第21話 やっぱダメみたいだ、俺
ブクマありがとうございました。
少しずつですが、ブクマが増えて嬉しいです。
ハルトは無駄に胸元の触覚を研ぎ澄まして、ルウの柔らかさを少しでも感じようと、努力していたーー下心丸出しの下衆な努力だった。
もっと違う方向に努力すれば良いのにって、誰かが見ていればきっと言っただろう。
ルウからは顔が見えないのを良い事に、ハルトは鼻の下を伸ばして弛みに弛みきったダラシない顔をしていた。
ルウがハルトに抱き付いたまま暫く時間が過ぎた頃、ルウが身体を離そうと身動きする感覚を感じて、ハルトは慌てて弛んだ顔を引き締めた。
「……ハルト、もう、行く?」
「えッ? ああ、そうだな……。そろそろ移動しようか?」
「……ルウ、頑張るね」
「ハハ……、危なくなったら助けてね」
結局、先程のやり取りで、ルウに対して強く出れなくなってしまったハルトは、ルウを守りたいとか、女の子に守られたくないとか言った思いを有耶無耶にされ、半ば諦めた感じでルウに援護してもらう事を容認するしかなくなった。
心の底では、未だにルウは戦闘に不参加で、自分だけが戦うのが望ましいと思ってはいるが、また同じ事を繰り返し言って、折角ルウに持たれている好意を失うのは避けたかった。
兎にも角にも、この水路を抜ける為に行動しなければならないのは変わらず、マリアンさんの指示通りに水路を進むしかなかった。
マリアンさんへの疑念は、完全に払拭された訳では無いが、信じると決めた以上、ハルトに否は無い。
一度死にかけて痛い目を見たからか、ハルトは周囲を警戒しながら少しゆっくりな歩調で歩いていた。
そして、歩きながら半刻が過ぎようとした時、それは再び2人の眼前に現れた。
細長く伸びた鼻先に6本の髭を伸ばし、4本の脚を地に付けた、茶色く短い体毛に全身を覆われた化物ーー大鼠がそこに居た。
ハルトは深く息を吐くと、顔を引き締め腰に下げたダガーの柄を右手で強く握る……。
大鼠は後ろを向いていて、まだハルト達の存在に気付いてはいない。
ハルトは左手でルウを制止した後、音を発てないよう、ゆっくりとダガーを鞘から抜き放つ……。
まだ気付かれていないなら、一気に駆け寄りダガーを彼奴に突き刺すーーそうイメージしながら逆手で持ったダガーに一瞬目を向ける。
生物を刺し殺すとか、生命を奪うとか、嫌で嫌で仕方ない……。
でも、殺らなければ自分だけでなく、ルウまで怪我をするか殺されてしまう……。
それに、あれは化物だ……だから、殺すしかない……、殺すしかないんだ。
もう一度、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。
やるんだーーやるんだーーやるんだーー殺るんだ!
心の中で何度も呟き覚悟を固めていく。
『殺るんだ!!』
一際強く心の中で覚悟を叫ぶと、ハルトは足音に気を遣いながら走り出す。
ハルトの微かな足音に、大鼠の耳がピクピクと反応して音を拾い始める。
5m、4m、後もう少しーー。
異常に気付いた大鼠が此方を振り返るーー2m。
ハルトが右手を大きく振り上げるーー1m。
大鼠の巨大な口が開かれると同時に、ハルトの振り下ろしたダガーが上顎の上から突き刺さり、一度開いた大鼠の口は閉じられ、勢いのままに下顎まで貫いた。
「……うッ」
ハルトはダガー越しに右手に伝わってくる肉を突き刺す感触に嫌悪感を抱き、小さく呻く。
「ギッ……ギギァァァァーー」
大鼠は両顎を貫かれたダガーを無視して、叫びを上げながら大口を開ける。
刺さった下顎からダガーの刃先が抜け鮮血が噴き出し、ハルトが握ったままのダガーは強引に口を開けた反動でさらに深く根元まで喰いこみ、ハルトはダガーから手を滑らして投げ出された。
ハルトは、硬い床に身体を打ち付ける衝撃に一瞬呼吸を止めたが、すぐに大鼠の姿を探す。
視線が大鼠を捉えた時には、その大口がハルトへと迫っていた。
またかよ! 心の中で叫びながら自分が詰んだ事を悟る……。
硬い床に打ち付け、横になった身体はすぐに動かない……、ダガーは目の前にある内臓の様な大口の中に刃先だけが覗いている。
終わった! 詰んだ! と感じたハルトは目を瞑ってしまう。
「ーー水圧」
女の子の可愛い声が聞こえたと同時に、ブシュッと言う水が噴き出す様な音と、続いてドッ、ズザァっと何かが地に墜ち、地を滑る音が聞こえた。
その音だけで、目を瞑ったままのハルトにも何が起こったのか察しがついてしまった。
また、助けられたのか……これじゃ、さっきと同じじゃないか。
ルウが居なければ、もう2回も大鼠に殺された事になる……。
折角、覚悟を決めて、必死でやったのに、結局1人では大鼠も倒せない……。
こんなんで、ルウを戦わせたく無いとかーー1人で何とかするとかーーよく言えたものだ。
本当に自分が情けない……恥ずかしい……。
そんな事を考えながら、ゆっくりとハルトは目を開く……。
そこには、心配そうにハルトの顔を見ているルウが立っていた。
「ハルト……だいじょぶ?」
「ぁ、あぁ……大丈夫。……また、ルウに助けられたね。何回もゴメン、助かったよ」
そう言いながらハルトは立ち上がり、ルウは少し安心した様な、ほっとした感じの表情を浮かべていた。
ホント、ダメだな俺って……。
自分の我儘でルウを心配させて、ルウに迷惑ばかりかけてるよな。
ハルトは大鼠の側に寄ると、上顎に突き刺さったままのダガーを掴み引き抜いたが、刃物が生物の肉を切り裂く感触は嫌悪感しかなく、流れ出る血の……咽せる様な臭いも気分が悪くなった。
これからも戦うのなら、慣れるか我慢するしか無いけれど、それでも、嫌なものは嫌だった。
こんなダガーじゃダメだ……。
こんな事なら無理してでも剣とか持って来た方が良かったか?
要らないって言ったのは俺だし、重すぎて簡単に持てないのもあったけど、もし、あの重さで斬りつけたらーー真っ二つまでは出来なくても致命傷くらい与えられたんじゃないか?
ダガーだと、ただ相手に突き刺したって、刺さったくらいじゃ倒せないし、怯む事すらなかった……。
ダガーで殺そうとか思ったらーーやはり、心臓か脳に突き刺さないとダメな気がする。
不意打ちですら、ただ突き刺すだけで精一杯だったのに……それを、心臓や脳を狙って刺すとか……俺に出来るのか?
いや、今の俺では、難しすぎるな……。
この先、戦闘は嫌でもルウに頼るしか無いんだろうな。
ふと、右手に持ったダガーを見ると、ダガーは血で紅く染まっており、刃先からポタポタと血が滴っていた。
このままじゃ鞘に直せないし、血を洗い流さないと……。
そう考えると、ハルトは水路に流れる水でダガーの血を洗い流した。
水で洗っても血は中々落ちないし、独特な血の臭いが鼻につき、酸っぱい物が喉奥から込み上げてくる。
それらに耐えながらダガーを洗い終わると、水を拭う物も無い為、軽くダガーを振って水気を飛ばした後に刃先を鞘に納めた。
「ルウが居ないと、やっぱダメみたいだ、俺」
思った通りにならない現状と、情けない自分への思いを吞み込めず、気弱な発言を誰へともなく呟きながら、右手で頭を掻き毟る。
この先、大鼠やもっと強そうな化物と出会ったらどうすれば良いのか? と、悩みながらルウに声を掛けてハルトは出口があるだろう方向へ向かって歩き出した。




