プロローグ1
「間もなく恒星No.1589付近に到着、残り1時間程で交戦宙域です」
「うむ」
銀河共栄圏第3艦隊第9戦隊旗艦、フソウ級戦列艦「アガメムノン」艦橋で戦隊司令ケビン・バーナーズ准将は短く頷いた。
敵味方の荷電粒子砲のビームが無数の光の束となって味方の艦隊と敵の艦隊を行き来している。時折双方で見られる煌めくような光は艦が轟沈した時の爆発による物だろう。
あの光の中に何千何百という命が含まれている。バーナーズは急に遣る瀬無い気持ちに襲われる。何故、同じ種族である人間どうしが殺し合いをしなければならないのか、若い頃は戦争で兵士が死ぬのは当たり前だと思っていたバーナーズは、目の前の後継を目にして先の事を心からそう思ったことに歳をとったもんだと内心苦笑した。
その直後に通信兵からの報告が入った。
「第3艦隊旗艦ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダーより入電、第9戦隊ハ直チニ恒星No.1589ノ軌道ニ乗リ敵艦隊ノ側面ヨリ攻撃ヲ行ワレタシ。とのことです!」
どうやら敵艦隊の数は第3艦隊をはるかに上回る三個艦隊、おまけに10個ある戦隊のうち1個戦隊を欠いている第3艦隊はかなり分が悪いようだ。
だがこのまま帝国の侵攻を見過ごせば共栄圏の外縁を形成する惑星群を見殺しにする事になり、銀河共栄圏協定に反する事になる。故にこの方面軍に位置する第3艦隊は即座に対応した。
バーナーズは5秒ほど目を瞑ってから口を開いた。
「了解した。我が戦隊はこれより恒星No.1589の軌道に乗り敵艦隊の左側面より攻撃を加える」
戦隊司令の命令を聞き入れた第9戦隊各艦合わせて5万6000隻弱は、先鋒の駆逐艦と巡洋艦を先頭に恒星No.1589に向かって一斉に回頭を始めた。
ものの20分程で全艦艇が恒星軌道に乗り、すさまじい速度で敵艦隊側面に出た。
敵は恒星No.1589軌道上から突如現れた第9戦隊に明らかに動揺しているようだった。
「全艦砲門開け!敵左翼の態勢が整っていない内に徹底的に叩くんだ!」
旗艦アガメムノンを始めとする戦列艦群は砲身を敵に向け最大射程で斉射を始めた。空母と航空戦列艦は攻撃隊を出撃させはじめ、それに呼応して戦隊各艦の艦載機も順次発艦して防空の任についた。
重雷装駆逐隊は突撃巡洋艦に率いられ敵艦隊に肉薄し渾身の大型対艦ミサイルを敵に見舞い既に複数の敵艦を撃沈している。
それはまさに完璧なタイミングであった。それまで数の優位を生かした敵との砲撃戦のさなか、あと少しで敵を押し込めるという最も油断がある時に第9戦隊は艦隊で最も脆い側面より攻撃を開始したのだ。
第9戦隊各艦が猛烈な攻撃を行っているそんな中、遂にアガメムノンの主砲が正面で集中砲火を喰らっている敵戦列艦隊の内一艦の反荷電粒子シールドを貫いた。恐らく外縁の戦列形成巡洋艦や駆逐艦が蹴散らされ、集中砲火を受け続けたが為にシールドが持たなかったのだろう。そしてこれ見よがしに追撃が入り火達磨となったその艦は5分としないうちに艦内から膨れあがったかと思うと大爆発を起こして轟沈した。
「敵ヨルムンガンド級戦列艦1隻轟沈!」
駆逐艦や戦列形成巡洋艦は多数撃沈していたが、はるかに巨大な戦列艦が轟沈するのを見て、明らかに興奮している新任の戦隊参謀が声を上げた。
「馬鹿者、浮かれるな!今はまだこちらが優勢とはいえ我が艦も少なからず被弾しているのだ。参謀なら目の前の戦闘だけでなく全体にもっと目を配れ!」
先任参謀である李堪少佐が新任の参謀に怒鳴りつける。
「しかしあれだな、今は敵の虚をつき我が戦隊は奮戦しているがこのままでは決定打に欠けるな」
バーナーズが顎に手を当てながら独り言のように呟くと先任参謀の李堪も難しい顔で返した、
「さながら現状は半包囲と言ったところですが、本隊と我々の間に空白がありますからな、ここを分断されると次は我々が危機に陥ります」と続ける。
戦列艦群の整備が遅れて本隊と共に出撃できなかった第9戦隊は、後続がいる訳では無いと知っていた。敵の反撃が強まり次第後退も視野に入れるべきか、後の戦況を冷静に分析したバーナーズは考えた。
そして第9戦隊が敵左翼への攻撃開始から30分が経過した、あいも変わらず左翼での戦闘は第9戦隊が少数であるにも関わらず優勢だったが前線は膠着していた。
「第256駆逐隊1000隻中441隻が沈没、122隻が中破もしくは大破!第89駆逐隊所属イチョウ、R2695号その他232隻を残して全艦沈没!」
「第31戦列形成巡洋艦戦隊、巡洋艦アイゼンベック、ルオム、ラゴルス、ビドン、バルジャックその他巡洋艦戦隊各隊合わせて98隻沈没!」
「先鋒の第5、第10、第15、第20、第25、各戦列形成巡洋艦戦隊より通信、敵の反撃激しく反荷電粒子シールドを形成できる時間が残り約15分!」
「第1戦列艦戦隊アルフレート・ローゼンベルク、敵機による爆撃を受け反荷電粒子シールド発生装置が破損!後退を要請しています!」
「同戦隊のアミアンが集中砲火を受け被害甚大!動力源の停止により
主砲射撃不能!同時に機関も停止!補助動力装置によりなんとか反荷電粒子シールドは稼働していますが長くは持たないそうです!」
戦闘はいよいよ激しさを増し、通信兵が目まぐるしく各隊の戦況を報告してくる。今だに戦闘時間の割に損害は軽微と言えるが、さすがに優勢を保ってきた第9戦隊も兵力差にじりじり押され始めてきた。
「敵艦隊が第3艦隊主力と我が戦隊との間に戦力を集中、このままでは分断されます」
「第3、第4戦列艦戦隊と後方の20個巡洋艦戦隊、あと10個駆逐隊を第3艦隊主力との繋ぎ目に向かわせろ、何としてもそこは抜かれてはならん」
レーダー担当の艦橋乗員からの報告を受けバーナーズは即座に対応する。主力からも繋ぎ目を突破しつつある敵艦を阻止するように部隊が繰り出されているが数が余りにも少ない。
第9戦隊が送り込んだ阻止部隊は主力から送られた部隊と共に善戦してはいたがやはり数の差は如何ともし難く後退を始めた。
「やはり一個艦隊で三個艦隊の敵を止めるのは無理があったか…」
悔しさのあまり、唇を噛みながらバーナーズが後退命令を出そうとしたその時、突然第3艦隊主力と第9戦隊との空隙に浸透しつつあった敵艦隊の動きが止まった。