6話 怒らなくていいスローライフを送りたいです
一瞬、温室内が静寂に包まれた。きっと、声と同じく私の表情も酷く冷たいものとなっているのだろう。
怯んだイラーリは口を開けたままぽかんとしたが、またすぐ自分が怒っていたことを思い出したようで、怒鳴り始める。
「何を仰るの?私はこの国の王女ですのよ!?貴方が私に命令する筋合いなどありませんわ!」
あぁ。人が怒鳴る声というのは酷く耳に障る。
「ええ。そうかもしれませんわね。」
私は微笑む。いつもの温かさを欠片も含まずに。
「家庭教師を放って、周りの迷惑も省みずに、自分の利益だけを優先させて、お兄様が友人と談笑しているところへ乱入し、その友人に対して暴言を吐き、あまつさえその友人の護衛に対して紅茶をかけるのが、この国の王女殿下ではないのであれば。」
イラーリが息を呑む。だが、すぐに、再びまくしたてる。
「私、悪くありませんわ。貴方でしょう。悪いのは!」
言ってることのなにもかもが滅茶苦茶だわ。
「私は、貴方様になにか致しましたか?
私、記憶にございませんの。
差し支えなければお聞かせ願いますわ。
私は今まで、貴方に関わったことがございません。
今だって、両家が認めた婚約者と共にお茶をしていただけですし。急に乱入して、罵倒され、従者に熱い紅茶をかけられたのです。
王女殿下とあろうお方が、これほどの仕打ちに値する理由もなくこの一連のことをするわけないでしょう。貴方のお考えをお聞かせ願いますわ。」
私は悪くない?では、誰が悪くってウィルは紅茶をかぶったのかしら?
そんなことを含ませながら、私はイラーリを見る。
「一時の感情で、行動に出ると、いつか身を滅ぼしますわよ?」
私は再び微笑む。イラーリは今にも泣きだしそうだ。
「貴方は私を怒らせました。
別に、多少の罵詈雑言であったなら聞き逃して差し上げたのに。残念ですわ。私、口で勝てないからって暴力に出る頭の弱い方はとっても苦手ですのよ?だから、あまりそういう方とは関わらないようにしてきましたのに。でも、貴方の方からウィルを傷つけにかかるのだから、もう、見過ごせませんわ。」
ふふふ、と私は笑う。
こういう時は怒るより笑う方が効果的なのは知っている。
「ご機嫌よう。」
そう言って、私はお茶会を去った。
「ウィル!」
お茶会を出て、ウィルの所へ向かおうと庭園を歩いていたら、ウィルがこちらに走ってきた。
「火傷は大丈夫なの?」
私が尋ねると、ウィルはさっき紅茶をかぶった首筋を見せてきた。
「王宮の医師に治して頂きました。」
跡も無くきれいになっている。そう言えば、この世界には治癒魔法というものがあって、大体の怪我はそれで治ってしまう。
「良かったわ。じゃあ、家に帰りましょう。」
私が微笑むと、ウィルは黙って後ろを歩いてついてきた。
エラへ。
この前は愚妹が失礼致しました。不愉快な思いをなさったでしょう。申し訳ありません。
エラが叱ってくれたお陰で、イラーリはあれから大人しく王女教育を受けています。今まで、イラーリは何を言っても我儘を突き通していたのに、あれから静かになって驚いています。これもエラのおかげです。有難う。
イラーリがやったことは許せないと思いますが、もう、イラーリもお茶会に乱入してくることはないと思うので、そろそろ王宮に訪れてくれたら嬉しいです。
ロイ
手紙を読み終わったあと、まだ7歳児のたどたどしい字と内容に、エラは一人悶えたという。