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七月も終わりに近づくと、屋上の暑さにも馴れ始めた。ここは案外風通しが良くて、少しも風がない地面に比べれば、幾分過ごし易い場所なのだ。
下界の、ゼリーの様な重い空気を押しのけて、屋上へ向かう。やっぱり、りっちゃんはそこにいた。
「お祭りに行こうよ」
りっちゃんは強い口調で、そう言った。昼下がりの太陽は、けだるそうにコンクリートを照らしている。
「え?」
全く脈絡が無くそんな事を言い始めたから、僕は思わず訊き返してしまう。
「だから、お祭りに行こう」
りっちゃんはそう言って、僕の目を覗き込む。期待に満ちた目が、本当に子供みたいだ。裏があるんじゃないんだろうか? 思わず疑ってしまう。
「なんで、僕となの?」
もっと別の友達とか、誘って行けば良いんじゃ無いだろうか。
「だって、みんな忙しいらしいしさ。達也は絶対に暇でしょ?」
「まあ、そうだけどさ」
この町のお祭りは、一夏の間に三、四回ある。二つある商店街や、神社がバラバラに行うから、その度に賑やかなお祭りが楽しめる。
でも、そんなお祭りを楽しめたのは、小学校までだった。友達はだんだん忙しくなり、僕も、縁日の明るい灯に魅力を感じなくなって行った。何でも無いたこ焼きや綿飴が、恐ろしく高い。周りはみんな何人かできているのに、僕だけは一人だ。一人でこんな所へ来たって、寂しいだけだった。寂しいわけじゃない。でも、それじゃお祭りが楽しく無いって事も、十分解っていた。
綺麗な物は、綺麗な物のままでいて欲しい。そのうち、僕はお祭りへ行かなくなった。
「じゃあ、決まり。今日の五時に、八幡神社の階段の前に集合ね」
思わず、うん、と言いかける。けど。
「あと二時間ちょっとなんだし、ここから直接行けば良いんじゃない?」
ここから一旦家に帰るのは、ちょっと億劫だ。バスに乗って、十五分くらい戻らなければならない。八幡神社はその帰り道の途中にある。僕としては、直接向かいたかった。
「達也は何も準備要らないだろうけどさ、私は色々準備があるの」
りっちゃんはそう言って、わざと頬を膨らませるのだった。僕は準備の中身を察しながら、敢えて、
「そう言う物なんだ」
と応えてみた。
「そう言う物なんだよ」
りっちゃんはそう言って、さも面白くてたまらないかの様に、含み笑いをした。つられて、僕も笑ってしまう。
「でもさ、何でいきなりお祭りなの? なんと言うか、そう言うのに興味ないかと思ってたんだけど」
僕が知っているりっちゃんは、いつも屋上で本を読んでいる。華やかなお祭りや、賑やかな踊りとは、接点がなさそうに思えたのだ。
「私だって、お祭りが嫌いな訳じゃないよ」
りっちゃんは、笑い終えた後の静かさの中で、そう答えた。
「ただ、達也と行ったら楽しいかな、って思っただけだよ」
「それはどうも、ありがとう」
こう言ってもらえて、嬉しく無いはず無いだろう。
「どういたしまして」
わざとらしくお辞儀をするりっちゃんを見て、僕はまた笑い出してしまった。
太陽は、まだ沈みそうに無い。




