笑顔
小学生女子がわいせつ行為を受け、いじめや親から罵声を浴びせられる話なので、かなりの方が気分を害されると思います。
それを踏まえて、フィクションだし大丈夫、ならいいですがそれは無いわ、と思われる方は閉じてください。
いつもお母さんが言ってました。
「悲しくても笑顔よ、きっと良い事があるわ」
「困っている人には優しくしてあげるのよ」
だからお母さんが喜ぶように、私は頑張りました。
よく出来たり、すると褒めてくれます。
「愛梨、凄いわね」
嬉しくなって笑うと、笑顔が素敵よと頭を撫でてくれます。
お母さん、私、すごいですか?
ある暑い日です。
「どうしたの?おじさん」
学校の帰りに道で座り込んでいたおじさんを見かけました。
お父さんと同じ服を着ているので、会社員さんだと分かります。
どうして座り込んでいるんでしょうか?
「足が痛くてねぇ、少し休んでいるんだよ」
「大丈夫?何かお手伝いできる?」
「優しい良い子だねぇ」
おじさんの言葉に嬉しくなりました。
「ちょっとこっちで肩を貸してくれるかい?」
「はい、いいですよ」
お父さんよりも大きいおじさんは私の肩を掴むと、立ち上がりました。
「今日も暑いねぇ、少し涼みたいから木の陰に入りたいな」
おじさんの背後にある木の陰と建物の間を指差しました。
「へびとかいない?」
「いたら、おじさんがやっつけてあげるよ」
「うん…」
少し怖いので動かないでいると、おじさんが呻きます。
「ああ、暑い…助けて欲しい…」
「はい、わかりました」
私が一歩一歩と木の陰へ向かいました。
それが全ての終わりになると気が付かずに。
「ああ、涼しい」
木の陰に入ると、おじさんが笑ってくれました。
「良かったです」
良い事をしたと私は満足すると道へ戻ろうとしましたが、腕を掴まれました。
「待って、足が痛いから擦ってほしいんだ」
「…はい」
おじさんの側へ戻ると膝をついて擦りました。
「ああ、楽になる。なんてキミは良い子なんだ」
良い子、それで嬉しくなります。
「柔らかいね、すべすべの肌だ」
おじさんが私の腕を擦ってきました。
「とっても気持ちが良くなるよ、羨ましい」
少し嫌だったので、離れようとしたら肩を強く掴みます。
「おじさん、痛い」
「もっとキミの体を触れば、おじさんは気持ちが良くなって足の痛みなんてなくなるね」
後は恐怖でした。
叩かれ、服を破かれ、続くのは痛みと恐怖と、震え、鼻につく臭い。
良く憶えていませんが、誰かが叫んでくれたのだけ分かりました。
目を開けたら、病院だったので夢だと思いました。
でも病室へいろんな人が来て、その夢の話を聞いていきます。
何度も同じ話をしているうちに、夢じゃなかったと分かりました。
それは側にいたお母さんの絶叫からです。
顔を綺麗な爪で傷つけ、叫んで頭を壁にぶつけ、泣いてます。
「お母さん、泣かないで」
「愛梨、愛梨、愛梨ー!!」
一生懸命お母さんに笑いかけますが、泣いて大声で叫ぶばかり。
「お母様落ち着いて」
周りの人がお母さんを連れて部屋を出て行きました。
「お母さん」
家に戻ってもお母さんは私を見てくれません。
悲しいけど笑いました。
だってお母さんがいつも言ってました、笑うといい事が。
学校にいくと、友達が私を見つけてくれたのだと知りました。
見つけてくれた友達にありがとうと言うと、何があったのかどうしたのか、色々聞かれました。
最初はみんな優しかったけど、どんどん離れていきました。
私に触りたくない、そう言われた次の日、給食の牛乳を頭にかけられました。
あの日の再現だそうです。
先生が注意してくれましたが、私をみてため息を着きます。
「しばらく学校は休んだほうがいいかもしれないわね」
しょうがないのよ、と先生が言いました。
私は、はいと頷くしか出来ませんでした。
でも大好きなお母さんと一緒にいれるのだから、良かったと思いました。
「お母さん」
お母さんが褒めてくれた笑顔で話しかけても、怒鳴り声か叫び声しか返してくれません。
笑って、笑って、いつかお母さんが戻ってくれると我慢しました。
今は少し疲れているだけなんだと。
「あんた馬鹿なの!?ヘラヘラ笑って気持ち悪い、だから変なのに騙されるのよ!!」
「お母さん」
「ちゃんと分かっているの!?知らない人についていかないって当たり前の事が分からないなんて!!」
「…お母さん」
「最低!最悪!気持ち悪い!何をされたか分かってないんでしょ!ほんとバカバカバカ!!」
「…さん」
「いやぁあああ!触らないで!!もうあんた綺麗な体じゃないのよ!!」
「……」
「その気持ち悪い笑い止めてぇええええ!!」
笑っていればいい事が、笑っていれば…。
お母さんは部屋から出なくなり、優しくしてくれていたお父さんも顔を向けてくれなくなりました。
暗い、暗い家で、私はただ端っこに座っていました。
お母さんが眠り薬をたくさん飲んで、病院へ運ばれていったからです。
救急車にお父さんが乗っていきました。
私は家に1人です。
1人でテーブルに座りました。
いつもお母さんがご飯を乗せてくれていたテーブルには、パンとバナナとお弁当が置いてあります。
温かいご飯を食べたのは、いつだったか。
私は何を間違えたんでしょうか。
何が悪かったんでしょうか。
私の笑い方が悪かったんでしょうか。
「愛梨」
久しぶりに名前を呼ばれました。
「初めて会うね。私はお前のおばあちゃんだよ」
首を動かし、声の方向を見ると女の人が立っています。
「おばあ…ちゃん?」
「こんなになるまで放って置いて…連絡が遅すぎる」
おばあちゃんと呼ばれた人は、私を抱きしめてくれました。
とてもいい匂いがして、暖かかったです。
「ご無沙汰してます」
「話はしたくない。書類にサインだけしなさい」
「はい」
「全く、駆け落ちした結果がこの様とは…」
病院から帰ってきたのか、お父さんもいました。
「お母さんは?」
「愛梨…」
「あの娘は…お母さんは病気になったから、病院にいるんだよ」
「すまない、愛梨…」
「だから、おばあちゃんと一緒に行こう」
「お父さんは?」
「お父さんはお母さんのお手伝いをしなければならないからね」
「分かった。お邪魔にならないようにする」
「なんて良い子なの」
久しぶりに聞いた『良い子』。私は『良い子』ですか?
「近藤、先に行くから書類を」
「はい」
黒い服を着たおじいさんが部屋に入って来ました。
「さ、新しいお家に行こう」
「ううっっううう」
お父さんが声を唸ってます。
おばあちゃんに手を引かれて家を出ようとしましたが、お父さんのところへ戻りました。
「お父さん、泣かないで」
「愛梨、愛梨ぃいいい」
私に抱きつくと、お父さんが泣いてしまいました。
「さ、行こう。愛梨」
「はい。お父さん、行ってきます」
おばあちゃんの暖かい手を取り、家を出ました。
外は寒かったのですが、おばあちゃんが巻いていた布を私にくれました。
「まずは服を買わなくちゃね。お風呂も一緒に入ろう」
「はい」
飛行機や車にたくさん乗って、おばあちゃんの立派な家に着くと、私は驚きました。
とても大きくて綺麗なところだったからです。
「愛梨、今日からは、頼元愛梨と名乗るんだよ」
「どうして?」
「学校で嫌な事があったろう、それはお前が変な人に捕まったからだ」
「…………はい」
「お前は新しい名前で学校へ行くんだ。大丈夫、遠く離れているから知っている人などいないよ」
「………」
「おばあちゃんと一緒に勉強していこう。今度こそ間違えないように」
「はい」
「かわいそうに、表情が無くなるまで追い詰められて…」
おばあちゃんが優しく抱きしめてくれました。
顔も少しお母さんに似ているので、やっぱりお母さんのお母さんなんだと思いました。
今度は間違えずに。
私は、出来るのでしょうか。