表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

大きな目標


「旅人さん。もう出国なんですか? つい最近来たばかりだというのに」


「故郷の母が危篤に陥ってしまったようで、急いで帰らなくてはならなくなったんですよ」


 出国手続きまでの道のりは、意外と難しいものではなかった。

 手を繋いで歩いていることで、周囲からは本当の親子のように見られていたのだろう。


 エルが想像以上に懐いてくれたのは、様々な意味でありがたいことだった。


「それはそれは……あれ? そちらの子どもは娘さんですか?」


「そうだよー! ねっ、お父さん!」


「ま、まぁ」


 エルの演技も段々と繰り返すうちに、本物の娘さながらの雰囲気になる。 

 逆にイツキの方が不自然なほどだ。


 これほどまでに進化していれば疑う余地もない。

 ただの人間に見破れるはずもなかった。


「旅人さんは、これからどうなさるんですか? お母様は心配ですが、これから夜になりますし、この国の外は危険ですよ?」


「……大丈夫です。今回はありがとうございました」


 そう言ってイツキは国を後にする。

 男の言う通り、夜に女の子を連れて出歩くのはかなり危険な行為だ。

 しかし、国の中の方が危険である以上、イツキたちに選択肢はなかった。


「うわぁ……! すごい……!」


 大きな門の外に出ると、そこには自由の世界が広がっていた。



**************



「ここまで来れば大丈夫でしょう。ちょうど木もありますし、ここで野宿しますよ」


「あっちに川があるから、あそこにテントを張った方が良いんじゃないの?」


 ある程度国から離れたところで、イツキたちは野宿をすることになる。

 初めて国の外に出たため、エルは心做しか楽しそうだ。


「川の近くはやめておいた方がいいです。大雨が降った時に、大変なことになりますから。特に上流ではね」


「へぇー! お父さん物知り!」


「……別に今はお父さんと呼ばなくて大丈夫ですよ?」


「……だめ?」


「いや、駄目ではないですけど」


 イツキは照れているのを隠すように、テントを張り始めた。

 それを手伝うため、エルはイツキの周りをウロチョロしている。

 何か出来ることがないかと探していたが、難しそうなテント張りの作業の前に、ただ立ち尽くすことしかできない。


「お父さん、何か手伝えることない……?」


「手伝い……ですか。ペグという釘みたいなものがありますから、テントが飛んでいかないように、これを打ち込んでください」


「分かった!」


 イツキは、持っているペグをエルに手渡した。

 初めて扱う道具であるためか、まじまじと見つめて観察している。

 臭いまで嗅いでいたが、どうやら好きな臭いではなかったらしい。


 ひとまずエルに任せたイツキは、元の作業に戻ろうと目を離した瞬間――


 ゴキンと硬くて嫌な音が聞こえてきた。


「大丈夫ですか!? エルちゃん!」


「――ご、ごめんなさい! くぎが折れちゃった!」


「それより怪我は!?」


「え? 大丈夫だけど……」


 エルの手には、綺麗にへし折られたペグがあり、どうしていいのか分からない様子だ。

 道具を壊してしまった責任感からか、第一声は謝罪の言葉になる。


「なら良かった……ペグが壊れるというのは初めての経験ですよ」


「怒ってる……?」


「ん? 怒るわけないじゃないですか。それより怪我がなくて良かったです」


 だが、そんなエルとは裏腹に、イツキは怪我の方を心配していた。

 怪我がないと知ると、安心したように元の作業に戻る。

 その手には、どこからか取りだした絆創膏があった。


「お父さんちょっと待ってて!」


 何かを閃いたエルは、バッと川辺の方へ駆け出した。

 責任感からの行動だろうか。

 止めようかとも考えたイツキだったが、エルの気持ちを無下にするわけにはいかない。


 まさに子の成長を見届ける親のような気持ちで見つめていた。


 遠目では、何やら水をバチャバチャとしている姿が見えたが、実際に何をしているかまでは分からない。

 折角買った服が濡れているが、本人が気にしていないのなら、わざわざ口を出さなくてもいいだろう。


 エルが戻ってくるのは、数分後のことだった。


「お父さん! 魚! 取ってきたよ!」


 戻ってきたエルの手には、二匹の魚が捕らえられている。

 どうやら、エルは魚に触れるタイプのようだ。

 魚を逃がさないよう、口の中に親指を入れているところが、女の子とは思えないほどたくましい。


「おぉ、この魚を夜食にしましょう。ありがとう、エルちゃん」


「……えへへー」


 イツキはエルの頭を撫でる。

 撫でられるという経験は初めてなのか、少し恥ずかしそうにした後、自然と笑みをこぼしていた。


「〈点火〉。エルちゃん、その魚を焼けますか?」


「うん! 串に刺して焼けばいいんだよね?」


「はい。その調子です」


 エルは器用に内蔵をとり、魚を串刺しにしながら、イツキが用意した炎で魚を炙り始める。

 最近は携帯食ばかりの食事であったため、点火スキルを使うのは久しぶりだったが、まだまだ問題なく使えるらしい。


「あっ! この魚、毒があるかもしれない!」


「大丈夫ですよ。この魚はブラックフィッシュといって、毒がある魚ではありませんから」


「そうなんだー。黒いから毒があるかと思っちゃった」


 エルは心配そうな顔から、すぐさま楽しそうな顔に戻った。

 イツキの情報を鵜呑みにするのは、それなりの信頼関係がないとできないことだ。

 ここまで信頼されていると、イツキとしても少しだけプレッシャーがかかる。


 これまでは自業自得で済む話だったが、これからはエルと共に行動するため、大きなミスは許されない。

 旅をする中で、初めての感覚だった。


「もういいかなー」


「……そうですね。これくらいでいいですよ」


「いただきまーす!」


 待ちきれなくなったのか。

 エルは火が通ったのを確認すると、イツキに確認を取ってから口を大きく開く。


 骨などは一切気にすることなく、ガブリと豪快に噛み付いた。


「――まずい! なんで!? お父さんの言う通りにしたのに! エル間違えちゃった……?」


「いえいえ、ブラックフィッシュは美味しい魚ではないんですよ。栄養価が高くてどこにでもいるので、お世話になる機会は多いですけど」


 ブラックフィッシュの身は、まるでゴムのように硬く、味も謎の苦味で包まれている。

 今までエルに出されてきた食事に、勝るとも劣らないほどの不味さだ。


「そ、そうなんだ……エルが間違えたってわけじゃなかったんだね。良かった……」


 エルは安堵したように息を撫で下ろす。

 イツキの調理法が間違っていたわけでもなく、エルがミスをしたわけでもない。

 全てをブラックフィッシュのせいにすることができた。


「まぁ、旅をしている以上、食べられるだけマシだと思っておきましょう。明日には、どこかの国に入れるといいですね」


「……エルがいたら拒否されないかな」


「魔王だから……ですか?」


 少しだけ不安そうな顔になるエル。

 これまでに、魔王だからと酷い扱いを受けていた過去が、エルの頭の中で鮮明に思い出される。


「お父さんは、魔王が近くにいたらどう思う……?」


 エルは、ついに覚悟を決めて問いかけた。

 いつかは聞かないといけない質問。

 一緒にいたいという気持ちに関わらず、イツキに迷惑をかけるのならば、距離を置くという選択肢を選ばなくてはならない。


 心臓がバクバクと動いていた。


「他の人たちは、魔王のことをどう思うかは分かりませんが、僕は何とも思っていませんよ。それに、もっと自信を持ってください」


「自信……?」


「はい、魔王が恥だなんて思わないでください。逆に、強大な魔王に成長して、馬鹿にしていた人を見返してみたらどうですか?」


「う、うん! エル強くなる!」


 イツキの励ましの言葉に、エルは一つの誓いを立てる。

 大きな目標が決まった瞬間だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ