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問題③

 授業が始まるまであと二十五分。


 永倉さんは事件のあらましを蛇足交りに話してくれた。


 蛇足だらけでムカデのような話になっていたが、そこは自分なりに咀嚼して内容を汲み取るしかない。


「先週の放課後の話なんだけど、村上先輩の作品が一年生によって破壊されたのだ!」


 被害者はムラカミ先輩。


 半年かけて制作していた作品を壊されたらしい。


「しかも、それを見つけたのも村上先輩!」


 第一発見者もムラカミ先輩。


 授業が終わり部活のために美術室に向かったところで気づいたらしい。


「しかもしかも、犯人を見てる!」


 目撃者もムラカミ先輩。


 え?


「つまり、誰がやったかもう分かってるのか?」


 それはもう現行犯で事件解決じゃないか。


 疑問符が立て続けに出てきた俺を嘲笑うかのように彼女は口元を歪めた。


 その表情、すごい似合ってる。


「見たって言っても後ろ姿だから誰かまでは分かってないよ」


「後ろ姿?」


「正しくは去り姿かな。すぐ横の階段の方に行っちゃったから誰かがいたくらいしか見えてないらしいよ」


「それ、ほとんど見えてないんじゃないか?」


「そだよー」


 目撃証言としては当てにならないわけだ。


 とすると、別の疑問が出てくる。


「その人、去り姿の人が一年生ってどうして分かったんだ?」


「ん?」


 永倉さんは目を大きく開き、首を傾げた。


「いや、さっき犯人は一年生って。それ、村上先輩が言ってたんだろ?」


 一瞬しか見えていないのに一年生と断定できた理由はなんなんだ。


「それね! 犯人がジャージ持ってから」


「ああ、なるほど」


 ジャージには学年ごとに色の違うラインが入っている。一年生なら青、二年生なら緑、三年生なら赤。


「もうひとつ質問なんだけど――」


「バッチこーい!」


「……」


 なんだその野球部みたいな返事は。


 危うく質問を忘れかけた。


「根本的なとこなんだが、どうしてその一年生が犯人だと思ったんだ?」


 授業中や休み時間のうちに壊されていたとか十分にあり得る線だ。


「いやー、そりゃないよ。最期の授業が美術だったから」


 一年生の選択授業。


 何かあれば猪塚先生が気付くというわけか。


「そうそう。猪塚先生も村上先輩には期待してたから」


 授業中は何もなく、放課後に村上先輩が行ったところで発見されたということは時間的にその人が犯人で間違いなさそうだ。


 ちなみにこの学校の生徒は約八百四十人。一学年二百八十人程度だ。


 現状全員が容疑者。厳密には俺は違うので一名減るが、それは『約』とか『程度』のうちに含まれるだろう。


 まあ、これは犯人でない証拠がないから容疑者という悪魔の証明的な物言いなので極端な数ではあるが。


 どうしたものかと思案していると永倉さんはスマホをこちらに向けてきた。


「ちなみにこれが生前の先輩の作品。どう?  これが理解できる?」


 理解出来なかった。


 スマホに写っていたのは、どう表現すればいいのか、端的に言えば金属の塊だった。


 有刺鉄線が何重にも絡み合い、なにかを形取っているようなトゲトゲしいデザイン。


 と思われる。おそらく。


 周りに映り込んだデッサン用の石膏像がなければ美術作品とは気づくことはなかったかもしれない。


「説明、してもらっていいか?」


「芸術に説明を求めるなんて野暮だねー。いや、無粋と言うべきなのかな」


 口元の歪みがさらに酷くなった。


 永倉さんは楽しんでいるようだった。俺とは正反対に。


「まあ、ゆーくんが理解できないのもしょうがないよ。万人に受け入れられる芸術なんてそうそうあるもんじゃないし」


 励まされているようだが、表情から察するに同情されているような気がする。


「なんていうか、前衛的な作品だな」


 無難な感想を言うと、ケタケタ笑いながら聞き返された。


「ホント攻めてるよねー。前衛どころか全壊しちゃったけど」


「……」


 壊された作品を全壊と言うか。仮にも先輩の作品なのに。


「ちなみにこれが遺体」


 壊された後であろうそれは生前と変わらない姿をしていた。


 もちろんこれは素人目には分からないという意味で、実際には多少の、村上先輩には大きな変化かあったのだろう。


 俺でも理解できたのは棚から落とされて転がったことぐらいだ。背景が床なので分かった。


 背景、とても重要だ。


「というか、よく撮ってる時間あったな」


「私が第二発見者だったからね。村上先輩が絶賛発狂中のとこだった」


「尚更よく撮れたな!」


 お前の心臓は鋼か何かで出来ているのか?


 しかし、永倉さんの強心臓のおかげで作品が見れたのはよかった。


「永倉さん、ありがとう。助かった」


「ん? もう終わり? もっとディスカッションしようよ」


 もっともっとディスカろうよ、と訳の分からないことを言い出したので俺は時計を指差した。


 教室に備え付けの丸い壁掛け時計。


 長針が真下を向いていた。


「もう授業始まるぞ」

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