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始まりの始まり

散り急いだ桃色の花弁が、新しい生活の始まりに対する不安を煽っている4月下旬。

新しい生活が始まるんだという期待や緊張に胸を高鳴らせつつ、彼は鳳泉高校の門をくぐった。

煽られた不安が予想外の展開で形になることは今の彼には知る由もなかった。




ここ鳳泉高校では、入学式の日に自己紹介が各クラスによって行われる。

春休み中にあった高校説明会で配布されたプリントに記載されていたので、入学した生徒のほとんどは知っているだろう。

つまり、入学式が滞りなく終わり自分達の教室に向かっている生徒の大半の心境は緊張と不安で一杯だった。彼もその1人だった。




彼が向かっているのは1年3組で生徒数は40人弱といったところだ。

出席番号が真ん中あたりの彼は、早くも遅くもない順番に仄かに安堵しつつも、何を喋るか悩みに悩んでいた。

そんな彼を時間は待ってはくれず、担任の合図により1人目が緊張した面持ちで教卓の後ろに立ち自己紹介を始めた。

淡々と喋り終えると丁寧にお辞儀をし、皆の拍手が場を締めくくって、1人目の男子生徒は自分の席に着いた。

少し間を空けて2人目の頬を赤らめた女子生徒が教卓の後ろに立った。

先程の男子生徒と比べると少し小さい声で自己紹介を始め、またこれも丁寧なお辞儀とクラスの拍手で女子生徒の出番は終わった。

こうして次々に自己紹介が進んでいく中

前の生徒同様にたわいないことを喋ろうと彼が決意した刹那、それは自分の少し前の順番のとある女子生徒が教卓の後ろに立った時だった。

煌々とした彼女の美しさに彼は思わず息を呑んだ。

「西ノ宮中学校から来ました、城上唯凛(しろがみいちか)です。本が好きです。よろしくお願いします!」

透き通った声が教室に響き渡った。

彼は城上と名乗る少女に釘付けだった。

気が付いた時には先程と変わらない拍手が起こり、その少女は自分の斜め前の席に着いた。

それから自分の順番まではあっという間だった。

前の席の男子生徒が座り、彼は機械的に席を立ち教卓に向かった。

頭が真っ白のまま自己紹介を始めた。

「遠石中学校から来ました、霧崎奏汰(きりさきかなた)です。

小学3年から中学までサッカーをやってました!趣味はラノベとマンガとアニメです!よろしくお願いします!!!」

ぎこちないお辞儀の後、奏汰は自分の席に戻った。

先程の可愛い女子生徒を見つめるでもなく、次の生徒の自己紹介を聞くでもなく、奏汰は酷く後悔の念を抱いていた。

なんで俺は趣味をラノベとマンガとアニメにしちゃったんだ。

百歩譲って漫画は良いけど、ラノベは小説と言えばよかった!!!

これじゃあ、数人の女子が俺に対してオタクという印象を抱いても仕方ないじゃないか。

そもそも世間的なオタクという言葉の意味に語弊が生じてんだよ。

坊主の男の子が、野球が恋人で野球大好きの野球オタクであるように、はたまた、甘いもが大好きな女の子がスイーツオタクであるようにオタクというのはアニメやラノベに限ったことじゃない!

マンガとかラノベが大好きな俺みたい奴はマンガ・ラノベオタクなわけで、特に野球オタクやスイーツオタクと大差ないだろ?

ラノベやマンガやアニメに偏見を持ちすぎなんだよリア充は!

そもそもオタクはオタクで経済回してんだよ!

俺はそんな偉大なるオタクには全く及ばない。オタクと名乗れば真のオタクに失礼だ。

----------------------・------------------・--------------

などと脳内でリア充に一方的に切れつつも、都合の悪い不安要素を屁理屈で一蹴し、奏汰は何とか冷静さを取り戻した。

とりあえずサッカー部に入部して、サッカー大好きアピールしていれば高校生活は安泰だろう、と楽観的な解決策を脳裏に浮かべた頃には最後の人が自己紹介を終えて着席していた。




「では、明日から普通に授業が始まるので必要な物を持ってきてください。

出席番号1番の相本君、号令をお願いします」

「気をつけ、礼」

「ありがとうございました」

奏汰にとっては波乱が起きたが何とか1日が終了した。

このクラスには奏汰と同じ中学の人は1人もいない。

その事実が帰り支度を終える頃に脳裏をよぎった。

これは1人で帰ることの可能性を示唆する。

中学の頃は仲良い友達の集団で騒ぎながら帰ることが当たり前だった奏汰にとってこの上ない哀愁を感じたが、だからと言ってどうしようもないので仕方なく教室を1人で出た。

もちろんここで1人ぼっちの同じ境遇の女の子が話しかけてくるわけでもなく、誰とでも仲良くなれるような気さくな男の子が声を掛けてくれるわけでもなく、奏汰は校門を出て自転車に乗り家に帰った。







鳳泉高校2日目、1時間目は現代文だった。普通に授業をするとはいえ、担当の教諭の自己紹介や教科書の配布、1年間での大まかな流れを説明するだけで50分は過ぎていた。

2時間目、3時間目の別の教科でも同じように進んでいった。

4時間目が終わったのは12時40分。

昼ご飯を食べるための昼休みの休憩の時間がやってきたが、

幸いなことに2日目ということもありクラスの生徒全員が各々の席で1人で弁当を食べていた。

奏汰もそれに倣い昼食を終えた。



5時間目は数学だった。

昼食を終えた後ということもあり若干の睡魔が襲ってきたが、初めての授業から堂々と寝て教諭の機嫌を損ねる訳にもいかないので絵を描くことにした。

マンガやラノベ、アニメが好きな奏汰にとって家で作品の模写をしたり、何かしらの絵を描くことは1つの趣味ではあるが、寝るのも絵を描くのも同じぐらい悪いだろ。と脳内で1人ツッコミをかましつつも、バレなきゃ大丈夫という結論に落ち着いた。

何を描こうか迷っていると斜め前に座っている可憐な少女が目に入った。城上さんだ。

周りの人には、特に教諭にはバレないように気を張り巡らせつつまずはアタリを取った。

まだ名前も教科名も記入していない安物の大学ノートの丁度真ん中あたりのページに、初日に釘付けとなった彼女の横顔を描いていく。

肩にかかるぐらいの金髪ショート。校則にひっかからないのか心配になるぐらいその髪は蛍光灯の光を浴びて光沢を帯びている。

主張し過ぎない大きさ、見た目Cカップ(カップについてはよくわからないが)の胸は優しい放物線を描いていて、思わず抱きしめたくなるような華奢な体躯だ。

新調したばかりだろう。1つのシワもない黒色を基調としたセーラー服が真っ赤なリボンを強調している。

周りに視線を巡らせているとはいえ、尋常でない程の集中力で描き上げた。

結構似ているのではないかと誇らしげに思いつつも自慢する友達もおらず、また、思い直せば相当ストーカーのような変態まがいの行動だなと冷や汗が滲んできたが、消すのも惜しいのでそのままにしてノートは鞄にしまった。

丁度5時間目の数学は終わった。

6時間目は英語だったが何ら変わったことはなく、気が付けば授業は終わっていて、昨日同様帰り支度をした後帰路に着いた。




3日目、6時間目終了時、結果的に言えば今日も変わったことはなかった。

しかし、月曜日、水曜日、金曜日の週3日は掃除があり、今日は水曜日なので6時間目終了後には高校に来て初めての掃除があった。

掃除場所は既に区分けされていて、掃除場所が同じになった人とは業務的な会話は交わしたが、まだそんなに仲良くもないので中学の頃は不可能だった無言清掃も難なくこなすことができた。我ながら驚きだ。




掃除が終わり放課後、今日もいつも通り(まだ3日目だが)孤独に帰り支度をしていると、

「霧崎くん!ちょっと良いかな?」

唐突に話しかけられ驚いたが、その相手を見てまたしても喫驚した。城上さんだった。







舞台は体育館の裏。ベタである。

この展開はまさか、こ、告白?!

奏汰がその結論に達するのは1秒もかからなかった。

「どうしたの?城上さん」

「名前覚えてくれてたんだ。ありがとう」

「クラスの人の名前を覚えるのは当然だろ?」

「そうかなぁ?私はまだ全員覚えてないや。

ところで本題なんだけど…。」

奏汰の緊張は最高潮に達した。

「文芸部に一緒に入りませんかっ?!」

「喜んで!!!」

用意していた答えは一見正しかった。

だが想定していた告白はなかった。

え、これって、つまり????

「本当に?ありがとう!

私、霧崎くんがマンガとラノベが好きって言ったとき凄いなって感心したの。

初対面の皆が聞いてる中、あんなこと言えるなんて私にはできない。

それと同時に本が好きって誤魔化した自分に腹が立ったの。

だから霧崎くんを見習って、夢だった作品を文芸部で作れたらって思うんだ!」

初めは告白ではないことに軽く落ち込んだが、彼女の話を聞いている内にこみ上げてくる熱い何かが胸の内にあった。

「俺さ、本当は後悔してたんだよ。緊張しててつい言っちゃったんだけど、入学して早々にオタクというイメージをクラスメイトに与えてしまったなって。

だからこそサッカー部でテキトーに頑張ろうって思ってたんだけどさ、城上さんに言われて思い直したよ!

俺ずっと、いろんな作品を読んだり見たりして自分でも作ってみたいって思ってたんだ!

だから俺、何もできないかもしれないし、器用な人間でもないんだけど、それでも城上さんが良ければこちらこそよろしくお願いします!!」

この上ない素直な気持ちだった。

自分で言っておきながら非常に恥ずかしかったが、胸の内の熱い思いが後押しした。

「そう言ってくれると嬉しいよ。でも何もできないってそんなことはないと思うよ!」

「ど、どうして」

「ごめん、見ちゃったんだ。あのノートを。教室掃除担当で机を前に出してる時霧崎くんの鞄が倒れちゃって、偶然ノートが出てきて絵が描いてあるページが少し見えたの。気になってもう一度そのページを開いて見たら、」

「ご、ごめんっ!!!!昨日授業中暇で眠たくって、それで気が付いたら必死に描いてた。キモいよね?本当にごめん」

奏汰は羞恥のあまり彼女が喋り終わる前に叫んでいた。

一瞬時が止まったような感覚に囚われたが彼女の笑いによって再び動き出した。

「ふふっ、ふふふふ」

「なんで笑ってんの?」

「だってそんな必死な形相して謝るだなんて、滑稽過ぎるよ。ふふふっ」

「滑稽って、難しい言葉使うなぁ。つーか、そんなことはどうでもよくって。どこが滑稽なんだよ」

「私は霧崎くんの絵を見て凄いって思ったんだよ?この人と一緒の作品を作ってみたいってそう思ったんだよ?謝るだなんてとんでもないよ」

「ま、まじ?」

「うん、まじ!」

キッパリと言い切る彼女に奏汰は困惑と喜びの混ざった複雑な気持ちに包まれていた。

そんな奏汰の心境をほったらかしにして彼女は満面の笑みを浮かべながら

「じゃあ、そいうことで!明日一緒に入部届け出しに行こうね♪」

自己紹介の時同様にその光景に見惚れながらも頬を赤く染めた奏汰は、

「お、おう」

と頼りない上ずった声を出すみっともない姿を晒しているのだった。


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