12
僕がまず連れて来られたのは、射的の出店だった。
「これやりたいの?」
僕の問いかけに、りっちゃんははち切れんばかりの笑みで応えた。
「うん」
りっちゃんの嬉しそうな顔を見て、僕もやっと心が湧き立って来た。お腹のそこから、楽しいと言う気持ちが浮かんで来て、でもそれをそのまま顔に出すのは、なんだか恥ずかしい。僕はしばらくりっちゃんの顔をまっすぐ見つめながら、自分の心と綱引きをしていた。
そうしているうちに、りっちゃんは射的の銃を取って、景品の棚を物色し始めた。
りっちゃんは、すっと真面目な顔になると、彼女の腕には長過ぎる銃を脇に抱えて、狙いを定めた。試しに、僕は真後ろに回って、りっちゃんの狙いを確かめてみる。
なるほど。彼女の狙いは、白いクマのぬいぐるみの様だ。僕は、視線を銃口からそっちへと移す。
カシャン、と音がして、コルクの弾が飛んでくる。弾はクマのぬいぐるみの左を掠めて、奥へと飛んで行った。
「あーあ」
思わず僕は、そう声に出してしまう。しかし、りっちゃんは何も言わない。まっすぐぬいぐるみを見つめ、おもちゃのコルク銃を構えている。銃口が微かに震えている。
僕はふと、りっちゃんの銃口から目を上げた。ふと、りっちゃんはお金を払ったのだろうかと、要らぬ心配がわき起こる。屋台のおじさんは、他のお客さんと仲良さげに話しているし、りっちゃんの方には見向きもしない。りっちゃんも、お金を払おうとはしなかった。
相当集中しているな。僕はそう思って、それ以上は言葉にしなかった。バレたら、僕がりっちゃんの分も払えば良いだろう。もし気付かなかったなら、店をほっぽり出して客と話し込んでいる、おじさんの方が悪いのだ。
カシャン。
二発目もはずれだ。今度は、ぬいぐるみの右を掠めた。
それを見て、僕はポケットから小銭を出した。おじさんから銃と弾を貰って、構える。片目を閉じて、狙いを付ける。
カシャン。隣から、軽いバネの音がする。またも弾は外れ、ぬいぐるみは変わらずに、台の上に座っている。
僕も、引き金を引く。少し抵抗を感じながら、人差し指を思い切り引く。
勢い良くコルクの弾が飛んで行き、銃口から遠ざかって行く。
僕の腕が良かった訳じゃないだろう。多分偶然だ。僕は、白いクマのぬいぐるみに、弾を命中させた。
自分の狙っていた物が、いきなり倒れたからだろう。りっちゃんは、驚いた様にこっちへ振り向いた。
僕は、出来るだけ平静を装って、二発目を撃つ。適当な物に狙いを付けて、引き金を引くが、当たらない。キャラメルの箱を狙ったが、やっぱり的が小さすぎるようだ。柳の下に、どじょうはいなかった。
適当に残りの弾を消費して、僕は銃を返す。おじさんから、景品のクマのぬいぐるみを受け取って、僕はりっちゃんに話し掛けた。
「これ、狙ってたでしょ」
「うん。そうだけど……」
明らかにしょんぼりとしている。自分の狙った物が、他の人に横取りされてしまったのだ。自分で取ってこそ射的は楽しいのに、僕はお節介働いたんだろうか。
「残念だったね。ハッハッハ」
わざとらしく、そう言って笑ってみる。出来るだけ明るく。出来るだけりっちゃんの癪に触る様に。わざとそう言う事をする僕って、性格が悪いのかな。
でもこれは、本心からの行いじゃない。
「良いもん」
りっちゃんはくるりと向こうを向いてしまう。完全に拗ねている声だ。
ただ、拗ねているりっちゃんと言うのも、これはこれで珍しい物だ。いつも、微かに、と言う注釈が着くけど、色んな表情をくるくる変えるりっちゃんだけどs、拗ねたり、塞いだり、そう言う表情は見た事が無かった。
だから、僕はその顔を見たくて、前に回り込もうとした。しかし、向こうも気付いていた様で、くるりと、また反対側を向いてしまう。
仕方ない。僕は諦めて、このいたずらを止める事にした。
とんとんと肩を叩いて、呼びかける。
「ごめん。もうこっち向いてよ」
渋る様に、りっちゃんの背中が向こうへと回り始める。もう一度、りっちゃんの顔がこちらへ現れる。彼女に目を合わせて、僕は謝罪した。
「からかってごめん」
そして、ぬいぐるみを差し出す。
「ほら、あげるよ」
りっちゃんは、ぬいぐるみを抱えると、上目遣いに僕を見た。まだ、信用されていないのだろうか。
「本当に、くれるの?」
「うん。あげるよ」
その為に取った物だしね。
りっちゃんは、しばらくぬいぐるみをしげしげと眺めていたけど、やがて消え入る様な小さな声を出した。
「ありがとう」
その声を聴いて、隣を見た。りっちゃんは、クマの腕を動かしてみたり、時々ぎゅーっと抱きしめてみたりしている。
喜んでもらえたみたいで、何よりだ。
「どういたしまして」
僕も、りっちゃんにだけ聴こえる様な声で、そう言った。
りっちゃんが聞いていたかどうか解らないけど、それはどうでも良い。僕の仕事は、りっちゃんに喜んでもらえた所で終わりなのだ。
人ごみの動きに足を任せて、ゆっくりと本殿へと近づく。太鼓やお囃子の音が、だんだんと大きく聴こえてきて、周りを歩く人達もだんだんと賑やかになってくる。夜空に張り巡らされた提灯が僕達を明るく照らし、辺りはまるで、今が夜だと言う事を忘れたみたいに明るかった。
「でさ、次はどこ行く? どこでも付き合うよ」
僕は、自分の声がうかれている事に気付いた。お祭りの空気に、僕も毒されて来たようだ。でも、悪い気はしない。この空気に酔ってしまったのだろうか。あんなにも苦手だった祭りの空気が、どことなく心地よくさえ感じられた。たくさんの音が、夢の中の様に僕の中へ流れ込んで来て、なんだかくらくらする。
服の裾が、きゅっと引っ張られる。りっちゃんが、立ち止まっていた。立ち止まって、道の脇を見ている。
視線の先を追うと、たこ焼き屋があった。
「食べたいの?」
りっちゃんは、お腹を押さえながら、無言で頷いた。確かに、お腹がすいて来たかもしれない。
「じゃあ、食べようか」
僕は、りっちゃんの手を引いて、屋台へと歩いて行く。
「いらっしゃい! 一人前、六個入りで三百円だよ」
「じゃあ、二人前ください」
これを食べたら、また別の事をしよう。
夜は、長いのだ。




