24
坂道を駆け下りて、僕は高校への道を急いだ。
バス停まで行って、ちょうど来たバスに飛び乗る。バスの窓から、外を眺めると、もう、空の半分は藍色に覆われていて、橙色の空は逃げる様に西に固まっていた。
僕は、気がせいていた。手すりに掴まりながら、足踏みだってしていたかも知れない。
やがて、バスはのろのろと学校前のバス停に着いた。僕は、バスから転がり降りると、校門へとダッシュした。
学校へ続く一本道を、脇目も振らずに走る。ただ、一秒でも早く、辿り着きたかった。
しかし、校門は閉まっていた。お盆休みの間だからか、校舎にも人っ子一人いない。でも逆に、それは好都合だ。僕は、何の躊躇いもなく校門を乗り越えると、校舎へと駆け寄った。
だが、校舎の鍵は閉まっていた。僕は、何度かガタガタと昇降口の扉を揺らしてみたけれど、微塵も開く気配がなかった。
大丈夫だ。まだ、校舎に入れないと決まった訳じゃない。僕は校庭に回ると、非常階段を、最上階の五階まで駆け上った。薄い階段板を踏む、テンテンテン、と言う軽い響きを聞きながら、僕は五階に辿り着いた。
重そうな扉に着いたドアノブを、捻る。
何の抵抗もなく、ドアノブは回った。僕は、すかさず肩で扉を推し開けた。長い事開いていなかったのか、扉は低い音で軋みながら、ゆっくりと開いた。
校舎の中に、夕日は差し込んでいなかった。教室では、机が藍色の空を移して、まるで何かの画面が並んでいるようだ。長い長い廊下には、既に夜がやって来ていた。
忍び足で廊下を通り過ぎて、いつもの階段に辿り着く。
僕は、ここまで来て急に、悪い事をしている気になった。どうしよう。そもそも、りっちゃんは本当にここにいるのだろうか。鍵の掛かった門を乗り越えて、学校の敷地に入ってしまった。ここの扉が開いていたのだって、もしかしたら偶然かも知れない。もし、これがバレたら、僕は先生たちから、かなり油を搾られる。
だから、僕は階段を目の前にして、かなり長い事立ち止まってしまった。
行け、行け、と、心では思うのに、体が嫌だと言って、言う事を聞かない。
「ああ」
いつの間にか、独り言が漏れていた。
「情けないな、僕は」
その一言で、僕は気付いてしまった。
結局、先生に怒られるのなんて、これっぽっちも怖くは無いのだ。
りっちゃんに会うのが、怖くて仕方がないのだ。
「僕は、迷惑を掛けてばっかりだ」
だから、僕には言わなきゃ行けない事がある。
ごめんと。
いくら謝っても駄目だろう。りっちゃんは、僕の為に命を落とした。僕の為に、未来を捨てた。僕の為に、幸せを捨てたのだ。
僕は、りっちゃんを苦しめて、今こうして生きている。
だから、謝らなければいけない。
謝ってどうこうなる事じゃないのは、十も承知だ。だけど、僕が知らない振りをするより、よっぽど良いに違いない。
「ほんと、情けないな」
僕は、震える膝を叩いた。どんどん、叩く力を強くする。りっちゃんが、この階段の上にいる。僕の大好だったりっちゃんが、きっと、待っている。
「行くか……」
そう思った途端、膝の震えが止まった。恐る恐る、一歩踏み出す。よし、大丈夫だ。もう一歩踏み出す。ふらふらしたりは、しないようだ。
一歩、一歩、ゆっくりと歩いて行って、僕はあの、埃っぽい踊り場に辿り着いた。雨の日は、ここで色々話したりした。今でも、その光景をありありと思い出せる。
屋上へと繋がる扉に、手を掛けた。冷たいドアノブに触れる。
扉は、開いた。
扉の隙間から、生暖かい湿った空気が流れ込んで、あっという間に僕の体を取り囲んだ。そのまま、扉を押して開ききる。
夕焼けが、僕の眼を灼いた。
低くなった夕焼けの、最後の輝きは、眼も開けられないほど眩しかった。僕は、思わず眼を閉じてしまう。でも、瞼の上からでも、陽の光の暖かさを感じた。
だんだんと、瞼を開いて行く。開けた瞼の隙間から、容赦なく光が差し込んでくる。負けじと、眼を見開く。




