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翼の話  作者: 杉並よしひと
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 永遠に続くと思ったお祭りも、終わる時は来た。

 結局、りっちゃんはこのお祭りで、一銭もお金を使わなかった。大方僕が出したからだが、それでも悪い気はしなかった。なぜか、当然の様に僕はお金を払った。だからかどうかは解らないけれど、りっちゃんは、次から次へと色々な出店を転々と遊び歩いた。

 多くの人でごった返していた参道も、だんだんと人がまばらになって、それとともに一つ、二つと店も畳まれ始めた。

 それでも、りっちゃんと僕は、開いている店を探しては遊んでいた。しかし、それも限界があった。芋を洗うようだった参道から、人は消えて、今はもう数えるほどしか残っていない。

「そろそろ、帰ろうか」

「そうだね。もう、どのお店も閉まっちゃったし」

 りっちゃんの声には、元気が無い。僕も、さっきまでの気持ちが嘘の様に、畳まれて行く屋台を眺めている。

 参道の端っこから、階段を下る。ここも、道の左右の高い所に提灯が下がっているけれど、はっきり言って不気味だった。両側には境内を取り囲む林があって、いかにも何かがいそうだった。

 慎重に、急な階段を一歩ずつ降りて行く。

 八幡神社の下を通る道は、既に真っ暗だった。ぽつぽつと街灯の所だけ明るくなっている。

「あのさ」

 りっちゃんは、内緒話でもするかの様に、小さな声でこう言った。

「こんなに遅くなって、ご両親は何も言わないの?」

「ああ、僕の親はね、基本的に放任主義だから。人様に迷惑かけなければ何しても良いって言われてる」

 これは、僕が小学校へ入学する前から、ずっと言われ続けて来た事だ。

 だからこそ、僕が川で溺れた時、両親は病室へ来て、まず泣いて、次に僕を叱ったのだ。人に迷惑をかけるな、と。

 僕を助けてくれた人が、誰なのか解らない。ただ、その人には、大きな迷惑を掛けたに違いない。僕は、今でもその人に謝りたいと思っている。

 だから、両親に尋ねてみた事がある。しかし、誰が僕を助けてくれたのか、と言う僕の問いに、両親は何も答えてくれなかった。

 教えてくれないのには、何か訳があるのだろう。僕はそう悟って、それから、その事は考えない様にしている。どこの誰か解らない人が、僕を助けてくれた。その事を忘れな様にして生きて行けば、僕が人に掛ける迷惑は、減らせるんじゃないか。そう思っている。

「そうなんだ」

 りっちゃんは静かに呟いた。僕は、なんとはなしに、自分のつま先を見ながら歩いた。暗闇に、時たま浮かび上がる靴を、じっと見つめる。

 神社から、お祭りから、一歩ずつ離れて行く。その事が、僕達の間に図々しくも寝転がっていた。少なくとも、僕にはそう思えた。いつもはりっちゃんの方から話し掛けてくる事だってあるのに、ずっと俯いたまま、一言も発さない。

「ねえ、来週の商店街のお祭りにも、行く?」

「うん」

 いい返事は貰えたはずなのに、僕の言葉はりっちゃんに届かずに、夜の闇に溶けていってしまった。

 一言も話さないまま、バス停へと着いてしまった。

「じゃあ、私の家、この近くだから」

 りっちゃんはそう言うと、もう一度、ぬいぐるみのクマを抱き直した。

「これ、ありがとう。その……、凄く嬉しかった」

「……」

 どういたしまして、の一言が出てこない。

「だからさ、あの……」

 りっちゃんは、言葉を詰まらせて、悶々としている。僕には、助け舟を出す事も出来ない。

 りっちゃんは、何を言おうとしているのだろう。

 やがて、りっちゃんはまっすぐに僕を見た。でも、僕が見つめ返すと、すぐに目を泳がせてしまう。結局、目を逸らしたまま、りっちゃんは言った。

「明日も、待ってるから」

 そう言うと、りっちゃんは草履を鳴らして、浴衣の裾を押さえながら、物凄い勢いで駆けて行ってしまった。

「あれ?」

 思い返してみれば、こうして翌日の約束をしたのは、これが初めてじゃないだろうか。これまでは、約束なんか無しに、まるで偶然の寄せ集めの様に、屋上で会っていた。ふっと、気が向いた時に屋上に行けば、何時でもりっちゃんはそこにいて、本を読んでいた。

 それが、どういう事か解らないけど、逆に僕を不安にした。

 どうして、僕は不安になったんだろう。

 翌日の約束を交わす、と言う事は、それはその事が覆らないと言う事だ。覆る事を心配して、やきもきする事も無い。だから、普通に考えれば、約束を交わせば、安心出来るはずなのだ。

 それに、りっちゃんが約束を破る、と言う事も考え難い。短い付き合いだけど、そう言う事はしない子だと、僕は解っている。勝手な決め付けかも知れないけど、そう言うずる賢さとは無縁なりっちゃんなのだ。

 だったら、何で僕は不安になったのだろう。

 考えているうちに、僕は一つの可能性に思い当たった。

 約束をしなければならない、と言う事は、逆にそのままではまずいからなのだ。約束をして、繋ぎ止めて置かなければならない、何かがあるのだ。

 また明日、と言うりっちゃんの言葉を思い出す。

 これまでも、毎日の様にりっちゃんには会っている。それなのに、わざわざこんな約束をしたのは、約束をしなければ、会えなくなるかも知れないからなのだ。もしかしたら、りっちゃんはどこか遠くへ、行ってしまうのかも知れない。

 そこまで考えて、僕ははっと我に帰った。

 りっちゃんの放った、たった一言に、こんなに考えさせられている僕がいる。それは、どう考えても不自然な事だった。一人の人間の一言に、こんなに焦ったり、不安になったりしている。

「ああ、もう」

 僕は、頭をガリガリと掻くと、バス停の時刻表を見た。当分、バスは来ない。

 仕方ない。歩こう。

 風が吹いた。昼間はあんなに暑かったのに、夜の風からは湿気と熱が抜けている。頬を撫でていく風が、今の僕には心地よかった。熱を持った頭が、冷えて行くのを感じた。

 僕は、大きな伸びをして、わざとゆっくりと歩いた。


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