表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翼の話  作者: 杉並よしひと
12/26

12

 僕がまず連れて来られたのは、射的の出店だった。

「これやりたいの?」

 僕の問いかけに、りっちゃんははち切れんばかりの笑みで応えた。

「うん」

 りっちゃんの嬉しそうな顔を見て、僕もやっと心が湧き立って来た。お腹のそこから、楽しいと言う気持ちが浮かんで来て、でもそれをそのまま顔に出すのは、なんだか恥ずかしい。僕はしばらくりっちゃんの顔をまっすぐ見つめながら、自分の心と綱引きをしていた。

 そうしているうちに、りっちゃんは射的の銃を取って、景品の棚を物色し始めた。

 りっちゃんは、すっと真面目な顔になると、彼女の腕には長過ぎる銃を脇に抱えて、狙いを定めた。試しに、僕は真後ろに回って、りっちゃんの狙いを確かめてみる。

 なるほど。彼女の狙いは、白いクマのぬいぐるみの様だ。僕は、視線を銃口からそっちへと移す。

 カシャン、と音がして、コルクの弾が飛んでくる。弾はクマのぬいぐるみの左を掠めて、奥へと飛んで行った。

「あーあ」

 思わず僕は、そう声に出してしまう。しかし、りっちゃんは何も言わない。まっすぐぬいぐるみを見つめ、おもちゃのコルク銃を構えている。銃口が微かに震えている。

 僕はふと、りっちゃんの銃口から目を上げた。ふと、りっちゃんはお金を払ったのだろうかと、要らぬ心配がわき起こる。屋台のおじさんは、他のお客さんと仲良さげに話しているし、りっちゃんの方には見向きもしない。りっちゃんも、お金を払おうとはしなかった。

 相当集中しているな。僕はそう思って、それ以上は言葉にしなかった。バレたら、僕がりっちゃんの分も払えば良いだろう。もし気付かなかったなら、店をほっぽり出して客と話し込んでいる、おじさんの方が悪いのだ。

 カシャン。

 二発目もはずれだ。今度は、ぬいぐるみの右を掠めた。

 それを見て、僕はポケットから小銭を出した。おじさんから銃と弾を貰って、構える。片目を閉じて、狙いを付ける。

 カシャン。隣から、軽いバネの音がする。またも弾は外れ、ぬいぐるみは変わらずに、台の上に座っている。

 僕も、引き金を引く。少し抵抗を感じながら、人差し指を思い切り引く。

 勢い良くコルクの弾が飛んで行き、銃口から遠ざかって行く。

 僕の腕が良かった訳じゃないだろう。多分偶然だ。僕は、白いクマのぬいぐるみに、弾を命中させた。

 自分の狙っていた物が、いきなり倒れたからだろう。りっちゃんは、驚いた様にこっちへ振り向いた。

 僕は、出来るだけ平静を装って、二発目を撃つ。適当な物に狙いを付けて、引き金を引くが、当たらない。キャラメルの箱を狙ったが、やっぱり的が小さすぎるようだ。柳の下に、どじょうはいなかった。

 適当に残りの弾を消費して、僕は銃を返す。おじさんから、景品のクマのぬいぐるみを受け取って、僕はりっちゃんに話し掛けた。

「これ、狙ってたでしょ」

「うん。そうだけど……」

 明らかにしょんぼりとしている。自分の狙った物が、他の人に横取りされてしまったのだ。自分で取ってこそ射的は楽しいのに、僕はお節介働いたんだろうか。

「残念だったね。ハッハッハ」

 わざとらしく、そう言って笑ってみる。出来るだけ明るく。出来るだけりっちゃんの癪に触る様に。わざとそう言う事をする僕って、性格が悪いのかな。

 でもこれは、本心からの行いじゃない。

「良いもん」

 りっちゃんはくるりと向こうを向いてしまう。完全に拗ねている声だ。

 ただ、拗ねているりっちゃんと言うのも、これはこれで珍しい物だ。いつも、微かに、と言う注釈が着くけど、色んな表情をくるくる変えるりっちゃんだけどs、拗ねたり、塞いだり、そう言う表情は見た事が無かった。

 だから、僕はその顔を見たくて、前に回り込もうとした。しかし、向こうも気付いていた様で、くるりと、また反対側を向いてしまう。

 仕方ない。僕は諦めて、このいたずらを止める事にした。

 とんとんと肩を叩いて、呼びかける。

「ごめん。もうこっち向いてよ」

 渋る様に、りっちゃんの背中が向こうへと回り始める。もう一度、りっちゃんの顔がこちらへ現れる。彼女に目を合わせて、僕は謝罪した。

「からかってごめん」

 そして、ぬいぐるみを差し出す。

「ほら、あげるよ」

 りっちゃんは、ぬいぐるみを抱えると、上目遣いに僕を見た。まだ、信用されていないのだろうか。

「本当に、くれるの?」

「うん。あげるよ」

 その為に取った物だしね。

 りっちゃんは、しばらくぬいぐるみをしげしげと眺めていたけど、やがて消え入る様な小さな声を出した。

「ありがとう」

 その声を聴いて、隣を見た。りっちゃんは、クマの腕を動かしてみたり、時々ぎゅーっと抱きしめてみたりしている。

 喜んでもらえたみたいで、何よりだ。

「どういたしまして」

 僕も、りっちゃんにだけ聴こえる様な声で、そう言った。

 りっちゃんが聞いていたかどうか解らないけど、それはどうでも良い。僕の仕事は、りっちゃんに喜んでもらえた所で終わりなのだ。

 人ごみの動きに足を任せて、ゆっくりと本殿へと近づく。太鼓やお囃子の音が、だんだんと大きく聴こえてきて、周りを歩く人達もだんだんと賑やかになってくる。夜空に張り巡らされた提灯が僕達を明るく照らし、辺りはまるで、今が夜だと言う事を忘れたみたいに明るかった。

「でさ、次はどこ行く? どこでも付き合うよ」

 僕は、自分の声がうかれている事に気付いた。お祭りの空気に、僕も毒されて来たようだ。でも、悪い気はしない。この空気に酔ってしまったのだろうか。あんなにも苦手だった祭りの空気が、どことなく心地よくさえ感じられた。たくさんの音が、夢の中の様に僕の中へ流れ込んで来て、なんだかくらくらする。

 服の裾が、きゅっと引っ張られる。りっちゃんが、立ち止まっていた。立ち止まって、道の脇を見ている。

 視線の先を追うと、たこ焼き屋があった。

「食べたいの?」

 りっちゃんは、お腹を押さえながら、無言で頷いた。確かに、お腹がすいて来たかもしれない。

「じゃあ、食べようか」

 僕は、りっちゃんの手を引いて、屋台へと歩いて行く。

「いらっしゃい! 一人前、六個入りで三百円だよ」

「じゃあ、二人前ください」

 これを食べたら、また別の事をしよう。

 夜は、長いのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ