表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

旅のルール


「大きな国だねー! これなら、まともなご飯が食べれるかも!」


「まだブラックフィッシュのことを根に持ってたんですね」


 お金が無いかも――とは言えなかった。

 養う立場として、頼りない姿を見せるわけにはいかない。


 三十分ほどの入国手続きを済ませたイツキとエルは、現在広大な国の中をさまよっている。


 こういった大きな国では、まず安全を第一に確保しないといけない。

 エルは、イツキと離れないように袖をしっかりと掴んでいた。


「とりあえず、今日泊まる所を探しましょうか。大きな国なので、ぼったくられないように注意しておいた方が良さそうです」


「そ、そうだね」


 エルを不安にさせないよう、計画を立てて行動するイツキ。

 早く荷物を下ろしたいというのもあり、近くにあった宿屋に入る。


「いらっしゃい。旅人さんかい?」


「はい。二泊ほどしたいのですが」


 宿屋の店主らしき男が、気前よく話しかけてきた。

 まだ昼だというのに、隣には飲みかけの酒が置かれている。


 よく見ると、外装は綺麗であるものの、内装には力を入れていない。

 このような宿屋は、格安かぼったくりかのどちらかだ。


「それなら50ゴールドだけど、こちらの女の子は娘さんかな?」


「そうだよー」


「なら、お嬢ちゃんの分はタダで良いよ。ただ、飯は出ないから兄ちゃんが何とかしてやんな」


 どうやら、格安の方を引き当てたようだ。

 幸運なことに、一件目から当たりの店を引き当てたイツキたちは、荷物を下ろして休息をとる。


「ラッキーですね。こんなに早く決まるとは思っていませんでした」


「本当はこんなに早く決まらないの?」


「はい、宿を求めて歩き回るのが普通です。それに、この値段だったら劣悪な環境だったりするんですけど、そんなこともなさそうですね」


 イツキは部屋を見渡す。

 ベッドが二つというシンプルな部屋構成だったが、ベッドがあるだけまだマシだ。


 これまでイツキが経験した中では、壁すらなかった宿屋もある。

 当然そのような場所に、エルを置いておくことはできない。


「良かったね、お父さん! これまでエルに用意されてた寝床より何倍も綺麗だし、エルも嬉しいよ!」


 用意されてた寝床――というのは、恐らく奴隷時代のことだろう。

 檻に入れられるような扱いを受けていた場所で、まともに眠れていたとは到底思えない。


(決まったな。これからの最低限は)


 新しく『旅のルール』が一つ付け加えられた瞬間だった。


 『旅のルール』とは、文字通り旅をする中で守ると決めたルールだ。

 イツキが自分に課している憲法のようなものである。


 殺さない、奪わない、などに加えて新しく最低限の生活という項目が追加された。


 最低限の生活は、エルが奴隷として売られていた頃を基準にされている。

 つまり、エルに奴隷時代と同じ思いはさせないという決意表明だ。


「さて、ご飯は出ないらしいですから、何か買いに行きましょうか。エルちゃんも一緒に行きます?」


「行く!」


 荷物を下ろして身軽になったイツキたちは、軽い足取りで初めて見る店に向かった。



***************



「お父さん、似合う……?」


「おぉ、可愛いですよ、エルちゃん」


「ほ、ほんと!? ありがとう!」


 食べ物を買いに来たイツキとエルは、何故か服屋で足止めを食らっていた。

 店員に捕まったというわけではなく、エルがじーっと服を眺めていたことが原因だ。


 イツキの提案により試着を始めたのだが、これが予想以上に時間がかかるもので、既に一時間が経過している。

 当人たちには時間という概念がなく、無料ということもあって、最大限に試着を楽しんでいた。


「よし、これを買いましょう」


「え!? 良いの!? お金は!?」


「心配しないでください。記念ですよ、記念」


 イツキは、迷わず財布の中からお金を出す。

 予定外の出費であったが、宿屋で浮いた分のお金と割り切って払った。

 それに、女の子であるエルからしたら、服は命とも言えるだろう。


 更にもう一着買ってあげたいくらいだ。


「だけど、ゆっくりしすぎたかもしれませんね。人が混まないうちに、ご飯は済ませておきましょう」


「そ、そうだね――」


 くぅー――とエルのお腹が鳴る。


「――ひっ!?」


 エルは慌ててお腹を押さえた。

 しかし、それで鳴り止むことはなく、恥ずかしい音を響かせている。


 通りすがりの人には聞こえていないであろう音だが、イツキの耳にはしっかりと届く。

 うつむいたまま、顔を上げられないでいた。


「……フフ」


「えへへ……」


 その場は奇妙な空気に包まれる。

 紳士としては、聞こえていないふりをしていた方が正解だったのであろうか。


 しかしそれでは、聞こえていたのか聞こえていなかったのかで、エルが悩み続けることになるかもしれない。


 難しい問題だ。


「エルちゃんは何が食べたいですか? この国なら大抵の物はありますよ」


「エルは何でも良いけど……もし良かったら、カニが食べてみたかったり……なんて」


「カニ……ですか」


 イツキは自分の財布の中身を確認する。

 そこには、ギリギリセーフ――もしくはアウトといった微妙な金額が入っていた。


 エルのまさかのチョイスに、イツキは頭を悩ませる。


 素直に断ることができたら、どれだけ楽になれるだろう。

 しかし、その言葉がどうやっても出てこない。


 エルも勇気を出して言ったのだ。

 それを無下にするようなことは、イツキの精神が耐えられなかった。


「だめ……かな?」


「構いませんよ、行きましょう」


「やったー!」


 とうとう言ってしまった。

 これでもう後には引けなくなってしまう。

 計画的なイツキらしくない選択だ。

 イツキの財布も驚いているだろうし、イツキ自身もこの結果に驚いている。


(……これは帰りに換金しなくちゃな)


 エルに手を引かれながら、イツキはカニの待つ店に向かう。

 早足なエルに比べて、イツキの足は少しだけ重かった。



***************



「お父さん、これ食べていいの……?」


「良いですよ。食べ方は分かりますか?」


「……わかんない」


 エルは、持っているカニの足をどうしたら良いのか分からずに困っている。

 単純に憧れていただけのようだ。


「僕も詳しいわけではありませんが、このハサミで関節の手前と足の付け根を切り落として――」


「おぉー! ありがとう、お父さん!」


 どこで得たのかも分からない知識で、イツキは器用にカニの身を取り出した。

 エルは初めて食べるであろうカニの身を、宝石を見るような目で見つめている。


 そして、ついに口の中へそれを運んだ。


「……はぁー……おいしい……」


 何とも言えない表情。

 天井を見つめて、エルは深いため息をこぼしていた。


 その味を言葉で形容するようなことはせず、ただ味を楽しんでいる。

 もしかしたら、言葉に表せないほどの味なのかもしれない。


「お父さん、ハサミ貸してー」


「もう食べ方を覚えたんですか?」


「うん」


 物分りのいいエル。

 次なるカニの足を求めて、ハサミを手に取った。

 バチン――という豪快な音を立てながら、カニの足を綺麗に分断する。


 いつものエルとは打って変わって、今は黙々と作業に集中していた。


「エルちゃん、少しお手洗いに行ってきます」


「いっしょに行――」


「気にしないで良いですよ」


 イツキは、以前に貰った金鉱石を換金するため、エルにバレないように外へ出る。

 心配をかけまいと、苦労するイツキだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ