旅人、奴隷を買う
その日は灰色の雲が厚く、嵐が来る前のように暗い空だった。
旅人であるイツキは、滞在している国をフラフラと歩くことが趣味である。
今回のように気持ちが悪い天候の中でも、それだけは例に漏れず、ただ人気の少ない路地を彷徨う。
どの国で話しても共感されない趣味であるが、イツキは本当にそれを楽しんでいた。
「旅人さん。ちょいと見ていかないかい?」
そんなイツキに、見た目だけでは何を売っているのか分からない商人から声がかかる。
こういった場合、八割ほどの確率で麻薬などの怪しい商売をしている者なのだが、一応という形で話を聞いてみることにした。
「何があるのですか? 旅人なので、あまり高い物は買えませんよ」
「アッシは奴隷商人でしてね。一人奴隷が売れ残っちまってるんですよ。どうです? かなりお安くしますんで、買っちゃあくれませんかね?」
「……奴隷」
「はい。旅はお疲れになるでしょう。それなら、面倒くさいことは全部奴隷にやらしちまえばいいんですよ。お役に立つと思いますぜ?」
イツキの目に狂いはなく、その男は奴隷商人として生計を立てている者だった。
そして、男が言っていることは全部本当なのだろう。
男の話し方から、本気で買わせてやろうという気持ちは伝わってこない。
買ってもらえればラッキー――という程度だ。
既にかなりの儲けが出ているせいか、売れ残りの奴隷は、信じられないほど格安になっている。
男としても早く手放したいのだろうか。
かなり雑な扱いであった。
「残念ですが、その奴隷が僕の役に立つとは限りません。旅で仲間が増えるということは、かなり大変なことなんです。必要な食材や荷物が倍になるんですからね」
イツキは、男の話を断るために理由を付ける。
これまで旅をしてきた中で、断る力というのはかなり鍛えられてきた。
今のイツキに無駄な金を使えるほどの余裕はない。
「なるほど、そいつは残念です。この奴隷の命は今日までになりそうなんで、よろしければ拝んでやってくだせぇ」
「……どういうことです?」
「簡単ですよ。売れない奴隷は必要ありませんから、ある程度日にちが経ったら捨てちまうんです」
「何故捨てる必要があるのですか?」
「旅人さんと同じで、奴隷に飯を食わせるのも結構大変なことなんですよ。それなら、いっそのこと捨てちまえって話です」
奴隷商人の男は、檻にかけられていた布を取る。
そこには、首輪をつけられ虚ろな目をしている女の子の姿があった。
売れ残っているというだけあって、待遇はかなり悪いらしい。
服すらまともな物は着せてもらえておらず、風にあたる度に体を震わせている。
この様子では、食事もろくなものは食べていないだろう。
この奴隷の女の子が捨てられたとしたら、すぐさま死んでしまうというのは火を見るより明らかだ。
「気が変わりました」
「……へ?」
「この女の子を買わせてもらいます。この国のお金はまだ持っていませんので、銀と交換することはできますか?」
「そ、それは勿論……」
「ありがとうございます。それでは、この女の子を早く檻から出してもらえますか?」
イツキは、前に滞在していた国で貰った銀を交換の材料にする。
本来ならこんな所で使うつもりはなかったのだが、ひどい扱いを受ける女の子を見て、何もしないというわけにはいかない。
イツキの言葉の通りに、奴隷商人の男は檻から女の子を手早く出した。
「…………あぅ」
「それではさようなら」
「は、はぁ」
何が起こっているか分からない女の子を連れて、イツキは奴隷商人の男から別れることになった。