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「私ね、本当は、死んでるんだ」
何度も予想してみた事だったのに、何を言われても受け止めようと覚悟したのに、僕は結局臆病者だった。ちらっと、嘘であって欲しいと、思ってしまったのだ。
でも、そんな僕を置き去りにして、りっちゃんの告白は続いた。
「もう、バレちゃったみたいだし、全部喋っちゃうね。
たっちゃんは覚えてるかなあ。たっちゃんが五歳の夏に、女の子の友達がいた事。それが、私。あ、フルネームを、教えてなかったね。私の名前は、葉山律って言うんだ。多分、たっちゃんも初めて知ったと思うな。
で、その年の夏も、私はこの町に里帰りしてたんだ。毎年、幼稚園が夏休みになってから、私はこの町にあるおばあちゃんの家に来てたの。
おばあちゃんもおじいちゃんも、あんまり私をどこかに遊びに行かせてはくれなかった。多分、私の事が厄介だったのかも。だから、毎年暇で暇で、退屈ばかりの夏を過ごしてたの。
でも、ある日、たっちゃんにあったんだ。
覚えてなさそうだね。たっちゃんは、おばあちゃんの庭に忍び込んで来たんだよ。なんか、友達と一緒に隠れんぼしてたんだよね。ちょうど庭を散歩してた私が、偶然隠れてたたっちゃんを見つけて、話し掛けたの。『何してるの?』って。
たっちゃんはもう、本当に慌ててさ、『ここにいた事は、絶対に秘密にして欲しい』って言って、大慌てに慌てて、塀を乗り越えて出て行こうとしてた。
でも、私は退屈で仕方なかったから、たっちゃんが来てくれた事は幸運だった。だから、私も慌てて、たっちゃんを呼び止めたの。
で、それから二人で縁側に座って、日が暮れるまで色んな話をしたんだ」
いや、覚えている。忘れるはずがない。あんなに楽しかった夏を、僕が忘れるはずはない。
それよりも、僕が驚いたのは、僕自身が安心している事だった。やっぱり、あの夏の想い出は、本当だったのだ。
りっちゃんは、更に続けた。
「で、その夏は色んな事をして遊んだんだ。秘密基地も作ったし、お祭りにも出掛けた。『たからもの交換、しよ』って言って、たっちゃんのたからものを貰ったりしたよ」
あのお守りは、そうしてりっちゃんの手元に渡っていたのだ。だけど、交換って言うなら、僕は何を貰ったんだろう。
「私は、夏がこんなに楽しい物だなんて、知らなかったんだよね。ずっと夏が続けば良いとさえ思ってた。だけど、そうは行かなかった。
あの日は、たっちゃんと一緒に川原で遊んでた。私は川原で、綺麗な花を摘んでいたんだ。
で、ふと目を上げると、たっちゃんが川に入って行く所だった。私は、ちょっと心配に思いながら、遠巻きに見てた。
でも、たっちゃんが胸くらいまで浸かったのをみて、さすがに止めようと思ったんだ。だから、大声でたっちゃんを呼んだんだけど、聴こえなかったみたい。私も、たっちゃんを追って、川岸まで走り寄った。
でも、遅かった。たっちゃんは、私が川に足を浸したと同時にバランスを崩して、すぐに流れに飲み込まれちゃった。私は、咄嗟に川に飛び込んで、どうにかたっちゃんの体を捕まえたんだ。
けど、やっぱり子供が助けに行ったって、どっちかは死ぬんだよね」
僕の頭は、真っ白になった。全ての言葉は、ここでは無意味な様に感じられた。
「結局、私は、たっちゃんの命を守る事が出来た。もっと一緒に遊びたかったけど、仕方ないよね。しかも、私はそれで十分だったし。
川から引き揚げられて、気付いたら私は、『自分の体だった物』を、見下ろしてた。お医者さんが何か言って、そしたら、こっちに駆けつけたお母さんもお父さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんな泣いてた。みんな、私の事には気付いてなかった。多分、見えなかったんだと思う」
お祭りの事を思い出す。確か、出店の店主も、りっちゃんには気付かなかった。
じゃあ、何で僕には、見えるのだろう。
「それを見てたら、いきなり声が聴こえたんだ。あなたは死んだんだって。もう、今までと同じ様にはいられなくて、そのうち消えて行かなきゃ行けないんだって。男の人のでも、女の人のでもない声で、もの凄く冷たい声だった。
だから、私は、必死でお願いしたんだ。まだ消えたくありません。どうか、もう少したっちゃんのそばにいさせて欲しい、って。
そうしたら、『声』は、それを受け入れてくれた。でも、そのうち時が来たら、また呼びに来るって。
それから、私はたっちゃんを、見続けて来たんだ」
僕は、りっちゃんにずっと見守られていたのだ。
「でも、もうそれも終わりみたい。昨日、私が倒れたのは、『声』が言うには、エネルギー切れなんだって。この姿でいるって言う事は、物凄くエネルギーを必要としてて、もうそろそろ私は消えちゃうみたい」
「何でだよ!」
僕は、自分でも解らないうちに、そう叫んでいた。保健室の白い壁に、僕の声が吸い込まれて行く。
「りっちゃんは、それで良いのかよ!」
りっちゃんは、黙り込んでいる。僕は、そう言ってから、まずい事を言ってしまった事に気付く。
りっちゃんは、僕のせいで死んだのだ。
「あ……。ごめん」
僕は、頭を抱え込んでしまった。なんて事を言ってしまったんだろう。
「ううん。謝らないで」
りっちゃんは、困った様に笑って、すっと目を逸らした。
胸が締め付けられる様な感じがした。止めてくれよ、そんな悲しい顔をするのは。Z
「じゃあね。昨日は、ありがとう」
がらがらと扉を開け、りっちゃんは保健室を出て行く。僕はそっちを向かないで、遠ざかって行く足音だけを聞いていた。ぱたぱたと言う足音は、だんだん遠ざかって行って、やがて、僕には聴き取れない位、小さくなった。
突然、僕の心がざわつき出した。言い様のない焦りが、心臓を叩く。
だめだ。引き止めなくちゃ。
はじかれた様に、僕は駆け出した。保健室の扉を開けて、廊下に出る。
りっちゃんの姿は、もうなかった。




