4.猶予と覚悟
翌朝、私は車に乗せられて連れられていた、
運転手は私を助けてくれた女性。
車は、割としっかりとした乗用車。
車道に突き飛ばされた時のようなあんなオンボロじゃない。
でも、あの車でもこの女性の運転なら乗っても大丈夫かもしれない。
酔わない運転を心掛けてくれるから……
ここに来るまで黒服に見つかることなく、
順調に女性の言う目的地に近付いていた。
「どこに向かっているか教えてくれませんか?」
「大切な場所、とだけ言っておくわね」
「黒服の集団はあの後どうなったの?」
「多分、血眼になってあなたを探しているわね。
まあ、ここに居るなんて思って無いでしょうけど」
「はぁ……」
溜息が出る。退屈だから。
なんでこんな事になってしまったのかな……
考えようと思っていた矢先に。
「到着よ」
「え、思ったより……」
早かった。割と近かった。
「降りて。
ここまで来れば、あの黒服は追ってこないから」
「本当に?」
「本当よ」
降りて、そのビルの名前を見て驚いた。
「えっ……この名前って……」
「そうね、あなたの知っている名前よね」
知っているも何も、幼い頃に亡くなった父親の苗字です。
今は母親の苗字を名乗ってるけど……
このビルを見た時、何があったのか少し理解した。
その会社は、結構世間で知られている会社。
「このビルに、入るの?」
「そうよ、とりあえずついてきてね」
言われるがままに、私はついていく。
連れて来られた部屋は、ホテルの貴賓室のような部屋。
とても広くて、大きいけど落ち着かない。
「私には、身分不相応な場所だよね……」
「そうでもないわよ。
あなたは、自分が思っている以上に魅力的。
この部屋が似合うくらいにね」
「そ、そうですか?」
「そうよ、もっと自信を持ちなさい。
お姉さんとの約束よ、忘れないでね」
「ありがとうございます」
「だからこそ……ね」
お姉さんは、私の事を抱きしめてくれる。
「上手く立ち回れば、あなたの意思が尊重されるの。
それまでに手を打たれたら、負け……」
「え……それは……」
「自分を信じて、そして信じたいと思う人を、最後まで信じてね」
そう言って、用事があるらしくお姉さんは私から離れて部屋を出て行った。
「気分はどうだい?」
「あんまりよくありません」
夕方になって、一人の男の人がやってくる。
聞いた事のある声、彼の弟くん。
「なんでこんな所に私がいるのか、
よくわからなくなってきました」
「まあ、一つここはのんびり楽しんでみてください」
「答えになってないじゃないですか」
「いいえ、今は楽しんでいてもらわないと困るかな。
後で思い出になるから、尚の事ね」
嫌な予感しかしない。
こんな場所に長居していても……
本当に、大丈夫なのか不安になってきた。
「ここから外に出るのは……」
「許可できませんね。
危険が迫っているのにそれを是とする事など……」
黒服の男達に捕まったら、それはそれで困る。
だけど、ここに閉じ込められるのも嫌。
彼の妙な監視を払いのけてしまったはずの私が、
待つことしかできないままの状態でいるなんて、耐えられない。
「冷静になって欲しい。
選ぶのは……あなたなんですよ……」
「え?」
「黒服に捕まって酷い人生を送るか、
それともこの場所に留まり策を講じた上で、
大変な道のりを歩むか……」
「私には、その二つしかないの?」
無言で、頷かれた。
「このまま人生を放棄するのならば……
それはそれで構わないけど、お勧めはしない」
「まるで私に行動を起こして欲しいかのような言い方だね」
「内心ではそう思っていたとしても、
今はそれを認めるわけにはいきません」
認めた……
今この瞬間から、彼もまた助けてはくれた相手だけど、
完全に味方だとは思えなくなってしまった。
「先に言っておきますが、兄は無事ですよ」
「何で彼の事が出てくるの?」
「兄がいないと始まらないから」
「もう、何が何だか……」
「ただ、今のところは無事……とだけしか言えないかな」
微妙に含みのある答えを聞いて、途端に私は心配になった。
私を護ろうとしてくれた彼は多分、
今も何処かで私のために戦ってくれている。
「元を辿ればあなたが原因なんです」
「私が原因なの?」
「当たらずとも遠からずだけど、
そうしなければ活路は見出せなかったから仕方ない」
呆れた顔で彼の弟はそう言った。
何がどう仕方ないのかはわからないけど、発端は全部私。
「とりあえず移動しましょう。ついてきてください」
「嫌です」
「種明かしはある程度されているとは思いますが、
現実を見て考えて欲しいからです」
「それならば……」
逃げたいとは思ったけど、見なければならない。
そう思ったので、私は大人しくついていった。
大きな催事場がそこにあった。
設営されているのは、パーティー会場。
そう、私の誕生日を祝うべく用意された場所だった。
「やっぱり、私には身分不相応だよ。
家でのんびり友達と一緒にお祝いしてもらった方が良かった」
「大丈夫ですよ、ここで出逢える方々は……
これから時間を掛けてお友達になれる方々ばかり。
臆せずに話せば、上手く馴染んでいけるはず」
「そんなの……わからないよ」
知らぬは本人ばかりなり。
まさかこんな事になっているなんて思わなかった。
でも、このままだと私は流されるまま受け入れなければいけなくなる。
そんなのは、やっぱり嫌かもしれない。
私は自分が座らされるであろう場所に近付いた。
「明日の夜、ここで誕生日を祝います。
その時までに考えるべき事は山ほどあるはず」
「疑問しか浮かんでこないよ」
「受け入れるしか道は無いかなと」
「あなたに……決められたくはありません」
「決めるのは、己次第です」
また、同じ事を聞いた。決めるのは私……
「そろそろ戻ろうか。あまり長居をすると問題になりかねない」
そう言って、私は再び部屋に戻された。
彼の弟は、まだ私と共にいた。
「あんな物を見せて、何を考えてますか?」
「知れば、後ろを見る余裕がなくなる。
残された時間を、楽しんでください、お嬢様」
「え……お、お嬢……様?」
無言で、こくりと頷かれる。
つい先日まであった日常にはもう、戻れない。
今はっきりと、目の前で叩き壊されてしまった。
こんな大きな会場でパーティーをするなんて、
そういう身分の人間でなければ有り得ない話。
私はつまり、そういう身分の……
「本当はルール違反寸前の行為なんだけどね。
知らないままでは決断できないと思って面倒を引き受けた」
あ、ちょっと声のトーンが違う。
これは本音、建前とか全く持たない言葉……
「損な役回りは大っ嫌いなんだよ……
という事で、今日はここで寝てください」
やっぱり、ここで寝泊りしないといけないのね……
こんな場所だと、昨日よりも寝れなくなりそう。
「残された時間を大切に。
後は……兄の後任者達が上手く処理してくれれば良いんですがね」
「処理?」
「気にしないでください、こちらの話です」
また気になる事を言って……
私に何を知らせようとしてくれているの?
「但し、逃げられるとは思わないでください。
逃げれば、黒服の餌食になるとだけ」
「はい……」
きっと警備は厳重だから逃げ出せないと思うので、素直に従おう。
流される事しかできないのは嫌だけど、
慣れてしまえば、何も感じなくなるのかなと思った。
だから、内心では焦っていた。
サプライズで仕掛けたパーティーだったと思うのに、
それを明かしてくれた弟くんの行動。
私に何かを伝えたいから、あえてこんな方法を取ったのかもしれない。
「それでは、失礼しました」
弟くんが出て行った後に残る静寂。
日常から離れた先にあったのは、とても寂しい場所だった。
「こんな時彼がいてくれたら、どれだけ心強いかな……」
そんな、独り言。
でも、こんな言葉が口から出てくるくらい……
私は彼の事を思い出して、その存在を求めていた。
「あんな事、言わなければよかった」
今になって後悔する。色々と知った今なら……
今の私はきっと、彼を無闇に責められない。
彼は彼で、とにかく私を護ろうとしてくれていたのだから。
「そうならそうと、言ってくれればよかったのに」
知っていれば、あんな事で怒る必要も無かった。
彼の優しさは、十分に知っているから。
「駄目だね、私」
考えないようにと思っていたのに、真っ先に彼の事を考えて。
寂しさが、募る。
「大好きなんだもん、仕方ないよね」
もう諦めよう。この気持ちは誤魔化せない。
とにかく仲直りしないといけない。
次に逢えるのなら、絶対に……
そんな事を思いながら。
慣れない場所で、必死に寝ようとしてた……
結局、そんなにしっかりと寝れないまま朝が来てしまった。