佳き日々
国のために生きる日々。
私は『王』であって、『人』ではなかった。
私の中の、『人』の部分が死んでしまいそうで、毎日が怖かった。
私がただの『人』で居られるのは、毎夜王宮を抜け出して、海を見に行く時だけ。波の音を聴くと安心する。真っ暗な中、澄んだ海を眺めていると、頭がぼうっとして、何も考えずにいられる。
あの日は特に明るい夜だった。雲もなく、月が私を照らしていた。
いつも一人ぼっちなのは同じなのに、月はこんなにも明るくて。いつから、私はこんなになってしまったんだろう?
なんだか涙が出そうで、必死に堪えて歌を歌った。
幼い頃に母に教えて貰った曲。優しいメロディーが私を肯定してくれる気がして、寂しいときはよく歌う。
歌っているうちに、堪えていた筈の涙はいつの間にか零れ落ちていた。
「こんばんは。」
後ろから、声をかけられた。振り向いたら、とても美しい青年がいた。暗くて、その色まではわからないが、薄い色彩なのは分かった。
私が涙を流していたことに驚いたのだろう。
「どうしたの?」
そう、尋ねてくる。
「なんでもないのよ。」
私は、涙を拭い、微笑む。出会ったばかりの人に、自分の悲しみを理解してもらおうなんて、微塵も思えない。
「何かご用かしら?貴方は誰?」
1番最悪なのが刺客だ。
そんな考えを他所に、彼は堂々と言い放った。
「暇つぶしに付き合って貰おうと思って。名前は無いよ。」
衝撃だった。一国の王である私を「暇つぶし」?そんな歳になっても「名前は無い」だって?
私は今までにないくらい笑い転げた。ツボに入ったのか、なかなか可笑しさが引いてくれない。
満足いくまで笑ってから、ふと、気がつく。
今私は素でいられた。王なんてものじゃなくて。
嬉しかった。それと同時にこの青年をとても気に入った。
「そう、私はルーシー。貴方は・・・・・・そうねぇ。セリーヌと呼ぶわ。宜しくて?」
私が好きだった小説の主人公の名前。女の子の名前だと言ってから気がついたが、まぁ、いいか、と思う。
彼が満足そうに、言ったから。
「構わないよ。」
空気が一瞬で柔らかくなる。
彼は息を呑むほど美しいその姿で、微笑んでいた。
あまりの美しさに、見蕩れてしまう。
すると、セリーヌはじっとこちらを見つめてくる。
何故だろう、とても恥ずかしい。顔が真っ赤になるのがわかる。
漸く落ち着き、私はセリーヌに言う。
「もうっ!セリーヌったら!はぁ⋯⋯ほんとうに。なんて人なの?!」
顔を覆う。すると、また可笑しさが込み上げてきた。
笑っていると、セリーヌが言う。
「ルーシーは面白いね。」
セリーヌがそんなことを言うの?私が心から笑えたのは、何年ぶりかわからないのに。そうさせてくれたのは、貴方なのに。
「それは、セリーヌ。貴方の方よ?」
彼は、とても不思議なオーラを放っていた。
彼と居る時は、「ただのルーシー」で居られた。
国王となった今、呼べば不敬罪となるその名を、セリーヌは優しく、甘く呼んでくれた。
セリーヌが私を愛してくれたように、私もセリーヌが愛しかった。
セリーヌが神様だと知っても、その愛しさは変わらない。
心から、幸せだと言えた。
本当に佳き日々だったんだ。




