エルの食後
「お腹いっぱーい! ありがとう、お父さん!」
「それは良かったです」
エルはお腹を擦りながら、満足そうに歩いていた。
おじさん臭い所作である。
珍しく大奮発した食事であるため、当分このような贅沢は出来ないだろう。
一度このような食事をしてしまうと、味を覚えてしまって、普通の食事では満足できないという事態に陥ってしまう可能性があったが、エルはそうでないと信じたい。
「これから宿屋さんに戻るんだよね?」
「そうですね。今日は疲れたのですぐに眠れそうです。エルちゃんも、夜更かししないようにしてくださいね」
「はーい」
エルは元気の良い返事をする。
美味しいものを食べたせいか、妙にご機嫌な様子だ。
このエルを見ていると、先程の出費が嘘のように忘れられた。
「この日は記念になりそうだね! エルは一生この日のことを忘れないよ!」
「そ、そこまでですか……」
どうやら、エルにとっても楽しい時間になったらしい。
一生覚えるとなると、食べられたカニも感謝しているだろう。
「お父さん、はやくはやくー」
エルに手を引かれながら、イツキは宿屋へと戻ることになった。
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「お父さん、シャワーってどうやって使うの……?」
「えっと、お湯と水の温度を好みで調節して――このように」
「――分かった! 意外と簡単かも」
エルは、使い方の分からないシャワーに悪戦苦闘しながら体の汚れを落とす。
極端すぎる温度調節に、熱いと冷たいという叫びを繰り返していたが、何とか丁度いい温度を探し当てたようだ。
二十分ほどの時間をかけて、エルはシャワー室から飛び出してくる。
「シャワー浴びて来た!」
「エルちゃん、服を着てください。風邪を引いてしまいますよ」
真っ裸で個室シャワーから出てきたエルを、イツキは冷静に対応した。
水の雫を床に落としながら、イツキの元へ駆け寄るエル。
このまま抱きつかれては、イツキも水浸しになってしまうため、自分が使う予定だったバスタオルを使って受け止める。
エルの軽い体は、突進してくるエネルギーを含めても簡単に受け止められるほどに軽かった。
「お父さん拭いてー」
「……ちょっと待ってくださいね」
イツキは、タオルをびしょびしょの髪の毛の上に被せる。
間違えてエルを傷付けないように、ぎこちなく加減しながら髪の毛の水気を吸い取った。
魔王相手と考えたら気を使いすぎなのかもしれないが、何かがあってからでは遅い。
エルに不器用な男だと思われないように、イツキは体の水気を拭き取っていった。
「お父さん、何で目をつむってるの?」
「気にしちゃ駄目です」
「……? よく分からないけど、お父さんが言うならそうかも!」
何がそうなのかはエルにすら不明だが、イツキは雰囲気だけで納得させる。
エルもあまり考えない性格のようだ。
「お父さんはこれからシャワー浴びるの?」
「そうですよ」
「じゃあエルがお父さん洗ってあげるよ!」
「……それだとエルちゃんがまた濡れちゃいませんか?」
「そうだった!」
エルは、イツキがシャワーを浴びる十分間の間。
扉の前でタオルを持って、今か今かと待ち続けることになった。




