幕間.裏方達の戦い
<対峙する者>
彼の弟は、外に居た。
目の前には黒服の人々がいる。
「ここから先には行かせませんよ」
「時間が切れたとしても、あの女性さえ連れて行けば良いというのに……
まさかここで押し留められるとはな」
「残念ですが、今回の仕来りは問題なく達されました。
ここで引いてくれませんかね?」
あくまで冷静に、説得をしようとする青年。
黒服たちは苛立っている。どうやら聞く気はないらしい。
「こうなれば、実力行使だ!」
「仕方ない。全員に告げます、彼らを捕縛してください」
暗闇に隠れて待っていた青年の味方が、道を塞ぐようにやってくる。
幾度かの閃光の後に残っていたのは、
あっという間に黒服たちが捕まえられた光景。
「こ、これほどとは……」
黒服の中で一番偉いであろう人物が、青年を睨みつける。
「あなた方の主人は、
そんな強引な方法でしか人を好かせることのできない腑抜けなのか」
「否定……できんな」
黒服の男は呆れ顔で答える。
主人が情けないと思っているのも、彼らにとっては当然の認識なのだろう。
少々、同情したくもなるかもしれない。
「これ以上関わると、色々と厄介な展開しか思い浮かばないのですが、
それでも黒服の皆さんは我々と事を構えますか?」
「脅せる程の力を持たない貴様らが……」
それでもまだ、黒服たちは屈そうとしなかった。
「お嬢様を車道に突き飛ばし危険な目に遭わせたのは……
何処の組織にいる人々でしたかね?」
「なっ……」
「うちの会長は相当腹を立てていた、とだけ言っておきます」
にやりと、青年は黒服たちに黒い笑みを向けた。
「さて、どちらにしますかね。
自分達で撤収するか、気絶させられてそのまま送り返されるか……」
黒服達は状況を見て、無理と悟ったのだろう。
「撤収するぞ……」
「こ、このまま引いては……」
「これは命令だ!」
黒服の仲間達は口々に引く事を戸惑う言葉を嘆いていたが、
命令とまで言われては仕方ないと想い、従った。
「引いてくれましたか。さて、撤収を……」
そこに一台の高級車がいた。
「成り行きを見ていたのか、あの腑抜けの婚約者……」
車はそのまま下がり、夜の闇へと消えていった。
背後にこれがいるならば、確かにそう簡単には逃げられない……
本当に、無能な主人に仕える彼らにも少し、同情する。
「これで、終わりだな」
青年はそう呟いた。
後は、今後の妨害を何とか防ぐだけだが……
任務の終わったとても心地良い一日。
先程手助けをしてくれた仲間に連れられ、
青年はその場から去っていった。
<車の中の出来事>
オンボロ軽自動車の中。
運転席に座って眠気と戦いながら運転するお姉さんと、
後部座席で幸せそうに眠っている二人がいた。
「本当、寝てる姿も既に夫婦のそれよね……」
そんなことを彼女は呟いているのだが、
多分二人には聞こえていない。
「えへへ……」
いや、夢の中でもしっかりと聞こえていたのかもしれない……
「とりあえずあと少しで到着だけど、
幸せそうな二人の邪魔をするのは可哀想だから、
このまま朝まで寝かせてあげた方が良いわね……」
本来ならば泊まるはずだった家の駐車場に辿り着いても、
彼女は車を降りることなく朝を待っていた。
後ろの二人が、あまりにも気持ち良さそうに寝ているから。
「いいわね……若いって」
呟いた言葉は、誰にも聞こえる事はないだろう。
自分も十分若いのには違いないけど、
この二人を見ているとどうしても自分の歳を考えてしまう。
「いつでも手の届く、近くに居るわ。
何が起きても助けてあげるから、きっと……」
結ばれた二人だからこそ、幸せになってほしい。
二人だけで手に負えないものは、一緒に背負ってあげるから。
「んっ……」
後ろで聞こえる二人の寝言が甘ったるくて、
この場にいるのが少々堪えてきている。
「眠るわけにはいかないのよね……辛いわ……」
暫くして、空が明るくなり始めるまで……
異様なほど甘い空間の中に放り込まれている彼女の苦悩は、続いた。
最後の方は……眠気よりも、時折聞こえてくる甘ったるい掛け合いの方が辛かった。