初登院
「寒いわ。」
今日は、国会初登院の日である。前回の総選挙が年末だったので、新年に年明け開始の通常国会と選挙後の特別国会が同時に開催されるという異例の事態となった。これは「特別会を召集すべき時期が常会を召集すべき時期と重なる場合は常会と特別会を併せて召集することができる」という『国会法』の規定によるものであるが、この規定が実際に適用されたのは初めてのことである。
「朝の3時からずっと待っているけれど・・・・。寒すぎない?」
広島優花は、ミニ政党である「青年の志士」から出馬し、なんと与党・国民党が圧倒的に優勢な状況の中で当選するという奇蹟的なことを起こしたため、注目を集めていた。しかし、彼女の選挙区は白鳳二区という田舎の選挙区であり、全国規模での知名度を上げるためにはそれなりの話題を作る工夫をする必要がある。
マスコミも小政党の政治家のことは、あまり取り上げない。ならば、小政党の議員でもできる話題作りとなれば――これしか、ない。
そう、国会一番乗りだ。
「だけど、肝心のマスコミがまだ来ていないじゃないの!」
新人議員の優花には、まだ秘書もついていない。本当は夫の幸助も初登院に付き添う予定だったが、ビジネスの急用で行くことができなくなった。マスコミもまさか、朝の3時に来る議員がいるとは想定外だったようで、今、国会正門前には広島優花、一人しかいない。
「まだ誰もいないから、大丈夫よね?」
そう自分に言い聞かせながら、広島は国会の正門に身体を持たれかけさせた。
「あのぉ、広島先生?」
優花の肩を一人の衛視がたたいていた。
「広島先生?もうそろそろ、起きた方がいいですよ?」
「むぅ~ん?」
国会玄関の門にもたれながら、すっかり、広島は寝てしまっていた。
「広島先生!国会一番乗りの気分はどうですか?」
「登院前から早速の居眠りですが、正門の眠り心地は?」
一斉にマスコミの記者が質問を受け、カメラマンたちがフラッシュをたく。
「キャー――――――――――!!」
思わず、優花は悲鳴を上げる。
「広島先生、寝顔もきれいでしたよ?」
一人の記者がそういうと、辺りは笑いに包まれた。
「いやぁ、広島先生、参りましたなぁ。まさか、睡眠中に登院されるとは!」
「私は朝目が覚めてすぐに登院したのですが、まさか、寝ている間に登院される方がいるとは思いませんでした、私の負けですよ。」
こういっているのは、これから職場の同僚になるであろう、国会議員の人たちのようだ。
「は、はしたないところを見せて申し訳ございません!」
そう言って優花が慌てている様子は、バッチリ、テレビでも放映されていた。
「ワ―ハッハッハッハハハハハ!ギャハハッハハハハハハハハッハ!アハハハハハハッハハ!うわぁ~、オモロイ、オモロイ、これが兄貴の推していた政治家かよ!そりゃあ、注目集めるぞ?青年の志士もこれで有名になるな、ギャハハハハ!」
テレビで朝のニュースを見ていた春風幸弘は大爆笑していた。
兄貴というのは、青年の志士副代表の春風祐樹のことだ。幸弘は祐樹の実の弟ではなく従弟であるが、兄弟のように祐樹を慕っていた。幸弘自身が政治に関心があったこともあり、幸弘も祐樹と一緒に青年の志士に入党している。
『広島優花議員、初登院の日から女王様のような風格を見せつけましたね。』
『いやぁ、やっぱり、青年の志士でしたっけ?これまで泡沫政党と思われていた小政党を率いて、見事当選された女代表だけはありますね。』
気が付いたら、テレビに「白鳳県の女王」などというテロップが映し出されていた。
『さて、この「白鳳県の女王」をあの人が応援していました!』
『はい、今話題の若社長!春風財閥を率いる若き経営者・春風祐樹さんです!』
『若手のカリスマ経営者として有名な春風祐樹さんは、「春風経営塾」に五千人以上の塾生が集まるなど、今話題の「時の人」となっています。その春風さんは今回の選挙で、広島優花さんを全面的に応援していました。』
『若きカリスマ経営者は、「白鳳県の女王」のどこに期待しているのか?このあと、春風祐樹さんがスタジオに緊急生出演します!』
ほう、「白鳳県の女王」を応援する「若きカリスマ経営者」とは、いかにもセンセーショナルなふりであるが、それ以上に気になるのは――
「って、兄貴かよ!」
――春風祐樹が出演していた。