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検討②

『今日の放課後、時間空いていますか?』


『空いてるよ。部活のあとでいい?』


『大丈夫です。いつもの場所で』


 先輩の部活が終わるまで、教室で勉強をしていた。


 宿題をしているだけなので、黙々と機械的に処理をしているような感じだ。


 これが終わったらまた本でも読んで時間を潰そう、と呼んだ部分を頭の中で回想していると、不意に教室の扉が開かれた。


「おっと、帰宅部のエースことゆ-くんじゃないか」


 永倉さんだった。美術部なのに演劇部張りに芝居がかっている。


「永倉さんは部活中じゃないのか?」


 帰宅部のエースという肩書を押し付けられたのはもちろんスルーだ。


 それ以上に気になるのは彼女の格好だった。


 美術室で見かけたジャージ。


 歴代の先輩が着用した、現在雑巾と同居中のあのジャージだ。


 小柄な彼女には完全にオーバーサイズで、手はもちろんのことお尻まで隠れてワンピースのようになっている。


 手ぐらい出した方がいいと思うが。


「私は部活の真っ最中だよ」


 見ればわかるでしょ、とその場でくるっと回った。


 いや、ジャージは美術部のユニフォームじゃないだろ。


「ゆーくんこそどうしたの? 放課後残ってまで勉強するなんて、熱でもあるの? 病気なの?」


「何かと俺を奇病にするな」


 なんだこの既視感は。


 ただ、永倉さんが来てくれて助かった。


 ちょうど聞きたいことがあった。


 確認したいことが、あった。


「永倉さん、今急いでる?」


「超特急! 超ド級・特別急いでる! でも、ゆーたんのためなら暇を作るよ」


 そんな略称は存在しない。そしてゆーたんとか言うな。


 返事ひとつにどれだけボケを仕込むんだ。


「ひとつ聞きたいんだけど、最近部活辞めたのって先輩?」


「そうだよー。二年生」


 俺の一つ上。


 東雲先輩と同じ学年。


「それで……その先輩って、なんで部活辞めたんだ?」


 いつもの即答がなく、静寂のまま見つめ合うことになってしまった。


 さすがに不躾が過ぎたか。


 言いづらいことだったら無理に聞くつもりはない。


 そう言おうとしたが、永倉さんに先を越された。


「ゆーくんはもう検討ついてるんじゃないの?」


 彼女の口角が歪んだ。またあの邪悪な笑み。


 今度は俺が返事に窮することになった。


 思わず視線を反らすと、ケタケタと笑う声が聞こえる。


「まあ、答え合わせってことなのかな?」


 たっぷり勿体ぶってから、最終的には教えてくれた。


 先輩が部活を止めた理由を一切脚色することなく、全くオブラートに包むことなく。


 その間も彼女の表情は仮面をつけたように変わらなかった。


 話を終え、こちらの顔を覗きこんでくる。


「どう? 正解だった? ゆーくんなら正解に決まってるよね!」


「ああ、まあ、だいたいは合ってたよ」


「そっかそっか。じゃあ、東雲先輩によろしくー」


 不意に出てきた思わぬ名前に思わずシャーペンを落としてしまった。


 机の上を転がり、そのまま端から落下する。


「どしたの? 魂でも抜けちゃった?」


 床に落ちる前に、大きく踏み込んできた永倉さんがキャッチした。優れた反射神経と爆発的な瞬発力を見せつけてくる。


「俺を急死させるな」


 いや、それどころじゃない。いやいや、急死したら大事だけども。


「なぜここで先輩がでてくるんだ?」


「ん? 妖怪サトリの化身と言われるゆーくんが本当に分からないのだろうか、いや、分からないわけがない」


 背理法で語るな。そして、俺を妖怪呼ばわりしている奴がいるとしたらお前だけだ。


 ああ、本当にツッコミどころが多い。


 机の前に立つ彼女は口角を歪めたまま、座っている俺を見下ろす。


「さてさて、どうやって私は密会の情報を仕入れたでしょう」


 これはただの相談で、断じて密会などではない。


 密会。


「……」


 つい最近このやり取りをした記憶があった。


「壮介から聞いたのか」


「正解! さすがサトリ!」


 永倉さんはシャーペンを握ったままビシッと親指を立てた。ジャージ越しなので見えないが。


 誰が妖怪だ、とシャーペンを受け取ってそのまま片付ける。教科書もノートも閉じていく。


「んんん? もう終わりなの? もしかして怒っちゃった?」


「違う。もう終わりが見えてきたからやめた」


 集中力も無くなってきたので片付けて図書室で本を読むことにした。


「んじゃ私も部活戻ろうかなー」


「ああ、がんばって」


「はいはーい」


 トタトタと走っていく。


「永倉さん――」


 そういえば、まだお礼を言ってなかった。蛇足が多かったとはいえ、彼女の協力が無ければ話の全体が見えていなかっただろう。


 俯瞰することが出来ず、また思い込みで誤った結論に至っていたかもしれない。


 教室から出ようとした永倉さんの背中へ一言。


「ありがとう。助かった」


 彼女は振り返り、指を二本立てた。変わらずジャージで見えないが、おそらくピースサイン。


「私とゆーくんの仲じゃん」


 ハハッと笑い声を残して、走り去っていった。

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