第19話 これで、良かった?
「あー、で、結局ーーどうなったんだっけ?」
ルウのおかげで落ち着きを取り戻し、漸く冷静に頭が回る様になって、それでも自分がどうやって助かったのか全く分からない事に、ハルトは困惑していた。
今は、ハルトが襲われた場所にルウと2人で座っていた。
そして、少し離れた場所にはーー、あの恐ろしくも忌々しい大鼠が転がっていた。
距離を数値化すれば、ハルトから5〜6mの位置だろうか……。
大鼠はピクリとも動かず沈黙を保っているーーもう、二度と動く事はないだろう……。
何故ならーー大鼠の周囲には血溜まりが出来ており、それが、大鼠の血である事が遠目にも理解出来たからだ。
しかしーーだからこそ理解出来ない……。
何がどうなってーー大鼠は死んだ?
何故、自分は助かった?
だが、何となく……薄々は感じている。
ルウが、助けてくれたんだろうとーー。
しかし、どうやって?
記憶も無いーー武器も無いーー、素手でどうにか出来る筈も無いーー。
本当は、記憶が無いとか、嘘なのかーー?
本当は、強いのを隠しているのかーー?
でも、ルウは何度も俺を助けてくれたーー。
城内を彷徨い不安に潰れそうだった時ーーその存在が。
惨劇の死体の山に絶望した時ーーその温もりが。
大鼠に襲われ死の恐怖に震えた時ーーその優しさが。
だから、俺はルウを信じよう……。
ルウに騙されるなら、それも悪くは無い……かもな。
そう考えると、ハルトはルウに対する僅かな疑念を掻き消して、ルウへと確認する。
「えーっと、ルウが……助けて、くれた……で、良いんだよね?」
ルウは頷いて肯定する。
やっぱり、ルウが助けてくれたってのは、思い違いじゃなかったんだな……。
でもーーどうやって助けてくれたんだ?
ルウは武器も持ってないし……、大鼠のあの出血量を見ると、素手でどうにかしたとは思えないしなぁ……。
俺も、いきなりの事でパニックになってたから、無我夢中で何をやったのかもよく分からない……。
折角マリアンさんが持たせてくれたダガーも、抜く事すら出来なくてーー持っている事にすら考えが及ばなかった……。
だって、仕方ないだろ? 元の世界じゃ刃物なんて持ち歩かないし……襲われたからってすぐに刃物を取り出す習慣がある訳じゃない……。
と言うか、何かあったらすぐ刃物出すとかーー何処のチンピラだよ! そんな習慣ある方がおかしいだろ!
こんなんじゃ、武器とか持ってる意味ないよなぁ……。
それに、ルウを守るとかどうとか以前に……、自分の身すら守れないんじゃ、これから先どうなるのか……。
まぁ、とりあえず、ルウがどうやって大鼠を倒したのか確認するのが先かな。
「ん、と、ルウは……、あのでっかい鼠をどうやって倒したの?」
ハルトに問いかけられ、ルウは右手の人差し指を右頰に当て、首を少し傾げながら悩む。
ドキッとした……、ルウの仕草が余りにも可愛くて、ハルトの頬に紅がさす。
ハルトは少し速くなった鼓動と、熱くなる頬を悟られない様にしながら、ルウの言葉を待った。
「……んー、……まほ、う?」
ルウからは、えらく自信なさげな返事が返ってきた……。
「ルウ、魔法、使えるの?」
「ーーえと、ハルトをね……助けないと、って、……そしたら、ね。……何か、手からビューってーー」
手からビューって、って何かルウが言うと可愛いな……。
そう心の中で思いながら、ハルトの顔は二ヘラっと緩んでしまっていた。
「ーーまぁ、要するに、ルウが何か魔法を使って助けてくれたって事だよね。……その魔法ってもう一回使ったり出来るの?」
「ん、多分……出来ると、思う」
あ、使えるんだ。
必死で使ったから、どうやって使うか分からないとか言われると思って、使える場合の返事考えてなかったよ……。
あー、でも、どうしようかな……。
どんな魔法か確認しておいた方が良いだろうけど……、当たった大鼠が血塗れになって死ぬくらいだからなぁ……。
大鼠が化物だったとはいえ、ルウは生物を殺した事に忌避感とか罪悪感って無いのかな……?
魔法で殺したからーー間接的だったから殺した実感が無いとかなのかな……?
以前何かの本で読んだ記憶があるけど、直接首を絞めたり、刃物で刺したりして殺すと、手に残る感触や生命を奪う過程が身体に刻まれて、強い忌避感や罪悪感を感じてトラウマになり易いけど、それが、銃や爆弾のスイッチとか、自分の手に生命を奪う感触が残らない方法になればなる程、人は容易に生命を奪い易くなり、忌避感も罪悪感も薄れていく……、とかなんとかって話しがあったと思う。
だから魔法で簡単に生命を奪ってしまったから、ルウにそういう感情が抜け落ちたとかって可能性だってあるんだよな……。まぁ、元々感情が希薄だから俺が分からないだけで悩んでたりするのかも知れないけど……。
ただ、ルウに大鼠を殺させてしまったのは俺だし、助けてもらった俺がルウにそんな話しする権利なんて無いけど……、もし俺の所為でルウが生物を簡単に殺せる子になってしまったら嫌だなぁって思う。
ホント、助けてもらっといて自分勝手だよな……俺って。
まぁ、使う使わないは別として……、とりあえず魔法の効果は確認しておかないと、さっきみたいに使わないといけなくなった時に、どんな魔法か分からないまま使って、巻き添え食らいました……とかは洒落にならないからなぁ。
一回、俺達が怪我しない様に、反対側の壁に向けて使ってもらうのが良いかな。
「えと、じゃあ、向こう側の壁に向かって魔法使ってみてくれる? 俺は邪魔にならないようにルウの後ろ側の壁に居てるから」
「……うん、分かった。……じゃあ、頑張る。ーー水圧!」
別にそんなに頑張らなくても良いけど、とハルトは心の中で苦笑する。
ルウが魔法を使うと同時に、前に突き出した右掌に水が球の様に現れたーー刹那、まるでレーザーの様な一条の線がブシュッと言う音と共に伸び、反対側の壁に当たると……ズガッと言う音が響き壁に穴が穿たれて、水のレーザーは次第に細くなって掻き消えた。
その光景を見たハルトは、ポカーンと大口を開け、惚けた表情で固まっていたーー。
は? え? ちょ、ちょっとマテ!
マテマテマテーー何だあの威力は!!
『手からビューって……』って、そんな可愛いもんじゃねえよぉぉ。
こっからじゃよく見えないけど、壁に穴が空いてる……。
水圧とか言ってたけどーープレッシャーとかってレベルじゃないよ!
あれじゃ、まんまレーザーじゃん!!
あんなのもし当たったりしたら……、身体に穴空く所じゃないよ!
そりゃぁ、大鼠も瞬殺されるわ……。
あぁ、俺に当たらなくて良かった……。
あんなの掠っただけでもどうなるやら……。
「ハルト? ……これで、良かった?」
「え!? あ、あぁ。うん、大丈夫! 大丈夫! すごく良く分かったから……」
あぁー、何て威力だよ……、あんまりルウに生物を殺させたくないけど、あれじゃ当てたら大概のは一撃で殺してしまうよなぁ。
後ろから魔法で援護してもらって、殺すとか気は進まないけど俺がやれば良いって思ってたのに……、援護所か一撃必殺だし……、俺に当たったりしたらーー洒落にならないよなぁ。
こりゃ、ルウの魔法は極力使わない方針で頑張るしかないか……。
大鼠相手にいきなり死ぬ所だった俺が、援護無しで1人で戦えるのかってのはすごく不安だけど、ルウに殺させたくない以上どうにか頑張るしかないよな……。
本当は、こんなつまらない意地みたいなのは捨てて、ルウに魔法で戦ってもらうのが安全だろうけど……。やっぱり男としては、女の子に戦わせて守られるとか、情け無いから嫌だって思いの方が強い。
だから、まぁ、いざという時の切り札ーー奥の手があると思って……ルウは戦わせない方針で俺が頑張るしかないかな。