃあ、なぜ来たのか、理由は?」
「父様が怖いんだとよ。それで、俺の住所をばあやに聞いたらしい」
幼い弟がそう言うのはわかる。父様は顔が怖い。あれは貴族というより、殺人鬼の顔だ。
「弟の目をくり抜こうとしたらしい」
父様なら、確実にやる。
さて、言い合いをしていたら、かなり時間が経ったようだ。
同僚は、いつの間にか、実験道具を片付けて、三人分の飲み物とお菓子を出してくれた。
私用で実験を駄目にした申し訳なさと、同僚の優しさへの感謝で心は一杯だ。
なお、同僚手づからのお茶は五臓六腑に染み渡る美味さだった。
毎日飲みたい。結婚してほしい。
「おとうさまは、ぼくのこと、すきじゃないんだ」
甘いもので落ち着いたのか、弟は家庭のことを話し出した。
聞くと、母様は産後の肥立ちが悪く、ずっと寝たきりだそうだ。父様は、弟を産んだせいだと、嫌っているのだと言う。
自分の実家のことだが、初耳だった。
「それに、ぼくは、おとうさまにも、おかあさまにも、あまりにてなくて」
「そんなことないぞ。目元は母様に似ているし、髪の色だって、俺も黒と白が混ざったグレーだ」
白髪赤目、黒髪緑目の両親から、銀髪金目の子が生まれた。
そう言うと似ていないが、弟の顔は母様に良く似ているし、俺のところまで一人で来る行動力は父様譲りだ。
だが、問題は金の瞳である。
「母様が元気ないから、父様も不安なんだろう。いわば八つ当たりさ。心配するな」
八つ当たりで、目をくり抜くとは物騒だが、相手は父様だ。それくらいなら、確実にやる。
流石に、幼い弟をそんな実家に戻せるはずもなく、一緒に住むことを決めた。
そういうわけで、今日は仕事を切り上げ、買い出しに行く。
弟は、身一つで来たため、いろいろな物が必要だ。
無理を言って、同僚にも来てもらった。
「服は、脱ぎ着しやすいもので良いな。三着買おう。食器は子供用の小さいやつを選んで」
慣れた動きで、同僚は指示を出す。
「私は孤児院育ちだからな。後から来た子の面倒を見るので、慣れたよ」
あ、聞いちゃいけないことだった。
「おねえさま、ありがとうございます」
買い揃えた後に、礼を述べた。同僚も柔らかな表情で応える。
「もし、お兄様が嫌なら、私のところに来ると良いよ」
なにそれ、羨ましい。
俺も同僚も、研究所の寮住まいだ。貴族棟と平民棟は隣同士ですぐ行ける。
あれ?じゃあ逆に、泊まってもらうことも可能なのでは?
いや、別に変な意味はないよ。だって、同僚は幼い子の扱いに長けているし。疚しいことなんて一つもないからな!
「よかったら、今日は泊まりにこないか?弟は、昨日、不安がって、あまり寝てないんだ。みんなでいた方が安心するだろう?」
本当に、疚しいことなんてないからな!
「仕方ないな、夕飯は作ってくれよ」
同僚は快諾してくれた。
神様!ありがとう!!次、ボーナスがでたら、教会に全額寄付しよう。
学生の時は、身分性別で寮棟が分かれ、立ち入りを禁止していたが、研究者はいい大人だ。寮棟は分かれているが、規制はそれほどない。
おまけに、実験等の関係で、同僚とはよく研究室に泊まりこむ。
そのため、部屋へ案内すると、同僚はすんなりと入った。
決して、俺が男として見られていないわけではない。諸君、勘違いしないように。
「貴族棟は広いな」
同僚は、部屋を一通り見渡した。無様な姿は見せられないからな、私生活は完璧を装っている。
「夕飯は何がいい?」
ついでに、家事のできる良い男であると、アピールもする。
キッチンに行き、料理をつくる。隣のリビングでは、同僚が卓を拭いたり、食器を出したりしてた。
ああああああ、新婚さんじゃん。五万回は夢見た光景だ。幸せすぎて死ねる。
「おねえさんは、おにいさまと、なかよし、なんだね」
食器を出す手伝いをしていた弟が、何やら話し始めた。
全力で耳を澄ます。
「ああ、学園からの付き合いだ」
「おにいさまのこと、すき?」
「さあ、どうかな?」
そう言って、二人はお互いに微笑みあっていた。
まって、それはどういうことだ。好きで良いのか?
というか、ふにゃ、と柔らかく微笑むのは反則では? こっちだけ好きになるだろう?
そう悶える間に、料理ができた。
理性よ、戻れ。夕飯にしよう。
夕飯を食べ終え、お風呂に入り、歯も磨いた。良い子は寝る時間だ。
同僚と弟にベッドを貸す。俺は、ソファーだ。
美人が、俺の、ベッドに寝る!きっと俺は前世で、かなり徳を積んだのだろう。シーツは絶対洗わない!
今日は、一日中ドキドキしっぱなしのため、鎮静効果のあるお茶を飲む。
すると、寝室へ行ったはずの同僚が、リビングへ戻って来た。
「弟くん、ぐっすり寝たよ」
時計を見る。大人はまだ寝ない時間だ。同僚にも、お茶を入れる。
「さっき、連絡が取れたんだが、母様の容態が悪化したらしく、預かって欲しいんだと」
「ああ、本当に弟だったのか」
口ぶり的に、完全に弟だと信じてはいなかったようだ。
「金の瞳だろう?俺も気になっていたんだ。明日、生物学研究の奴らに聞いてみるか」
◇◇◇
生物学研究室の仕事は早い。
朝に質問を寄せたところ、昼には報告書として研究室に届けられていた。
さてはアイツら暇だな。
「曰く、目や髪の色が、成長して変わることは多少あるそうだ」
その他、目の色が変わる条件は多々あるらしい。部屋の明るさ、皮膚の色がその例だ。
「赤目は、血の色で赤く見えるらしい。色素が薄いんだな。弟も成長すれば、明るい緑色になると予測する、とさ」
父様、血も涙もない顔なのに、赤い血が流れているんだ、と報告書を読みながら衝撃を受ける。
なお報告書の最後には、サンプルとして、弟を研究に参加させてほしい、とあった。
生物学研究室、ガメツイな。
そんなこんなで、弟と生活し10日ほど経った。
研究中は付属学園で預かってもらっている。
同僚が泊まったのは最初だけだが、送り迎えは一緒にしてもらっている。弟を挟んで、3人で手を繋ぎながら帰る。
はわわわわ、夫婦じゃん。弟より俺の方が上機嫌に、繋いだ手をブンブンを振りながら帰った。
その日も、研究終わりに学園へ迎えに行くと、珍しく弟は目に涙をためていた。
「どうした、どこか痛いのか?」
「あのね、ぼくね。めのいろ、だめなの」
どうやら、心ない学生の下衆話を、聞いてしまったらしい。
目の色が、明らかに両親と違う、と。
「おとうさまも、めをとろうとした。ぼく、だめなの」
ボロボロと、大きな涙がこぼれ落ちる。まるで瞳が溶けているようだった。
「そんなことない。金色の目は、母様と父様を混ぜた色だ」
同僚は、泣く弟を抱き寄せて、励ました。
「でも、くれよんは、あかと、みどりで、くろになるよ」
「じゃあ、研究室にいこう。金色になるところを、一緒に見よう」
我が研究室は、物理学を専門にしている。
「お父様とお母様の目は、この中でどれに近い?」
同僚が、机の上にライトを置き、問う。弟は赤色と緑色を指さした。
「じゃあ、この二つのライトを付けてみよう」
部屋を暗くして、赤と緑の光をスクリーンに照らし出す。
赤いライトを移動して、緑と混ぜると、黄色の光になった。
光の三原色だ。赤、緑、青で作られる色で、混ざると白に近づく。
暗い研究室では、明るい黄色が輝いて見えた。金色である。
「ぼくのめのいろだ!」
「ほら、混ぜたら金色になるだろう」
同僚は、他にも光を混ぜ合わせて、たくさんの色を作って見せた。弟の目に、もう涙は無かった。
「ぼくね、おうちかえる。おとうさまに、これ、おしえてあげる」
弟は、にこやかに言った。
父様が、それで落ち着くとは思わないが、本人の意思を尊重しよう。一応、生物学研究室の報告書も持たせよう。
◇◇◇
「おにいさま、おねえさま、またね」
次の日、朝から馬車に乗る弟を見送った。
もちろん、実家に連絡を入れ、弟が帰っても良いか状況を確認した後だ。
「母様が、病床で弟の名前を呼ぶから、帰ってこい。とのことだ」
一応、弟の身は安全だろう。
馬車が見えなくなるまで、手を振る。
「寂しくなるな」
同僚はそう呟き、俺に控えめに寄り添った。
え、これ、どういうこと?良いの?
肩に手をかけるかどうか、判断に迷う手が宙に浮く。
俺の苦悩は続く。
ご覧頂き、ありがとうございました。