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制服に着替えて、傘を持って外に出る。ぴちゃぴちゃと水溜りを踏みながら、僕は学校へと歩いた。
雨の日の商店街は、静かだった。夏の暑い盛りは、毎年商店街は静かになる。八百屋のおじちゃんも、魚屋のお兄ちゃんも、みんな暑さにやられたかの様に、店の中に籠ってしまう。だけど、雨は、店の中まで染み込んで、この町の息の根を止めてしまったかのようだった。
そのうち、バス停に着いた。僕が着くのとほぼ同時に、バスも到着した。傘を畳んで乗り込む。乗客は、僕を入れても三人しかいなかった。この町から、僕以外の人間が消えてしまったんじゃないか、と、僕はそんな事を考えてみる。
もしそうだとしたら、僕とりっちゃんは、屋上で二人きりだ。誰もいなくなった町を見下ろしながら、取り留めの無い話を、何時間でも、何日でもするんじゃないか。夜になったら眠り、朝が来たら起きて、お腹が減ったら何かを食べて。
案外、それも楽しいのかも知れない。
いや、楽しくは無いのかも知れないけど、それでも、そうしていれば、僕はその非常事態を忘れられるだろう。
バスの窓には、小さい雨粒がびっしりとへばりついていて、その上、窓が湿気で曇っている。そのせいで、外の景色は輪郭がはっきりとしない。車のライトや、店の灯が、ぼんやりとした光の玉になって、ゆっくりと通り過ぎて行く。僕は、それをぼんやりと見送った。
やがて、車内アナウンスが、高校の最寄りのバス停の名を告げた。ゆるゆると立ち上がって、僕はバスを降りた。
雨は、まだしとしとと降り続いていた。暑さを持っていない湿気が、体にまとわりつくようだ。どこかべたついた空気を切って、僕は学校へと歩き出す。
体育館からは、バスケットボール部の声が聴こえた。ドリブルをする音や、バッシュが床とこすれるキュッと言う音も、今日はよく響いている。天井に着いている橙色の水銀燈が、変に目に眩しかった。
校庭には、誰もいない。いつもはサッカー部や野球部が走り回っているのに、今日の校庭は動きが無かった。雨の中に、灰色に沈み込んでいる。
校舎の中は、外よりも暗かった。長期の休みの間だから、廊下も教室も、蛍光灯が消してある。途切れ途切れに、窓から光の線が忍び込んで、床や天井を照らしている。
僕は、昇り馴れた階段を、昇り始めた。
自分の足音だけが、冷たく階段に響いて行く。
やがて、僕は最後の踊り場に着いた。くるりと回って、屋上へ出る扉へと続く階段を、見上げた。
そこには、りっちゃんの姿は無かった。
一瞬どきりとしたが、すぐに心を落ち着ける。
別に、りっちゃんが先に来ているとは限らない。これから来るのかも知れないし、もしかしたら、こんな日に、屋上に出ているのかも知れない。
まだ、慌てちゃいけない。
僕は、十数段の階段を登りきって、ドアノブに手を掛けた。
ドアノブは、くるりと回って、重そうな音を上げながら、扉が開いた。
僕は、焦って屋上を見渡した。
目に入って来た光景に、心臓が一回、大きく波打つ。
制服姿の女の子が、仰向けに倒れている。どう見ても、りっちゃんだ。セーラー服は、長い事雨に打たれていた様で、冷たそうに、体に張り付いている。
「大丈夫?」
半分裏返った声で、そう叫ぶ。
返事は来ない。
急いで近寄って、顔を覗き込む。顔は真っ白で、血の気が無かった。胸が上下しているから、息はしているんだろうけど、それも弱々しい。薄い瞼が、力なく閉じられていて、僕は何となく不吉な物を考えてしまう。
どうしよう。
「ねえ! どうしたの?」
それでも、りっちゃんの目は開かない。どうか、僕に気付いてくれれば、僕の声を聴いてくれれば、どうにかなるのに。まるで、透明な棺に閉じ込められているようだ。
「ねえってば!」
さっきよりも、焦りの色が濃くなって来た。でも、りっちゃんは動かない。胸の動きだけが、僕に少しの冷静さを残してくれていた。
でも、駄目だ。こうやって声を掛けていても、時間の無駄だ。
どうしよう。
そうだ、保健室だ。
そう思った僕は、りっちゃんの体の下に手を入れて、抱え上げた。意識が無い人間は重い、とよく言うけれど、全くそんな事はない。見た目以上に、軽かった。




