1.拒絶の日
今日もまた、私と彼は並んで帰っていた。
主に、彼に無理矢理引っ張られて帰らされているだけなんだけど……
「離してよ……」
「そうはいかない」
「離してっ!」
私は無理矢理彼の手から逃れた。
だって、ただ引っ張られているだけだったから。
「離したら、何処か遠くに逃げるだろう?」
「逃げたいの!」
あえて何処に逃げたいのかなんて考えていないけど、
とにかく今の彼と一緒に居たいとは思わない。
「俺と居るのが、嫌になったのか」
「そうよっ!」
私がそう言うと、掴まれていた手を離された。
これで、私は逃げられるのに、彼は何も言わない。
少し前から、私の行動を色々と束縛してくる彼。
黙殺してくる彼に、今日こそ言わなければならない。
私は最近の彼の行動に、うんざりしているのだから……
「さよなら、もうこれ以上付きまとわないでください」
「そうか、別に俺としてはそれで良いんだけどね。
その言葉を言ってしまった事、後悔するなよ?」
「後悔なんて、するものですか!」
私から切り出した別れ話。
それなのに彼は、あっさりと受け流そうとしたので、
内心で募らせていた苛立ちが更に酷くなっていく。
「本当に嫌なんです、これ以上付きまとわないで!」
「監視されているのが嫌なのか?
残念だけど、別れても君に付きまとう事は止められない」
「いい加減にしてください!」
普段から読み取りにくいと感じていた彼の表情が、
今日は格段と読み取りづらくなっている。
こんなに無表情だと怖さが増して近寄りたくない。
「忘れるな、俺は俺の意思を曲げるつもりは無い。
それはお前が一番良く知っているはずだ!」
その言葉に何かとてつもない恐怖を感じる、私。
何があっても、私の自由を奪うつもりなんだと思った。
「ま、待てっ……」
「待ちません、ついてこないで!」
そして、私は逃げ出す。
平穏な毎日を、失わないために。
後から思うと、それを聞き入れておけばよかった。
巻き込まれていた事に気付いてから思っても仕方ないけど……
あれから、家に帰っても何も起きなくて。
彼が近付いてくる気配も無いし、後をつけられている気配も無かった。
元々ストーカーとかしそうにない人だと思っていたので、
よく考えてみると、あれは彼なりの警告だったのかなって……
何処か、寂しいと思ってしまう時があった。
その時はいつも、彼の事を考えてしまう。
付きまとわないでと拒絶した後から、思う。
ひょっとして私、彼に護られていたのかな?
もう一度、ほんの僅かでもいいから彼の気配を感じたく思ってしまった。
でも、無表情に近いからちょっと怖かったんだよね……
もう少し色々と表情に出してくれると、良かったのに。
そうすればもっと信じられたかも。
彼の”護る”という誓いを……
今日もまた、平凡な一日が始まって、終わる。
少しだけ寂しい毎日を過ごす私がそこに居た。
いつも一緒に居てくれたわけじゃないけど、
それでも一緒に居てくれたのは嬉しかったのだと、思い出していた。
まあ、あの人は彼氏として付き合うには少し難しかった相手のかな。
結構頼りになる人だった……はずなんだよ?
でもその心配性な考えが、少しだけその……嫌になっただけ。
私の行動を色々と見張ってみたり、調べたりしていた。
それについて怒鳴った、発端はそれだけ。
揉めて、揉めて、更に揉めた挙句、彼は実力行使に出ようとしていた。
そして、更に揉めた結果があの別れ。
だって……
有名人とか重要人物のような相手を警護しているのではないのに、
人目にあんまりつかないようにして欲しいとか、
友人と逢うのも暫くは止めてほしいとか……
こちらとしては、身動きが取れなくなるし……
自由な時間が減ってしまうとか、嫌だ。
彼の独占欲に振り回されて、束縛なんかされたくない。
でも、今の私は……
自由になった代わりに、自分の身は自分で護らないといけない。
軽い気持ちで思っていた事だったのに、
実際に自分が巻き込まれてしまうなんて、全く考えていなかった。
本当に、本当に……
人は、その時にならないと気付けない。
彼を振った時にはもう、巻き込まれていたのだから。