部活の始まり
大学進学を志す者が集う公立鳳泉高校。
霧崎奏汰は自宅から遠く離れた(いくつかの県を隔てた)この高校に通う。
自宅から通うことは不可能なので春休みから1人暮らしを始めてそろそろ慣れて来た頃なのだが、まさかこれが災いするとは…。
「ピピピピッ、ピピピピッ」
何の変哲もない、至って普通のアラームがiPhoneを媒体として響き渡る。
枕元のデジタル時計がam5:30を表示しているのを朧げに確認し、奏汰はアラームを止めた。
比較的に朝は強い方であり二度寝など休日以外はしない奏汰だが、この日の朝は違った。
丁寧にアラームを止めたにも関わらず猛烈な睡魔に襲われ、理性も敵わず意識は落ちていった。
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「日直、号令を」
「きりーつ、気を付け、礼」
時刻は午前8時50分。
鳳泉高校では8時35分までに登校し、それからすぐに10分程度のHRを行う。
その後に準備等を済ませ、8時50分に1時間目が開始する。
それからは50分授業10分休憩を繰り返し、
12時40分に4時間目が終了するという流れだ。
つまり、1時間目の授業終了は9時40分であり、こんな時間帯に登校してくるなんて言語道断である。
授業終了3分前、生徒たちが筆記用具をしまいだす頃になって教室の後ろの戸が静かに開いた。
本日は重役出勤の奏汰だった。
大量の視線を受け止めきれず、顔には多量の汗が滲んでいた。
1時間目終了後(登校して間も無くだが)職員室にて、今日は2時間目の授業の担当が無い担任から叱責をくらった。
10分間の休憩時間を余すことなく費やし、遅刻に関する指導は終わった。
当然2時間目の開始には間に合わず号令の終わった後に入り、またもや多くの注目を集めてしまった。
そのせいもあってのことだろうか。
なかなか授業には集中できずに、教師の言葉も右から左に抜けていった。
そもそも自分はなぜ寝坊したのか。
授業から意識はフェードアウトして行き、昨日の放課後まで遡る。
突然可愛い女の子に呼び出され、部活に勧誘された。
家に帰っても動悸はなかなか収まらず、ご飯やお風呂を済ませて、録画しておいた深夜アニメをダラダラと眺めた。時刻は23時。
それでも落ち着かず、ジャ○プ全盛期に大ヒットした名作ラブコメ、い○ご○%を一気読みした。
主人公と両思いだったにも関わらず最終的には結ばれることなく失恋し号泣した東○綾にもらい泣きしたのがam4時30分。
そこから記憶は途切れている。
要するに単なる夜更かしによる寝坊だ。
とはいえ中学の頃はどんなに夜更かししても寝坊だけはしなかった。
と言うものの母親の存在があってこそのことだったが。
いつだって起きなければならない時間に起こしてくれる母親がいた。
しかし、今はいない。
自宅から遠く離れた高校に進学した奏汰は1人暮らしをせざるを得なかった。
大学生になると1人暮らしは多いが、高校生でとなると大変珍しいことだ。
安いアパートを借りて、毎月仕送りをもらっている。
自炊も最初は苦でしかなかったが、春休みから毎日やっていれば不思議と慣れてくるものである。
ただ、睡魔には勝てなかった。
1時間の睡眠ではお世辞にも足りているといえないのはわかりきったことなのだが、
入学して早々に1人暮らしの厳しさを痛感した奏汰が長い思考から帰還した束の間、授業終了のチャイムが鳴った。
ため息をついていると、
「社長、ご苦労様です」
奏汰の席の左斜め前の前(城上さんの前)に座っている男子生徒が声かけて来た。
遅刻の原因となった斜め前の少女を除くと入学して以来ちゃんと話しかけられたのは初めてかもしれない。
「やめろよ、俺だって遅刻したくてしたわけじゃないんだぞ?高校生になってから1人暮らしを始めてさ、誰も起こしてくれなかったんだ」
奏汰はほんの少し緊張した面持ちで、クラスメートとの初めてとも言える会話に喜びながらもとりあえず弁明した。
「1人暮らしで誰も起こしてくれないって、それ当たり前のことじゃねーか!」
ハッハッハと愛想良く威勢良く笑う目前の青年に奏汰は親しみを抱いた。
「俺は霧崎奏汰。よろしく」
「知ってるさ!お前のこと知らない奴なんてクラスにはいねーと思うぜ?
俺の名前は讃良迅兎だ。こちらこそよろしく頼む!奏汰、でいいか?」
「そう呼んでもらえると嬉しいよ。俺も迅兎って呼ぶな」
先程までため息をついていた奏汰は、今日は厄日だと思っていたがどうやら違うようだ。
軽い自己紹介だけで10分間は今までにない早さで過ぎていき、授業が始まるので泣く泣く会話は断念した。
圧倒的に睡眠不足なので3時間目の50分間は全て睡眠に使った。
チャイムがなって目覚めたが頭はぼんやりとしている。
そこに元気な声が飛んで来て意識がはっきりとした。迅兎だ。
休憩時間に友達と駄弁を弄する幸せを感じながら、あっという間に10分が経ち4時間目が始まった。
そして待ちに待ったお昼の休憩、すなわち昼食時間。
奏汰は迅兎と一緒に昼食を食べられるのではないかと、ぼっち飯卒業(まだ4日目ではあるが)の兆しを見つけ、4時間目の終盤は期待と緊張でずっとソワソワしていた。
自分から話しかけて誘うには勇気がいるのでゆっくりと教科書や文房具の片付けをして待っていると、期待していた通りに威勢の良い声が飛んで来た。
「奏汰ぁ、昼飯食べよーぜ!!」
喜びを隠し切れない奏汰は破顔しつつも迅兎の元へ弁当を持って飛んで行った。
1人暮らしで遅刻したにも関わらず弁当を持っているのは、通学途中に遅れることは承知でコンビニにて弁当を購入したからである。
なお、普段は朝5時半に起きて自分で作ることが多い。(冷凍食品主体だが)
今日みたいに時間がない日はコンビニで買うようにしている。
コンビニ袋を手に下げて迅兎のいる教室の左上の隅っこの方へ向かった。
だがそこには迅兎だけでなく喋ったことのない人が2人いた。
当然のことながらだが、迅兎には既に友達がいた。
要するに迅兎達のグループに入れてもらうということだった。
ほんの少し緊張しつつもとりあえず名乗ることにした。
「霧崎奏汰です。よろしく」
追い返されるのではないかという不安に打ち拉がれていたが、どうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
「知ってるよ!ウチのクラスの問題児だし!
俺は明智修輔、修輔って呼んでくれ!」
「僕は仁村叡智。皆には叡ちゃんって呼ばれてる。よろしく」
「修輔に叡ちゃんね、皆同じ中学だったの?」
「いや、俺と叡ちゃんは同じだが迅兎は違う。入学式の日に2人でいるところを迅兎に話しかけられて仲良くなったんだ」
どうやら仲良くなった経緯は奏汰と似たようなものらしい。
そこで性格とは裏腹に静かだった(ご飯を食べるのに夢中だった)迅兎が、早々に大きな弁当の4分の3以上を胃の中にしまい込み口を開いた。
「そーいやぁ、皆部活何に入んの?」
「俺と叡ちゃんは剣道部に入ろうと思ってる」
「僕たち中学の頃も剣道をやってて、地区内では割と有名なんだ」
「それはすげーな!奏汰は?」
迅兎は最後の一口を咀嚼しながら喋っている。奏汰なんてまだ弁当の包装を破いたばかりなのに、彼は既に食事を終えかけていた。
もちろん修輔と叡智も食べ始めたばかりだ。
急いで口を動かしつつ奏汰は返答した。
「俺は文芸部に入ろうと思ってる」
ここで奏汰は忘れかけていた少女の存在を思い出した。
だが深い思考に陥る前に迅兎が食いついてきた。
「なんで?奏汰はサッカーをやってたんじゃねーの?」
やはりというべきか、予測できた質問だった。
答えるにも経緯が長過ぎるし。
というか女の子に誘われたなんて、ましてやその女の子が城上さんだなんて。
言うか言わないかについて熟考を重ねたいところではあるがなんせリアルタイムだ。
1回の返事をしっかりと考えて発言することができるSNSではないので、この先の展開を予測して言葉を選ぶ余地はない。
半ば投げやりに素直に喋ることにした。
「趣味が漫画とかアニメとかいったよな?実はさ、それで昨日城上さんに文芸部に入って一緒に何か作品を作ろうって言われたんだよ。元々はサッカー部に入ろうかなと思ってたけど、今はそこまでサッカーに強いこだわりはないからさ」
3人の顔を見ると目が点になっているのが一目でわかった。
真っ先に口を開いたのはやはり迅兎だった。
「ま、マジかよ!!!あの城上さんが?!」
「ちょっと、ボリューム落とせよな。声がでかいと聞こえちゃうだろ?」
「すまんすまん、にしても城上さんが漫画とか好きだなんて意外だなぁ」
「本人は周りにあまり知られたくないような感じだったから他言するなよ」
「わーってるよー」
ここでようやく修輔も会話に戻ってきた。
「ああいう娘と2次元は縁がないものだと思ってただけに本当びっくりしたわ」
誰の目から見ても城上唯凛は容姿端麗で一目置く存在なのである。
ここで奏汰は話題転換するべく迅兎に尋ねた。
「それはそうとして迅兎は何部に入るんだよ」
「そんな簡単にその話終わらせちゃうのな」
奏汰の目論見は一瞬で迅兎によって看破された。
見た目によらず鋭いらしい。
「正直俺もまだ受け入れきれてないんだよ。だから昨日寝れなかったし、寝坊したし、遅刻したんだ」
ここで3人ともが納得した。どうやらチェックメイトだ。
改めて奏汰は切り出した。
「それで、迅兎は何部に入るの?やっぱサッカーとかテニスとか?」
「まあ確かに運動は好きなんだけどさ、特に何かに固執してるわけじゃねーんだよな。小学ん時は野球してたし、中学は陸上をやってた」
「じゃあ一緒に剣道部入らない?迅兎くんならきっとすぐに上手くなるよ」
3人が食べ終わっても最後まで食べていた叡智がようやく食べ終えて会話に参加した。
「確かに面白そーだよな、剣道。家庭教師ヒッ○マンリ○ーンで山○武が時○蒼○流を使ってるのを見て竹刀で真似したことある」
「確かに俺も真似したわ。特にうつ○雨でスクア○ロを倒した時は感動したよなぁ……。
って、迅兎お前、結構漫画読むタイプなのか?!」
奏汰は当然のことのように相槌を打っていただけに虚をつかれた。
「ああ、そーだぜ!つーか思春期の男は皆漫画ぐらい読むんじゃねーか?そもそも趣味が合いそうだと思ったからこそ奏汰に話しかけたんだぞ」
「まあ僕もリ○ーンぐらいは知ってるよ。漫画はたくさん読むわけじゃないけどね。名作というか、売れた作品は結構知ってる方かな」
奏汰は良い友達と巡り会えたようだ。
そうとなれば奏汰は1つ提案を思いついた。
「迅兎も一緒に文芸部入らないか?」
「でも俺消費するだけで作ったことなんて一度もねーよ?」
少し間を置いて隼人が応答した。
「俺だってないさ。でも今まで一方的に消費する側だったからこそ、生産側の事を知ることでこれから先の漫画とかアニメに対する見方や考え方が変わるかもしれないぞ?
俺たち今まで運動ばかりしてきたんだ。趣向を変えてみようぜ!」
「自信はねーけど面白そうだな。奏汰の誘いに乗ったよ!叡ちゃんすまねーな」
「いやいや別にいいよ」
叡智は特に悲観的になるでもなくあっけらかんとした様で答えた。
「それじゃあ、放課後見学しに行くか!」
「おう、いこーぜ!」
奏汰は胸の高まりを感じずにはいられなかった。
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6時間目が終わり今は放課後。
奏汰と迅兎は文芸部の活動場所である文芸室を目指していた。
文芸室は各学年の教室がある新校舎から渡廊下を使っていける旧校舎の2階にある。
旧校舎は主に移動教室用の部屋が配置されている。化学室や生物室、物理室や社会科教室などがその例だ。
ちなみに美術室と文芸室は別であり、文芸室は文芸部専用で授業では使われていないらしい。
奏汰と迅兎はお互いに最近ハマっている漫画の話などをしている内に、いつの間にか文芸室の前に着いていた。
そこで後ろから溌剌とした声が聞こえてきた。
「こんにちは、霧崎くん。隣の方は?確か同じクラスのささ…君だっけ?」
「こんにちは城上さん。こいつは讃良迅兎だよ。一応入部希望者」
「讃良くん、初めまして城上です。よろしくね」
「こちらこそよろしくな」
美少女を前に縮こまるかと思いきや意外と普通に喋っている。
緊張とかしないのかと奏汰が考えているところに唯凛が
「でも良かった。霧崎くん、ずっとぼっちなんじゃないかって少し心配してたんだよ!友達が出来て良かったね」
と気にしていた事をぬけぬけと言ってきた。
もしかして唯凛は天然なのではないかと意外な一面を知る奏汰と迅兎だった。
とりあえず呼吸を整えてドアをノックした。
「失礼します、文芸部を見学したいのですが入ってもよろしいですか?」
威勢の良い声は変わらないが、普段の男らしい口調とは似てもつかない丁寧な喋り方にギャップを感じている奏汰に、迅兎は視線で、入れるぞ、と訴えると中に入っていった。
失礼しますと一声入れて奏汰と唯凛は続いた。
中に男が1人、女が3人いた。
3人の女の内の1人は凄く見覚えがあった。
奏汰と迅兎は思い出せそうで思い出せなかったが、唯凛は気付いたようだ。
「麓山生徒会長ですよね?文芸部の見学に来ました、1年の城上です」
「霧崎です」「讃良です」
この御方は生徒会長の麓山静香。
成績は歴代の鳳泉生徒を凌駕する秀才で、生徒たちからはもちろん教師陣からも一目おかれている。
また美しい容姿を持ち、奏汰の目から見て唯凛と比べても引けを取らない、いや同等以上だろうか、いわゆる才色兼備な女性だ。
そのような、初対面にも関わらず張り巡らせた失礼な思考を静香が喋り出すと同時に奏汰は打ち消した。
「こんなにたくさん見学に来てくれて嬉しいわ。現在部員数は3人なのに、1年生だけで4人も来てくれるなんて」
「あのー、僕らは3人なのですが」
すぐさまに奏汰は浮かんだ疑問を口にした。
「そこにいる侑音ちゃんも1年生よ」
隅っこにいた奏汰と同じぐらいの身長(およそ170cm)の女性がこちらに近づいて来た。
「初めまして、5組の峰ヶ崎侑音です、よろしくお願いします」
見た目は"清楚"という言葉を体現しているかのようだ。
唯凛が明るくて溌剌とした健気な可愛い少女ならば、侑音はしっとりとしていて大人の雰囲気を醸し出している上品な美しい女性、という感じだ。
ショートで金髪の唯凛とは逆で真っ黒なロングヘアー。
もちろん身長は唯凛より高く胸も大きい。
ちなみに唯凛は165cmぐらいで、奏汰が170cmほど、迅兎は180cmに届くか届かないかという感じだ。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくなー」「よろしく!」
侑音に見惚れていたせいか、その大人っぽい雰囲気のせいか、奏汰は無意識に敬語になってしまっていた。
なお、続く見た目体育会系(実際もそうだが)と天然溌剌少女(おそらく天然)は動ずる事なく返答していた。流石である。
「じゃあそろそろこちらも自己紹介しないとね。私は3年生でこの部の部長をしてる、麓山静香よ。わからないことがあれば気軽に話しかけて頂戴。それじゃあ次は承太郎くんの番よ」
静香が促すと、後ろに控えていた2人の内1人が前に出て来た。
「ちょっとやめてくださいよ〜静香先輩。
えー、どーも、2年生の空条寛人です。よろしくね」
「承太郎先輩ですね!覚えました!」
まずは奏汰。
「やれやれだぜ」
続いて迅兎。
「スタープラチナ・ザ・ワールド」
と唯凛。
「火のついたタバコを口の中に5本入れ、火を消さずにジュースを飲むという特技、今度是非見せてください」
と意外にも侑音。無表情ではあるが。
「ほら、なめられちゃったじゃないですか!先輩のせいですよ!あと奏汰くんは良いとして、他の人達は承太郎の口癖と技と特技を言っただけだよね!あと皆当然のようにジョジョの奇○な冒○を知ってるんだね」
普段からツッコミを担当しているようだ。
卓越したツッコミスキルが垣間見えた。
「承太郎くんはスルーして、次は珠鈴ね」
「扱い酷いっすよー」
静香はそのまま無視して進行させた。
「張間珠鈴です。よろしくね、後輩くんたち」
「よろしくお願いします」
今回は4人の声が揃った。
「以上、私達文芸部はこの3人で活動しているわ。今日は休みだったんだけど侑音ちゃんが見学に来るということを聞いていたから自己紹介だけしようと思ってたの。
とりあえず入部届は渡すからまた明日来て頂戴」
「はい、わかりました、失礼します」
迅兎が代表して挨拶し4人は部屋を出た。
「じゃあ私帰るから」
早々に帰路に着こうとした侑音を奏汰は呼び止めた。
「折角だから一緒に帰らないか?」
「あなたと一緒に帰るメリットがないわ」
奏汰はとりつく島もなく断られた。
にも関わらずやはり2人は動じることなく
「じゃーなー」
「ばいばーい」
別れの挨拶を普段通りに発していた。
「さようなら」
意外にも普通に返答が来た。
奏汰もなんとか立ち直り流れに乗った。
「じゃーねー」
しかし奏汰の声は虚しく廊下に響き渡っただけだった。
「俺嫌われてんのかな?」
「そんなことねーだろ、普通じゃね?」
「讃良くんのいう通り、霧崎くんはいつも気にしすぎなのよ」
(お前らの普通は本当に世間的に見て普通なのか?)と心の中では思うものの、奏汰は二の句が告げず、ただただ頷くしかなかった。
「それより2人とももう部活仲間みたいなものよね。苗字に君付けさん付けじゃあ味気ないから名前で呼び合おうよ!私のことは唯凛で良いから!じゃあ今後ともよろしくね、奏汰くん、迅兎くん」
「おう、唯凛もよろしくなっ!」
(ちょっと待てちょっと待て。なんでこんなに軽い感じで異性同士なのに名前で呼びあえるんだよ)
と心の中でシャウトしている約1名はこの青春の1ページの始まりについてこれていなかった。
間が空きすぎると不自然なので奏汰は勇気を振り絞ってこの流れに肖ることにした。
「よろしくね、い、唯凛」
「なんで1回やめたの?」
「ちょっと噛んでしまって」
「それはすごく滑稽だね」
「難しい言葉を使うなぁ」
奏汰はデジャブを感じたが、よく考えれば昨日似たようなやりとりをしたばかりだということに気が付いた。
「じゃあ、奏汰くん、迅兎くん、したっけー」
「したっけー」
何故か北海道の方言を使い出す唯凛だった。
奏汰の中では唯凛が天然だということは半ば確定したのであった。
「んじゃ、そろそろ俺らも帰ろーぜ」
迅兎の言葉に奏汰は頷き、2人とも自転車ということもあり途中まで一緒に帰ることにした。
「奏汰、今日はありがとーな」
「どうしたんだよ急に、改まって」
他愛のない話をしていると駐輪所に到着し、自転車を漕ぎ出してすぐに迅兎は柄にもないことを喋り出した。
「奏汰がいなきゃ俺には文芸部なんて選択肢はなかった。まだ部活は始まってねーけどこんなに次の日が楽しみで、ワクワクしたことなんてねーからさ!だから本当に感謝してる」
「大袈裟だなぁ。それに俺も唯凛に誘われた身だからさ、感謝なら唯凛にしろよな。それはそうと俺もすごくワクワクしてるかも」
奏汰も迅兎も心境は同じような感じだった。
強引に誘ってしまったのかもしれないと少し気にしていた奏汰だったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「そーだな。明日唯凛に礼を言うよ!それにしても奏汰、お前唯凛の前で緊張し過ぎだろーが!見ていて面白かったぞ?アレだな、唯凛の言葉を借りるなら、すごく滑稽だったぜ!」
「やめろよ。俺は迅兎みたいに人と上手く話せるタイプじゃないんだよ。まあでも、唯凛とももっと気軽に話せるように、峰ヶ崎ともはやく仲良くなりたいかな。ちなみに滑稽は別に唯凛の言葉じゃないからな?」
「そこは、難しい言葉を使うなぁ、って感心するところだろーが。とりあえず明日楽しみにしてるぜ!あと、重役出勤には気をつけろよ」
「分かってるよ!!!」
先行きは明るい。見上げれば4月の夕方の空は雲1つなく、どこまでも青く澄み渡っていた。
期待を胸一杯に奏汰は鳳泉高校での生活の第一歩をようやく踏み出した。
打ち間違えで1話の訂正を施しました。
誠に申し訳ございません。
キャラクターを上手く作り上げるというのは大変難しいことなのだと実感しました。
これから先少しでもキャラの魅力が伝わるように努力する所存であります。