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解答

 結局俺は図書室に寄ることなく待ち合わせ場所に向かい、ベンチで本を開いていた。


 ページは随分前からめくっていない。


 本は持っているだけで、思考回路はこれから話す内容の整理に使ってしまっている。


 今回の件の全貌は概ね把握できた。


 原因も過程も結果も今後も。


 その中から選択しなければならない。


 語るべき真実と語らざるべき真実。


 そんなことを俺が選んでいいものとも思えないが。


 ただ、何も考えずにありのままを話すのは怠惰というものだ。


 それは人に押し付けるだけ押し付けて後の処理を丸投げする無責任な行為に他ならない。


「そんなことは出来ないな」


「そんなことってどんなこと?」


 独り言に返事をしたのは先輩だった。


 いつの間に来たんだ。


 いや、それはどうでもいい。


 この場合、知らない人じゃなくてよかったと喜ぶべきなのか。それとも知り合いに聞かれてしまったことを憂うべきなのか。


 いや、それもどうでもいい。


「先輩、早かったですね」


 部活のメニュー軽かったから、と先輩はベンチに腰を下ろした。コンタクトは外れていないようだ。


 鞄と一緒に持っていたビニール袋からチルドカップのコーヒーを出し、ひとつ渡してきた。もちろんミルクと砂糖が入っているやつだ。


「はい、今日はコーヒーね」


「ありがとうございます。頂きます」


 どうぞどうぞ、と言いながら先輩はストローを突き刺し、一口。


 ふう、と一息つき口を開く。


「悠真くん、今回は嫌なことを頼んでゴメンね」


「あ、いえ……」


 如何にオブラートに包んで伝えようかと頭を抱えていた俺はひどい肩透かしを食らい、相槌すらまともにできなかった。


 先輩も既に知っているのだろうか、この件を。


 原因を。

 過程を。

 結果を。


「犯人捜しみたいな感じで、あんまり気分のいい話じゃなかったでしょ?」


「もともと気になっていたので。それに、立場で言うなら先輩の方が嫌な役回りだったんじゃないですか?」


 気にしないでください、と俺もコーヒーを一口飲んだ。


 冷えた液体が食道を通り、胃に沈んでいく。


 じっとりと体の芯が冷えたような気がした。


「作品を壊されたの、先輩の知り合いですか?」


「うん。同じクラスの友達」


「じゃあ、ある程度話は聞いてるんですね」


「まあ、一応ね――」


 先輩が聞いた内容は俺が永倉さんに聞いた話とほとんど同じだった。


 最後の授業は一年生選択の美術。


 放課後に美術室から立ち去る人影。


 既に壊され、床に転がっていた作品。


 違うとすれば、現場の写真を見ていないことくらいだ。


「村上先輩の作品ですが、美術室の奥の棚の上にありました」


 そういったところで、先輩は首をかしげた。


 美術室に行ったことがなかったのか。


「私は書道選択したから。美術室どころか壊された作品だって見たことないよ」


 最近似たようなセリフを聞いたが、言う人によって全く印象が変わるものだ。


 話が反れた。


 簡単に美術室の造りを説明し、そして、そのまま続ける。


「村上先輩の作品は棚の中央、授業で使う石膏像と美術部が使う白衣に挟まれるように置かれていました」


 先輩は一心に聞き入っている。


「そういえば――」


 話す前にひとつ確認しておかなければならないことがあった。


「他に美術部の友達、いませんか?」


「何人かいるよ。みんな違うクラスだけど」


 そうか。


 それならもう、俺の選択は決まった。


 より正鵠を射るのなら選択肢が無くなったというべきか。


 話しを反らしてすいません、と一言断ってから話を戻す。


「村上先輩の作品が置いてあった棚、その場所は教卓の正面に位置する場所です。その中央に位置していたので授業中に何かあれば猪塚先生が気付きます」


「つまり、授業中に壊されたわけじゃないわけだね」


「はい。授業が終わり先生が教室を出た後、放課後に壊されました」


「じゃあ、やっぱり教室から出ていった人影が犯人?」


 ここで初めて先輩は犯人という言葉を使った。


 犯人捜しとは言っていたが、それとは意味合いが異なっている。


 害意に対する不快感のようなものが込められているようだった。友人の物が壊されたのだから当然の反応だ。人当りがよく人に好かれるような明るい先輩でも、怒りという感情がないわけがない。


「村上先輩が見た人影ですが、それは一年生だとは限りません」


「ん? 居残りした一年生って言ってたけど?」


「それは持っていたジャージのラインが青だったからです」


 得心がいかないようなので更に補完する。


「より正確に言うのなら、青ラインのジャージを持った生徒を見たということです」


「でも、青ラインのジャージを持ってるなら一年生じゃないの?」


「もしそこが体育館であればそうですが、美術室となると話は変わってきます」


 美術室に行ったことが無いので分からなくても無理はないが、美術部のユニフォームである卒業生のジャージがそこにはあるのだ。


 ジャージを持った人間が出てきたのなら、着替えに行ったと考えるのが自然である。すぐ下の階にはトイレがあるのだから。


「ああ、そっか。課題が終わらなくて居残りしたなら、ジャージなんて持ってるわけないもんね」


「そうです。村上先輩が見たのは先に来た美術部の誰かで、ちょうど着替えに行ったところだったんだと思います」


 自分の作品でないのなら教室の最奥にある作品に気付かなくても不思議はないだろうし。


「うん、なるほどね」


 まあ、でも、いまの話をまとめると村上先輩の作品を壊したのは居残りした一年生、おそらく最後のひとりが犯人ということになるので、村上先輩の話を無駄に繰り返しただけのようだが。


「石膏像を戻したときにでもぶつけて落としたのかもしれませんね」


 先輩はゆっくり咀嚼するように納得していた。


「悠真君、ありがとう。やっぱり本人には聞きづらいところもあったから、助かったよ」


 そう言って先輩は微笑んだ。


 いつもの温かい微笑だ。


 俺はそれを直視できなかった。


 ただ空返事をすることしかできなかった。

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