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静かな嵐作戦

「サイコマニューヴァ エスペリオン」本編に前後するショートストーリー。

異星人ガルベットの侵略で地球軍は全滅した。火星派遣軍は大敗から立ち直り、地球への降下作戦を準備している。そしてその時は近づいていた。降下作戦に先立って開始された月奪還作戦 "Operation Silent Storm" に参加する女性兵士、ジャスミン・ティア、ロザリア・アルマンの活躍はいかに。

「発進」

 ジャスミン・ティア少尉の「ルナシャーク」はふわりとデッキを離れて行った。

 月面である。

 簡便な押し出し装置だが、小さな重力下では十分だった。通常作戦ならばリニアカタパルトの高加重を全身に受けて発進するのだろうが、この作戦には無用だ。ゆっくり上昇していく先ではすでに編隊が組み始められている。火星派遣軍の主力宇宙戦闘機「コスモシャーク」を月面戦闘向けに改装したルナシャークの密集隊形である。コスモシャークの細長い流麗な機体をベースに機体下面のスラスターを増強している。もちろん月面の重力に対応するためだ。そのスラスターを取り付けるハードポイントには大気圏内仕様時に翼を取り付ける箇所を使っている。アダプターの設計はまるっきり軟骨魚類のヒレのようだった。漆黒の宇宙に銀色の鮫が群れなしている。シャークは量産のために塗装が施されなかった。宇宙空間に塗装は無用。少しでも手数を減らして数を揃えようとの事だ。光が当たればきらりと金属光沢が映えるだろう。

 ガルベットの支配下にあるとはいえ、月の裏側にいる限りこんな風に呑気に動いていても平気だった。ガルベットの月面活動の拠点は月の表側にある。クレーター、プトレマイオスのほぼ中央に置かれた電磁ネットのリレー基地こそがその中心だ。ここを中心にしてガルベットの戦闘体「クラブ」の高機動は機能する。その半径は最大でおよそ百キロメートル。高機動戦闘できる範囲は数十キロメートル。ガルベットが月の裏側にやってくることはないのだ。

 火星派遣軍の戦闘機隊は三機一個小隊、四個小隊一個中隊、四個中隊一大隊の編成だ。この作戦には四大隊が投入されている。

 火星派遣軍は先に大敗を喫している。地球軌道軍との合同作戦、のちに第一次降下作戦と呼ばれる地上侵攻は地球の衛星軌道上でほぼ全滅していた。その直後の月奪還作戦も支配権奪取には至らなかった。ガルベットが数機設置したリレー基地のほとんどを破壊したものの、地球軌道軍は壊滅。火星派遣軍の消耗も甚大であった。軍部の望むあと一歩の攻撃を火星政府は許さなかった。その頃にはすでに地球上の三軍の壊滅が確実視されていたからでもある。体勢建て直しを優先した政府の判断だった。

 そして火星派遣軍は立て直された。

 兵力を蓄えた。それはすべて第二次降下作戦への準備である。母星の奪還。至上の使命である。火星のすべての生産力は軍需に投入された。すべての研究機関が武装の改良、敵の分析、戦略の構築にあたった。すべての大人が軍事訓練を受けた。すべての子供が人類への忠誠を叩き込まれた。

 そして布石として今回の月面奪還作戦が始まったのだ。中型空母四隻、強襲上陸艦二隻での電撃作戦である。

 十分に準備できたのではなかったのか。圧倒的戦力で月に侵攻すればよかったのではないか。

 しかし「静かな嵐作戦」はこのような小規模部隊での作戦と決まったのである。火星政府は号令こそ勇ましかったが及び腰だった。ガルベットが地球に降りた後、彼らは地上に安泰しているように見えた。少なくとも月面のガルベットが補強される様子はなかったのである。放置論すら議題にのぼった。地球に干渉しなければ、火星は安泰ではないかというのである。火星に侵攻された場合に備えるべきではないかというのである。それでも火星の世論は地球奪還が多数派だ。何の行動も起こさないわけにはいかないのである。

 火星派遣軍も再編された武力が十分であるか否かの判断に迷っていたという面があった。降下作戦の成否を占うために月面侵攻は必要な戦力のみで行う事に主眼をおいた作戦が立案されたのだ。

 政府の事情、軍の事情が複雑に交錯した結果の「静かな嵐作戦」である。

 ジャスミンは位置につけた。第一大隊第二中隊第四小隊だ。中隊長ジーン中尉は良く知っている。その腕前は恋人であるスラップが最強と讃えていた。彼から訓練中に声をかけられたこともある。それはスラップとの関係を知った後にはなくなったのだが、ジーンの豪放な性格はジャスミンも好ましく感じたものである。

 ジャスミンは胸に手を当てた。パイロットスーツの奥のペンダントはスーツと手袋に阻まれて指に感じることができない。それでもそこにぬくもりは確かに感じられた。スラップはジャスミンを上回る腕の持ち主だ。その腕を買われてマリネリスの開発基地に転属したのは二ヶ月前のことだ。その転属がなければここで一緒に戦うことになっていたはずである。

 ジャスミンの作戦参加を知ってスラップは転属を申し出たのだが叶わなかった。マリネリス基地が手放さなかったのだ。開発中の新型機のことは当然秘密である。どのような兵器なのかジャスミンにはまったく知る手立てもない。戦局を完全にひっくり返せるほどの代物だと噂されているが、戦場に出てこないものは無いも同じだ。前線の戦闘機乗りには搭乗中の機体がすべてだ。命を預ける愛機がすべてなのだ。


 作戦部隊が月面に降りたったのは二十時間前である。着陸完了と同時に地上部隊は出発していった。ムーンホッパー六十四台は兵士を乗せてそれぞれの進路でリレー基地を目指すのだ。リレー基地破壊の主力はこの地上部隊である。作戦指揮官ロザリア・アルマン特任大佐もムーンホッパーに搭乗していた。通信は作戦開始まで一切無用である。艦隊指揮は旗艦船長に委ね、ロザリアは前線に立った。軍と政府の鬩ぎ合いの中でこの作戦をひねり出したのはロザリアである。自動的にロザリアは作戦指揮官を任命された。軍の上層部にとって彼女は都合のいい女になっていた。全軍を預けられたのであれば誰もが指揮官になりたがったであろうが、この小編成である。ロザリアは全会一致で任命されたのだ。

 十六台づつのホッパーが隊列を組み、それぞれ四方向に散った。月を半周しての敵拠点への侵攻であった。乗り組んだ機甲兵達はすでにライドスレーブに身を包んでいる。重武装のライドスレーブは他の兵器同様、月面戦闘に最適化されている。ライドモード時には低圧タイヤの前輪と後部のキャタピラで月面を走ることができる。高速走行時にはロケットモーターがアシストする。パワードスーツとして機能するスレーブモードでホッパーの架台に兵員たちは固定されていた。

 油断はできない。百キロ圏に突入するまでは攻撃されないはずである。しかし油断はできない。交代で休息しながら警戒を怠ること無く侵攻するべきであったし、ロザリアは当然そのようにしたのである。ホッパー一台に八体のライドスレーブが乗っている。これが機甲部隊の一小隊である。四個小隊一個中隊、四個中隊一個大隊で編成されている。敵の戦力は正確には不明であった。それでもこれは十分に大部隊といえた。ただし数の上の話にすぎない。高機動を発揮するクラブとの戦闘にあっては人類の兵器ははなはだ心許ない。ビーム弾そのものは当たれば十分な破壊力を発揮する。だが当たらない。当てられないのである。クラブが電磁ネットの有効範囲内で見せる機動は人類の兵器の運動をはるかに凌駕していた。ガルベットのマザーシップ攻撃を敢行しても宇宙戦闘機はクラブに翻弄されるばかりだった。月面攻防戦では月面戦車はまたたくまに全滅の憂き目にあった。地球上でも戦闘は一方的だったと伝えられている。前線での戦闘はクラブに支配され、艦船や基地は手足をもがれてなすすべなく壊滅していったという。

 月の半周、およそ五千五百キロメートル。プトレマイオスにムーンホッパーは時速三百キロで突入する。ルナシャーク隊はホッパーに追いつき追い越す手はずだ。敵の意識を上空に向けさせ、四方位からの地上部隊。どの部隊でも構わない。防御が薄くなった所を穿ち、リレー基地を破壊する。リレー基地を破壊してしまえば残ったクラブは簡単に始末できるのだ。

 兵士の損耗はやむを得ない。戦争である。異種生命体同士の戦闘である。殺し合いなのだ。兵士の損耗がゼロなど考えられはしなかった。ロザリアは可能な限りの大部隊を編成していた。「被害を小さく見せるためか」と口をはさむ将軍もいたが、それは敵の攻撃を分散させるためである。攻撃が分散すればするほど損耗は減らせるはずだ。あらゆる手を尽くして編成した部隊である。十分な大兵力のはずである。

 十分だろうか。

 上昇ジェットの振動に揺られながらロザリアはそればかりを自問し続けている。

 十分だろうか。

 果たして手は尽くしたのだろうか。

 この兵士達はただ殺されにいくだけになってしまわないであろうか。

「ルナシャーク隊が出発する時刻です」

 アビゲイル・フォックス少尉の声がした。

副官の報告にロザリアは自問を止めた。

「静かだな。想像以上だ」

 もしやガルベットの戦力が補強されていたら。

 もしやクラブの稼働範囲が拡張されていたら。

 もしや作戦行動が筒抜けであったとしたら。

 プトレマイオス到達以前に敵襲を受ければ多方向からの侵攻が裏目となってしまう。その不安は完全に拭い去れはしなかったが、どうやら作戦は計画どおりに進みそうである。この瞬間もムーンホッパーは時速二百六十キロほどで進んでいる。上昇ジェットと推進ジェットを装備し、低高度を飛行するホッパーは静かな乗り物だった。月面では前進推力は加速時のみ必要だ。高度を保つために定期的に上昇ジェットが作動するがそれも強い加速度を感じさせるものではない。ライドスレーブを装着している兵士達も身動きできずおとなしくしているしかない。

 月面は静かであった。


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