第15話 いつかあの魔女も倒せると、信じています
ハルトの思考が停止して、暫くの間すごく重い空気が流れていた。
色々ありすぎて、結構混乱してる……。
とりあえず、落ち着く為にも一回現状を整理してみよう。
ーーまず、帰れないってのは分かった。
理由は2つ。
1つ目は、宝具とか言う召喚する道具が壊れ、埋まってしまった事。
2つ目は、召喚を行った術師が死んでしまった事。
2つ目は変わりを探すなりで何とかなったとしても、1つ目は無理だ。
埋まった宝具を掘り起こせたとしても、古代王朝の遺物とか何とかで修復出来ないらしいのが致命的だ。
だから、帰れない。帰る手段が無い。
じゃあ、どうする?
別の帰る方法を探すか、もしくはこの世界で生きていくかになる。
ただ、どちらにしても、身の安全を確保するのが先決だし、この城から逃げないといけない。
何故逃げないといけないのか?
それは、この城が襲われていて危険だからーー。
そういえば、何に襲われてるんだ??
やっぱり戦争かなんかで他国に襲われてるのか?
でも、それなら何で城に敵が居ないんだ?
城の中庭に大量の死体があったんだから、城の中は普通敵だらけなんじゃないのか?
こんな大事な事も聞いてないとか、俺ホントダメだな……。
「マリアンさん、この城って、いや、帝都って何に襲われてるの? 何処かと戦争してるの?? 一度も敵らしい相手に出会ってないし、城から街まで追い返したのなら、慌てて逃げる必要ってあるの?」
「いえ、戦争ではありません。今、この帝都を襲っているのは、たった1人の魔女です。」
「ーーえぇっ?? 1人!? ちょ、ちょっと待って! 中庭のアレを1人でやったの?」
「そうですねーーアレはごく一部ですが、被害は今も拡がっているでしょう……。もう何十万人犠牲になっているか……」
「何十万!!! あ、相手は1人なんじゃないの? どうやればそんな事にーー」
「ーーかの魔女は、5年前、戦時中だった帝国と王国の戦場に突如現れ、強大な魔法で王国軍30万を壊滅させ、そして王都に単身で攻め込みました。ーーその時の死者は、100万とも200万とも言われ、王都は壊滅、王国はたった1人の魔女によって滅んでしまいました。それ故、滅亡の魔女、と呼称される様になったのです」
「滅亡のーー魔女ーー」
「しかし、王国を滅ぼした後は、何処へともなく姿を消し、魔女の記憶は薄れつつありました。ですが、昨夜突如帝都に現れ、目につく全てを破壊するかの様に暴れだしたのです。私達ーー帝国騎士団は総力を挙げて対抗しましたが、ーー魔女は、強大な魔法を扱うだけでなく、強力な障壁に護られ傷一つ与える事が出来ず、なす術を失くした我々は、最後の希望として勇者召喚の儀を執り行ったのです」
「ーーえぇぇェェェッ!? 俺って、そんなチートな魔女を倒す為に呼ばれたの!!!! ムリ! ムリムリムリ!! 絶対無理だって、俺にそんなの倒せる訳ないじゃん!!」
「今の勇者様では、難しいでしょうね」
「今とか、難しいとかの次元じゃないって!! 絶対無理に決まってるじゃん!!!」
「私はーー、勇者様ならいつかあの魔女も倒せると、信じています」
「ーーーー」
信じてるって言われてもーー、マリアンさんの目を見たら、それ以上何も言えなくなった。一片の曇りもなく、最後の希望に縋るような、そんな眼差しで俺を見つめていたから……。
何十万人も大量虐殺出来る魔法を使って、傷一つ付けられないバリア持ちってーーどんだけだよ!! チートどころじゃないだろ! そんな無敵キャラ、誰が倒せるんだよ!?
絶対無理だろ、こんなの逃げ一択だろ。
それに、マリアンさんって勇者に幻想抱きすぎなんじゃないか?
この世界の勇者がどんな存在か知らないけど、今の俺を、何処をどう強くしたらチート魔女に勝てるとか思えるんだよ……。こんなのやる前から結果分かってるだろ。
無理、絶対無理、絶対戦わないからな。
兎に角、ここから逃げたら安全な場所でのんびり暮らそう。うん、それが良い、そうしよう。
「と、とりあえず、武器も持ったし、もう準備終わったよね? 早くここから脱出しない?」
「そうですね。では、抜け道までご案内致します」
そして、3人は部屋を出ると、マリアンさんを先頭に移動を開始した。
外の喧騒に比べると、不思議なほど城内はシンと静まり返っていて、もう誰もいないんじゃないかと思える程だったが、時折窓から見える外の景色は、あちこちから立ち昇る黒煙と、土煙が見え、まだ街中で戦闘が続いているだろう事が伺えた。
暫くマリアンさんに付いて歩いているうちに、何処か見覚えのある場所に着く。
そこは、ハルトが大量の死体を見た窓のある廊下だった。
えっと、あれ? 戻って来てる?
「マリアンさん? 抜け道ってこっち?」
「はい、もう少しかかりますが、こちらです」
そう言ってマリアンさんが向かった先は、ハルトとルウが苦労して開けた大扉だった。
え? また戻るの? あんなに苦労して出てきたのに……。
それに、あれだけ彷徨って出口ここしか無かったのに、他にも抜け道があるの?
俺達の苦労っていったい何だったのか……。
そんな事を考えている間に、マリアンさんは大扉の中へ入って行く。
少し慌ててハルトは後に続くが、ルウはマイペースでハルトに付いて行った。
中に入ると、階段を下り、通路を右に曲がる。
ハルトは、散々苦労して彷徨った記憶を呼び起こされ、ゲンナリした顔でマリアンさんに付いて行った。
多分最初にハルトが居たであろう部屋を通り過ぎ、突き当りを左に曲がる。
そして、暫く進むとルウと出会ったT字路へと辿り着いた。
なんか、懐かしいなぁ。
此処で、ルウと初めて出会って、幽霊に間違えたり、魔力切れで倒れて膝枕して貰ったり。
お尻触ったり、裸を見たりーー、って、またマリアンさんが鋭い目でこっち見てる!
だから何で分かるんだよ!! あんたニュー○イプかよ!
とりあえず何か誤魔化さないと。
「そ、そろそろかな? 抜け道まで」
「ーーコホン。そうですね、この先にあります」
あ、誤魔化そうとしたのもバレバレなんだ……。
やっぱ、こえー、女の人って怖いよ。
こんなんじゃ、嘘吐いたり隠し事しても即バレしそうだよ……。
そうこうしている内に、マリアンさんが移動を再開し、ルウが来たであろう廊下を進んで行く。
そういや、ルウが行き止まりだって言ったから、この先は見てないんだよなぁ。
この先って抜け道以外何も無いのかな?
ルウはこっちから来たけど、もしかして抜け道から城に入って来たって事か?
マリアンさんは、ルウの事を城の人間じゃないって言ってたし……。
少し進むと行き止まりになっていた……、と思ったら左側に人が1人通れる幅の下り階段があった。
階段は、左回りの螺旋状に下る、螺旋階段になっていた。
今迄通った他の廊下や階段は5人は横並びになって通れるくらい広かった。
しかし、この螺旋階段だけは、人が1人通れるくらいの幅しかなく、他と比べて異常な程狭かった。
階段を下りながら、ハルトはマリアンさんに素直な意見を述べた。
「何か、他の場所に比べるとやたら狭い階段だよね」
「まぁ、逃走防止など色々あるのでしょうーー」
ん?? 逃走防止??? 何を逃がさないようにするんだ?
「ここです」
螺旋階段の途中、段差が途切れた場所で立ち止まると、右手を壁に添えながらマリアンさんが言った。
階段はまだ先へと続いていたが、ハルトとルウも立ち止まると、マリアンさんの様子を伺っていた。
マリアンさんは、手を壁に這わせながら何かを探していたが、すぐにガコッと音が鳴ると同時に壁の石の一つがへこむ。
あぁ、よくある隠し扉のスイッチかぁ。
ハルトはそう考えながら扉が開くのを待った……。
あれっ? 何も起こらないけど??
ん? もしかしてハズレとか? 壊れて開かないとかか?
そうハルトが思っていると、マリアンさんが左手でへこんだ石を押したまま、右足の爪先で下側の石を押し込んでいた。
ガゴンッ、ゴッ、ゴゴゴゴゴーー。
と、重い音と石が擦れる音が響きながら、目の前の壁が開いていった。
おぉーー。マジもんの隠し扉すげぇ〜。
ゲームの定番だけど、実際に見ると結構すごいなぁ。
階段の途中だし、知ってなければこんな隠し扉見つけるのかなり難しいよなぁ。
ともあれ、これでこの危険な城ともオサラバだ。