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検討①

 五限目の終わるを告げるチャイムが鳴った。


 今日の授業もあとひとつ。


 例の選択授業だ。


 視界の隅で永倉さんがニヤついた視線を向けてくるのが分かる。が、そこはスルー。


 同じく美術を選択した壮介と共に美術室へと向かった。


 美術室は特別教室棟の三階の最奥にある。一年生の教室が並ぶのは普通教室棟の二階なので、一度渡り廊下を通り、長い廊下を歩いて行かなければならない。


 階段は普通教室棟と渡り廊下の先、美術室のすぐ横にあるのでどこで昇ってもいいのだが、いつも渡り廊下の先で昇降している。


「さて、問題の美術だね」


 横の壮介が煽ってきた。まったく、楽しそうで何よりだ。


 事情を説明したのは失敗だったと思う反面、以前のように八面六臂の大活躍をどこかで期待しているのも事実だった。


 彼は勘が鋭い。というか運がいい。


 いや、有り体に言ってしまえば『持っている男』なのだ。ほんと、天の恩恵を一身に受けている。


 少し分けて欲しい、と栓のないことを考えていると階段まで来ていた。


 渡り廊下の先の階段。


 そこを登り、長い廊下へと歩いていく。


 最奥には扉の空いた美術室が見える。


「村上先輩はここから犯人を見たのか……?」


 長い廊下とはいえ直線なので見通しは良く、人間を判別出来ないほど遠くはない。


 さすがに多少ぼやけるが。


「壮介、美術室の扉に貼ってあるポスター見えるか?」


「あれは、たぶん、廊下を走るな、かな? よく見えないけど」


「文字まで見えるんだな」


「両目とも2.0だから」


「お前は小学生か」


「いや、そのツッコミはおかしい」


 今のは中学校にはいると同時に目が悪くなったヤツの八つ当たりなのでツッコミではない。


 目のいい人ならこの距離でもよく見えるわけだ。


 放課後部活のために美術室に向かった村上先輩。


 放課後作品を壊すために美術室に向かった犯人。


 その距離はどのくらいあったのだろう。


 二年生の教室は美術室と同じ三階なので階段の上り下りをしないが、時間的な差はほとんどないと言っていい。


 走れば半分の時間で着くし、村上先輩が終業のチャイムと同時に教室を出たわけではないだろうから、ゆっくり荷物をまとめてから来た村上先輩と全力ダッシュで美術室に向かった犯人ではかなりのタイムラグがあっても不思議はなかった。


 村上先輩の視力は知らないが、犯人が見えなかったのも致し方がない。


 まして、階段は美術室に隣接するようにあるので一瞬しか見えなかったというし。


 この階段の先にあるのは美術室と同じような特別教室とトイレ、一階まで降りれば小さな購買と、その先に一、二年生の下駄箱がある。


 扉に貼られたポスターが本当に廊下を走るなというものだったのを確認してから美術室へと入った。


 シングルベッドくらいある巨大な教卓を抜け、自分の席へ教科書を置いた。ここの机も通常より一回り大きく、落書きやキズが無数についている。


 机の並ぶその奥、部活中は作業スペースになる広い空間をあけて、背の低い木製の棚が壁一面に並んでいた。


 並べられた石膏像。


 ポツリと空いた空間。


 部員の私物と思われる道具や白衣。


「さすがにそのままにはしないか」


 村上先輩の作品はなかった。


 永倉さんが撮った写真から考えて、あの空いた空間に置いていたのだろう。


「たしかに授業中に何かあれば気づきそうだな」


 その空間は教卓から見れば真正面にあたる位置だった。無くなっていれば目につく。


 他の可能性として、この場所が見えなかったという状況はないだろうか。


 人影や物陰で見えなかったとか。


 試しに白衣を持った。


「それはないか」


 白衣は重かった。これを作品にかければそのまま転がってしまうだろう。


 更に驚いたのは白衣の下にはジャージと雑巾が眠っていたことだ。


 それがめちゃくちゃ汚い。


 雑巾は目的に応じた使い方をされているので汚れているのは普通として。


 ジャージがめちゃくちゃ汚い。


 汚れの深刻さから考えて先輩から後輩へと代々受け継がれてきたジャージなのだろう。


 白衣があるとはいえ鉄壁ではないのでしょうがない、というのは分かる。


 だが、衛生的に大丈夫なのか?


 雑巾と同居しているのだが。


「悠真、どうかしたの?」


 棚の上で奇怪なことをしていたので壮介が声をかけて来た。


「いや、なんでもない」


「すごい顔してたよ」


 心配されるほどヤバい表情をしていたとは自分でも驚きだ。


 そうか。


「二口のコンロで、卵を焼く横でアンモニアを煮込むような真似だと思わないか?」


「ゴメン、何言ってるかわかんないんだけど」


 やっぱりなんでもない、と席に戻った。


 美術の授業は模写なので絵具の用意をしておかなければならない。


「美術の課題はどう? 悠真は終わりそう?」


 水道へ水を汲みに向かう途中、壮介はため息交じりに聞いてきた。


「問題ないな、たぶん」


「いいなあ。こっちは終わる気がしないよ」


 バケツに水を汲みながら、愚痴をこぼし始める。


 肯定力をポジティブでかき混ぜたような彼にしては珍しい。


「模写って言っても教科書の絵画を真似て描くだけだし、終わらないと放課後に残るようでしょ? 部活に遅れちゃうのは困るんだよね」


「……なるほど」


「ん? 事の重大さが分かってくれた?」


「ああ、まあ、そんなとこ」


 その他にもうひとつ分かったことがあった。


 本当に、壮介は持っている男だ。

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