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煌めく世界で君と二人

作者: ウタコ

−−Elysionにログインしました−−




中央に表示されたポップアップメッセージを横目で流し見つつ私は大地に降り立った。

何もない場所に突然人が現れ降りてくるという怪奇現象に道行く人々は驚かない。


さも当然、日常風景、といった顔をして通り過ぎて行く。



此処はバーチャルリアリティの世界。

世界初のVRMMOとして名を馳せるゲーム『Elysion』のとある街。




艶めくシルバーブロンドの髪を野暮ったそうに後ろに流し深青の瞳を僅かに細めた彼女は、軽く柔軟をしながら確かな歩みで進み出した。

身に着けた服は簡素な黒のワンピースに、目を引く青いブラウス。顔の造形は十人並みでありながら、その、神秘的な瞳と髪がえも言えぬ魅力を醸し出している。

それでも辺りを歩く人々の多種多様な髪色瞳色と比べると些か地味さが立つ。


そうしている内に、彼女は大通りを外れ一本逸れた路地裏に入ると洒落た飾りが施された赤い扉を躊躇い無く潜った。





「お、リヴィいらっしゃーい」


酒場の様に賑やかな声が溢れ返り自然と笑みが溢れる。

古参で常駐組の見知った顔が私に気付いて声を掛ければ室内の各所から他の馴染みメンバーの声がまばらに上がった。

それに手を挙げるだけの小さな挨拶をして、一番に声を掛けてきた男の隣に座る。


「お久しゅうです」


男は飲みかけの酒を一気に煽り、カウンターの向こうの少年にお代わりを注文してから此方に目線をよこした。


「なんだ、元気そうじゃねーか」


「えぇ、まあそれなりに」


彼女は私にも何かお願い、と注文して腰を下ろす。

隣の男は無遠慮な視線で彼女を上から下まで見回した後、変わったな。と、漏らした。

それを聞いた彼女は小さく笑って出されたグラスを煽った。


「…此処は、変わりませんね」


「新しい顔も、入ってはいるんだがな。俺らの図体がでけーせいで新入りには居心地が悪いらしく寛いどるメンバーは殆ど変わっとらん」



言われて今一度見回してみる。

成程確かに楽しそうに寛いでいるのは古参連中ばかりで、取り巻きだったり連れてこられたのであろう新人の様な知らぬ顔は居づらそうに目線を泳がせている。


「だがな、ちょっと変わった事もあるぞ」


そう言われて指された方を見遣れば懐かしい顔の男が水を滴らせながら入ってきた所だった。

その途端に室内でソワソワとしていた知らぬ女性達が彼に砂糖を落とされたアリの様に群がっていく。



今赤のヴィプシアで一位の位置にいる男、ディーア―――





Elysionに存在する3つの勢力で南を守護する赤のヴィプシア。

その一位の騎士と言えばそれだけで魅力的だというのにそれを助長するかの様な切れ目がちな紅い瞳と白い肌、闇夜の漆黒を映した艶やかな黒髪とがっしりとした鍛え上げた身体。女が群がる要素満載だ。



「でぃさんお久しゅうですよ」


仏頂面に薄らと辟易の色を浮かべた彼に、久々の挨拶をしようと声を掛けると彼の目が見開かれた。


よしよし、他の女の子達に顔見知りなのを見せ付けて悔しがらせる事くらいは出来そうだ。

後の事を考えなくていい人間として場を引っかき回して面白くする事だけを考えて行動した彼女は、直後に起こった小さな反撃に言葉を失った。




むぎゅう―――



「リヴィ、久しぶり」


彼女よりも頭2つ分は大きい体に抱き締められて頬がプレートメイルに当たる。

周りの女の子達から悲鳴の様な声がまばらに上がっている。

男に免疫の無い彼女はキャパオーバーの出来事に思わず呪文(スペル)を唱えた。



「あ、氷結爆風(アイスバーン)ッ」


ゼロ距離で高レベルスキルを受けた彼は無抵抗の内に壁まで吹き飛び、椅子やテーブルが巻き込まれ吹き飛ぶ。

痴話喧嘩なら外でやれ!や、いいぞもっとやれ、などの野次と女性たちの絹を裂くような悲鳴が飛び交い背筋がひやりと冷えた私は逃げるように店を出た。

ディーアさんて、こんなひとだったっけ。








元々私はこのギルドに所属するメンバーだった。


今は何となく知り合った子に誘われ武者修行的に移ったギルドがトップギルドだったせいで、引き摺られるように私もランカーになってしまってたがあの時は何も知らないエンジョイ勢みたいなものだった。



ディーアさんは前に所属していた頃からの知り合い。

聞いた話によると実は初期メンバーの一人らしい。


別にこのギルドがほのぼの系馴れ合いギルドというわけではない、むしろ廃人道を極めるところまで極めきった元廃人達がゆっくり休む為、あと後進の育成の為に作られた冒険ギルドだ。

だから、ここの常駐メンバーの人達も一度武器を握れば今でも私では太刀打ちできないはずだ。



「うわあああああ、でぃさん大丈夫かなぁ・・・・。吹き飛ばしちゃったよ、しかも超近距離で」



でぃさん


彼女が彼から指定された呼び名だ。

周りに面白がって後押しされElysionの機能の一つである結婚をしたときに、今度からそう呼んでくれと言われた。

私のことはじゃあリヴィですね!なんてほのぼのした会話をしていた頃が懐かしい。


リアルな風が頬を撫で、少しの肌寒さを感じる。

太陽はゆっくりと西に傾き始めていた。



一時期、私が現実の方の事情でやむを得ずこの世界を離れた、そのせいで彼とは攻略リズムにズレが生じてしまった。

彼は私に合わせるといってはくれたが私はどうしても申し訳なくてその申し出を断った。

納得いかなそうではあったが同意はしてくれていた、結局追いつく頃には私の方に先行攻略のフレンドができてしまっていたし彼も紅蓮の聖剣(ランカー)となってしまっていてまた一緒に、とは言い出せずに今まで来た。


さびしくないわけではない。



彼と一緒に居るのは心地良い。


私の意見を先回りして汲み取り、必要以上は語らず、その上聞き上手。

いつも優しい笑顔を浮かべているのだ。



「靡かない女が居るわけないじゃん・・・」

「なにがだ」



低い重低音の声、鼻を擽る白檀の香り。

短く揃えられた深い闇色の黒髪―――





「でぃ、さん。」


隣良いか?と聞きながら私の横に腰掛けると頭をポンポンと撫でられる。

それ、女性が男に惚れる仕草ナンバー1ですよ、とは言えなかった。



「さっきはその、突然悪かった。」


唐突にと思うも、そういえば私が魔法をぶっ放したのは抱き締められたからだったと思い出し顔が熱く火照るのを感じた。

今その彼と町の外れの人通りも少ない丘に2人きりだというのか。

ちら、と彼を見れば悲しそうに目を細めて私を見ていて目線が交わる。


慌てて逸らしたがほんのり罪悪感を感じて小さく、風にかき消されない程度の声で囁く様に呟いてみた。



「別に・・・嫌とか、そういうのじゃなくて、驚いちゃっただけだから。」


言い終わるか終わらないか、というタイミングで気配が動いたのだけは感じた。

ぎゅう、とまた何これデジャヴ?状態で抱き締められる。

自分よりも一回りも二周りも大きな体にすっぽり抱き締められ抵抗する気も起きず体から力を抜くと彼は躊躇いなく顎を持ち上げあろう事か唇を重ねてきたではないか。


何度か離れては重なり、抵抗の声も上げられない。




甘い。


求めれば、求めた以上に与えられる。



気づいた時には空はすっかり星空に変わっていて、私はでぃさんに地面へ押し倒された状態だった。



「結婚をした相手への倫理フィルターが甘くなる、というのは本当だったんだな」


何処でそんな話を、と言い掛けてあのギルドの下種な親父共の事を思い出した。

どうせまた碌でも無い事をしようとして失敗した話をでぃさんに話して聞かせたのだろう。

それよりも問題なのは彼が何故こんな事をしているか、だ!


抗議の声を上げる代わりにキッと睨みつけておく。


「この体勢でその目は男を煽るだけだと覚えた方が良い。だが、流石の俺でもまた魔法をあの距離で放たれたら困るからな、もう一度塞いででおこうか」



そうにやりと、見たこともない笑みで笑うと彼はまた私に覆い被さった。


「もっ・・・しま・・せ・・・んんっ!」



返答に満足したのか、この行動に飽きたのか。


彼は起き上がり私を解放すると起き上がらせ私を自らの膝の上に抱き上げた。

重いと離れようとする私を軽く押さえつける彼にそういえばこの人の力数値は200MAXを限界突破している事を思い出して抵抗をやめた。







「噂で、リヴィが俺に追いついたのは聞いていたんだ」


空を見上げながら彼は最近の事を話して聞かせてくれた。

私が、時間がとれなくなってからの話を――




最初はまだ忙しいから時間が安定して取れないとかでまた変な気を使っているんだと思っていたんだ。

でも違った。

ルヴィ、先行攻略でそれなりに名の通った奴らと一緒に居る所を見た。


俺なんかもういらないのかって思って、無性にルヴィをめちゃくちゃにしたくなった。

でもそれをしたらもっと嫌われるだろうって考えたら出来なかったんだ。

だからがむしゃらにクエストこなして戦って、IDも攻略して、気付いたらヴィプシアのランクトップに居た。



そうしたら俺じゃないとクリアできないとかそういう事言ってくる奴らが沢山出てきた。

面倒だったんだが、前にルヴィに『人付き合いは大切なんです!』て言われたの思い出して、無下に断れなくて本当に俺を必要としてる奴らの所には手伝いに行くようにしたんだ。


今日もそれで新マップの開拓区にある海底の魔女姫ダークマーメイドIDに行ってたんだが、あのID殆どが潜水マップなんだ。

それで水生種の子が祝福をって言ったんだがどうしても嫌で、俺だけアイテムを使って攻略したんだ。

でも、それの使用硬直時間が原因で全滅。



申し訳ない気持ちでそのまま帰ってきたらリヴィが居た。


嬉しくて、沈んだ気持ちなんか無くなって、それで、気がついたら抱き締めてた。



「リヴィ、俺はリヴィじゃなきゃ嫌だ。祝福を貰うのも、回復を貰うのも、背中を預けるのも、隣に居るのもリヴィじゃないと駄目だ。俺が嫌いなら金で雇ったっていい、だから頼む。もう一度だけ一緒にやってくれないか?」


泣きそうな、紅い瞳が暗く陰りを帯びて私を見ている。

そっと振り返り、今度はむぎゅうっと私から抱き締めてみた。


「でぃさんが嫌になるなんて、無いですし!お金貰ってとかむしろこっちがお金払わなきゃいけないくらいだし」


「私も、でぃさんがどんどん強くなっていって、どんどん上にいっちゃって、変な気ばっかりつかっちゃって言えなかったんです」


だから、ね?

といつもと違う、私のほうが高い視線で笑って答えた。


「ディーアさん、また、私と一緒にElysionやりませんか?」


すっ、と息を呑んだような何かをこらえるように強張る彼の体を肌で感じながら返事を待つ。

好きになったのはいつだったろう?

そばに居られるくらい強くなりたいと思い始めたのはいつだったろう?


周りの目とか見えない相手の気持ちとか、そういうものに惑わされて自分の気持ちを伝えるという、一番大切なことを忘れてた気がする。


きっと私に足りなかったのはそういうことなんだろうなー、なんて柄にも無くぼんやりと思う。



「・・・ああ、俺の方こそリヴィ、また一緒に戦って欲しい」















「リヴィ!そっちいったぞ!!!」


「はい!吹き荒べ、竜の息吹(ドラゴンフラスト)!!」

ターゲットを変えて真っ直ぐとこちらに走ってくる黒妖犬(ブラックドッグ)を吹き荒れる風の呪文で最前線まで吹き飛ばす。

それをすかさず大剣で切り裂いたディーアさんに治癒。



「あの二人、私たちがいらないんじゃないかってくらい連携取れてない??」


呆れた様に他のPTメンバーが首を横に振るが戦闘に夢中の二人には見えていないようだ。

「ディーさん来ます!」



リヴィが叫ぶとディーアは躊躇うことなく敵の群れに突っ込む、リヴィの休むこと無い手厚い援護が飛ぶ。

此処最近未開拓IDを次から次に開拓している二人組PTがいると巷で噂になっていることをこの二人は知らないのであろう。

一人は赤のディプシアの英雄ディーア、一人は知る人ぞ知る回復特化プレイヤーのランクトップ氷結の魔術師リヴィーア、彼女たちが後に語り継がれる伝説を作る少し前のお話―――

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