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  作者: 関西人
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転校生は破天荒

   第二章 転校生は破天荒


「起きてー。ねえ、起きてってばー」

 耳の近くで誰かが僕を起こそうと懸命に喋りかけてくる。喋りかけられるだけならまだいいんだが、体を揺するのは勘弁してほしい。本当に目が覚めてしまう。

「目覚まし鳴ったら起きるから……」

 布団を巻き込み、豪快に寝返りを打つ。

 去ったのか、呆然としているのかは知らないが、ようやく静かになった。

「ふーん? いいよ? そっちがその気なら……」

 そもそも誰が起こしに来ているんだ。

 母親がまず一番あり得ないし、父親はそもそもいない。

 あり得るとしたら杏だが、杏の場合は起こしに来る義理がない。

 昨日は色々あって疲れたんだからゆっくり眠らせてくれと文句を言うべく、僕が薄目を開けようとしたその瞬間。

「っ!」

 目の下に何かが塗られ、強烈な刺激が眼球を襲った。

 僕は思わず飛び起きて、涙目になりながら犯人の方を見る。

 犯人の正体は、昨日と同じ服装で片手に液体のかゆみ止めを持ったイオンだった。

 その姿を見て思い出す。昨晩のは夢でもなんでもなく現実だったのだ、と。

「やっと起きた。おそーい」

「遅いって……まだ目覚ましも鳴ってないどころか、五時なんだけど」

 それに起こすためにやることがかゆみ止めを目の下に塗ることだなんて過激すぎる。ショック死しても何らおかしくはない驚きと刺激だった。もうほとんど起きかけていたときを見計らってやったのだとするととんでもない策士だ。

「どうしたの? 頭抱えて」

「いや……こういうやつと昨日出会ったのは夢じゃなかったんだなって思って」

「うん。現実だよ?」

 夢である可能性など微塵もないとばっさり切り捨てられ、現実を突きつけられる。

 仕方ないと諦め、一つため息をついて、ベッドに腰を下ろす。昨日の話をしたときとは逆の構図になっていた。

「で、こんな時間に僕を起こしてどうしたんだ?」

 昨晩は結局母親のお土産に買ってきたチーズケーキを食べた後はイオンがどこかに行ってしまった上に僕も疲れていたのかすぐに寝てしまい、何をしていたのかは知らないが、こんな朝から起こされてはたまったものではない。

 イオンはきょろきょろと僕の部屋を見渡し、テレビを指さしながら。

「あれ頂戴?」

 とびきりの笑顔でそう言ってきた。

「は?」

「ダメ?」

「いやダメというか……」

「無理なら貸してくれるだけでもいいから!借りパクとかしないから!」

「そういう問題じゃなくて!」

 勢いに任せて小学生同士の貸し借りのように言うイオンの言をいったん区切るために、僕は少しだけ大きな声を張る。

「ワケを言え、ワケを」

「ゲームがしたいから」

 臆面もなくイオンは言い切った。

 僕はこの朝二度目の重いため息をつく。この返答自体は予想していなかったが、同時に妙に納得できるものだったからだ。

「昨日の説明聞いてるときから薄々感づいてはいたんだけど、やっぱりゲームが好きだったんだな」

「えへへ。変?」

「悪魔がゲーム好きってシュールにも程があると思うんだけど」

 あと個人的には悪魔云々以前に可愛い女の子がテレビ画面に向かってコントローラーを握っている姿というのも不釣り合いだと思う。その姿にギャップのような何かを感じていいとは思うし、個人がどんな趣味を持とうと自由だとは思うのだけれども。

「いいでしょー、別に」

 少しだけふてくされたようにそっぽを向く。

 その様子に苦笑し、ふと気になったことを聞いてみる。

「悪魔ってゲームだと敵役になることが多いけど、そのあたりは納得してるのか?」

「出来れば悪魔が主人公でわさわさと湧いてくる天使を薙ぎ払ったり、大天使とかを切り倒していく爽快感あふれるゲームとか、悪魔が天使を打ち倒すまでを描いたシミュレーションゲームとかやりたいけど」

「どれだけ鬱憤溜まってるんだ」

 ぶつぶつとつぶやき続けるイオンの姿を見るまでもなく、この質問は地雷だったか、と反省する。

 悪魔が天使を蹂躙していく想像をしているイオンを止めるべく、質問をずらす。

「でもなんでイオンはゲームが好きなんだ?」

 悪魔で俗文化に身を置いているのはイオンだけだと信じたい。

「うーん……。考えたこともなかったなあ」

「いつから好きだったとかもないのか?」

「そうだね。気が付いたらやりたくてやりたくて仕方ないほど好きだったから覚えてないというより、分からないんだ」

「中毒なレベルで好きなんだな」

 もはやただの依存症だろとまでは言わないでおく。

「流石に震えはしないけどね?」

「一日二日やらなかったから、禁断症状出ましたとか言われても困る」

「でも、そうだね。好きなものに理由なんてないんじゃない? 好きなものは好きなんだから仕方ないじゃない」

「どや顔決めているところ申し訳ないが、ふつうのこと言ってるだけだからな」

 僕は半眼で突っ込みを入れる。

 分かったのはきっかけなんてなくゲームが好きで、しかも依存症であること。

「これはひどい……」

「え?」

「いや」

 かぶりを振って、仕切りなおす。

「とりあえず、話は分かった。僕はテレビあんまり見ないから勝手に使ってもいいよ」

「やった! ありがと、ミズキ!」

 よほど嬉しかったのか、イオンは飛び込んで抱きついてきた。

 そのまま一緒にベッドに倒れ込むということは避けられたが、抱きつかれた状態というのは変わらない。

 服の上からでは目立たないふくよかな部分が押し当てられたり、女の子特有の柔らかさを感じたりして、僕は焦った。

「お、おい! 離せって!」

 声が上擦ってしまった。

「はいはい」

 可愛い女の子に抱きつかれて嬉しくないわけがないというか勿論嬉しいのだけれど、さすがにこれ以上為すがままにされていると理性が心配だったので、離れてくれて正直なところ助かった。惜しくないと言えば嘘になるのだけれど。

「じゃあ、これ借りてゲームするね?」

「さっきも言ったけどいいよ」

「よしよし、お姉ちゃんの言うことを聞く素直な弟でよろしいよろしい」

「誰が姉だ!」

「えっ……もしかしてミズキって我儘で振り回してくる妹キャラの方がいいの……?」

「そんな深刻そうな顔で悩むな! 僕にそういう趣味はない!」

 一人っ子だったから兄弟に憧れたこともあるけれど、幼い頃から杏を含め同世代の友人には事欠かなかったということもあり、そこまで強いものではない。

「あはは。てっきりリサーチ失敗してたのかと思ったよ」

「いや、僕はその姉キャラの方も含めてそういう趣味はないって言ったんだけどな……?」

 あとリサーチってなんだ。僕は悪魔に探偵紛いのことされてたのか。ストーキングと言い換えてもいいかもしれない。ただ悪魔が実際に人智を超えた力を持つのは昨晩見ているから、本当に何をされているのか分からないのは怖いところだ。

 イオンは僕の抗議もどこ吹く風で、おもむろにテレビの方へ近寄って行って触っていた。

「ねえ、ミズキ。もしかしてもしかするとミズキの家ってお金持ち?」

「そんなことないよ。普通の一般家庭だとは思うけど」

「でもミズキの部屋にもプラズマテレビ? が置かれてあるでしょ。リビングにも大きなテレビあったし」

「これは液晶だけどな」

「よく分かんないけど、薄型テレビって高いんでしょ?」

 それが子供の部屋にまで置かれているなんて、とわなわな震えている。

「今もさして安いとは言わないけど、昔に比べれば大分安くなったかな」

「そうなの?」

「ああ。そのテレビも型落ち品だから安かったはずだし」

「ふーん」

 興味深げにテレビの裏を覗き込んだり、横から見て厚さを確かめたりしている。

 そんな様子を横目に見ていると、不意にベッドの横で目覚まし時計が自己主張を始めた。

 一回目の目覚まし機能であり、ここで起きることは普段では絶対にありえない。確実に二度寝に入るか、そもそも起きないかのどちらかだ。

 だが今日に限って言えば目が覚める瞬間にかゆみ止めを目に塗られて刺激を感じたり、抱きつかれて動揺したり、朝から突っ込みのために大声を出したりしていたので完全に目が冴えてしまっていた。

「おーい、イオン。着替えるから出てってくれ」

「わたしは別に気にしないよ?」

「僕が気にするんだよ!」

「お姉ちゃん相手なんだから気にしなくていいんだよ?」

「僕は一人っ子だ!」

「もー、我儘だなあ」

「くっ……」

 色々と言いたいことはあったが、ぐっと飲み込んだ。

「仕方ないから下でテレビでも見てるね」

「お願いします……」

 ひらひらと手を振りながら出ていくイオンを見送って、僕は今朝だけでもう三度目となるため息をついていた。

 その後着替えている途中で昨日の夜に結局何も買えないまま朝を迎えていることに気付いて更に憂鬱になった。




 朝食を買いにコンビニに行って戻ってきてもまだ一時間も時間が余っていて、家でもう少しゆっくりしてから出てきてもよかったのだが、何かとイオンに絡まれてしまうため休憩が出来ずに諦めて出てきた。あれだけ絡んできておいたくせに、いい笑顔で見送られたのは気にはなるが。

 そうして結局教室に着いたのは始業時間の三十分も前だった。

 それほど早くても教室にはちらほらとクラスメイトがもうすでにいて、早く来て真面目に教室で勉強している者もいれば、その近くで談笑している者たちもいる。自称進学校の私立高校にありがちな光景であると思う。

 そんな中僕は席について一人ぼけっとしていた。うつらうつらと言った方が正しいかもしれない。

 本当は深い眠りに落ちてしまいたかったが、それをしてしまうとホームルームすらも寝て過ごしてしまいそうだったので堪えている。

 このまま舟を漕ぎつづけているといずれ限界が来るだろうなと思っていたところに横から話しかけられた。

「今日は早いじゃねえか」

「ふぁ……おはよう、乾」

 欠伸をかみ殺しながら挨拶をする。

「おう、おはよう」

 律儀に挨拶を返してくれる。本当に見た目からは想像もつかないのだけれど。

「なんか、眠そうだな。まさか徹夜のまま来たのか?」

「そういうわけじゃないんだけど」

「つか、遅刻ギリギリの次は極端に早いとか。もうちょっとうまいこと生活しろよ」

「不良スタイルの乾には言われたくない」

「確かに絡まれて面倒なときもあるけどな。そんなもん生まれつきの顔からしてそうなんだから仕方ないだろ」

 肩をすくめておどけたように言っているが本心だろう。

「それより今日はなんで早かったんだ?」

「僕が早起きしただけって考えはないのか?」

「自分で二度寝する主義だってこの前言ってたろ」

「夢見が悪くて目が覚めたんだよ」

 昨日の話ではあるが。

 第一に昨晩悪魔と出会って、その子にかゆみ止めを目に塗られて無理やり起こされましたとか信じられるだろうか?少なくとも乾が急にそんなこと言ってきたら僕は馬鹿にする自信がある。間違いなく。

「確かにそういうときは二度寝したくないわな」

 うんうん、と信じて頷いてくれている。

「なんで乾の中で僕は二度寝するキャラが定着してるんだ……?」

 絶対に二度寝しないとは言わないし、むしろする方が多いというのは事実だけども。

「んなことはどうでもいいんだよ」

「これまでの朝の会話全て否定するようなこと言わないでくれ!」

「昨日話してたことなんだけどさ」

 軽く流されてしまった。

「転校生が来るって話」

「そんなこと言ってたな」

 正直忘れていた。なにせ悪魔が僕のもとに来ていたくらいだし。

「今日は登校してきてるらしいぞ」

「うん、まあそれはいいんだけど。一つ聞いてもいいかな?」

「ああ、どうした?」

「なんで乾はそんなに噂のこと知ってるんだ?」

「それは俺に喧嘩を売っていると解釈していいのか?」

 冗談で指をポキポキとならしてくる。冗談ですよね?

「だがまあ、俺もこんなナリだしな。話しかけてくる奴やまともに話せる奴の方が少ないのは否定できねえんだけどな」

「だけど話しかけてくる物好きもいるってことか」

「お前もその物好きになってるんだぜ。世間的には」

「ぐっ……」

「そんな物好きの中に噂好きというか、新聞部のやつがいてな」

「新聞部なんてあったっけ?」

「そいつ一人だけだから当然非公式だ」

「強いなぁ……」

 だがそれはもう部ではない気がする。

「一時期そいつに追い掛け回されて、なんだかんだあって噂話を教えてくれる仲になったなったんだけどな」

なんだかんだって何があったんだろうと気にはなるが、乾が疲れた顔で茶を濁すことなんて滅多にないことだから本当に色々あったんだろう。

「そいつがここ二日は転校生のこと追ってて、さっき会ったときに来てるって教えてくれたんだ」

「なるほどな。まあ乾が噂を談笑してる姿なんて想像できないからようやく合点行ったよ」

「ああ、安心しろ。俺も出来ねえよ」

 胸を張って言われてしまうと冗談が冗談でなくなってしまう。

「話を戻すと、その転校生は概ね昨日の噂の通りらしい」

「噂って、亡国のお姫様がどうこうってやつ?」

「なんだそれ……?」

 馬鹿を見るような目でこちらを見てくるが、昨日の帰り時点では本当にあった噂なんだと教えてやりたい。

「なんか事故に巻き込まれて、連絡が取れない状態で昨日一日過ごしてて、美少女らしい」

「乾ってあんまり可愛いとかそういうことには興味ないと思ってたよ」

「俺も男だ。人並みにはあるさ。だがまあ、流石に人間じゃないなんて噂は眉唾だったらしいがな」

「ん……? 人間じゃない……?」

「そんなこと信じてるやつなんて誰もいなかったと思うけどな」

 乾の言葉と同時にガラガラと扉を開けて教師が入ってきた。

「またあとでな」

「あ、ああ……」

 自分の席に戻る乾におざなりな返事しか出来なかった。

 嫌な予感がする。

「今日は少し早いが、ホームルームを始める」

 人間じゃなくて、可愛い上にこの学校にいないという条件に合致する人物を。

「まず初めに」

 担任の声が遠くに聞こえる。

「転校生を紹介する」

 もしこの予想が当たっていたら僕は学校生活という平穏な日常さえ失ってしまう。

「入りなさい」

 担任の合図と共に悪魔の力を見せられた時と同じような指を打ち鳴らす音が扉の向こうから教室全体に響き渡る。

 そうして現れたのはやはりというべきか、この学校の制服を身に纏ったイオンだった。

「自己紹介をしなさい」

「はい!」

 担任に指示され、教壇に立ったイオンは元気よく返事する。

 その際にちらりとこちらに目配せしてきた。

 そして笑顔で、堂々とした様子で自己紹介を始めた。

「わたしの名前は宍倉衣音(いお)です!」

 黒板に名前が書かれる。

「名字からも分かると思うんですけど、ミズキとわたしは親戚同士です! ミズキを含めて周りはわたしのことをイオンって呼ぶので、皆さんも気軽に呼んでください! よろしくお願いします!」

 最後に腰を大きく曲げて礼をした。

 担任は質問しようとにわかに騒ぎ立つクラスメイトを素早く察知し言い放つ。

「質問は各自休憩時間に行うように。席は宍倉の後ろ……宍倉瑞樹の後ろが空いている。困ったことがあれば宍倉瑞樹に聞きなさい」

「分かりました」

 僕の了解なんてなしに勝手に話はまとめられる。

 悠々とこちらの方へ歩み寄ってくる。

 クラスメイトの席の間を通り、僕の横を通り抜ける瞬間に。

「これからよろしくね、ミズキ」

 嬉しそうに僕にしか聞こえない小さな声で耳打ちして行った。

「では、今日の連絡事項だが……」

 イオンが後ろの席に着いたことを確認したのか担任は事務連絡を始める。

 だが、担任の声は眠さと混乱で全く届かなかった。

 今になって朝早くに起こされた意味と笑顔で送り出された意味がようやく分かった。

 これからの生活がどうなるのか僕には見当もつかなかった。




 あの後の休憩時間はすべて質問責めにあっていた。

 イオンだけではなく僕も。

 あまり話したことない奴すら来ていたが、大体の奴らがどういう関係なんだということを聞いてきた。けれど下手に答えてイオンの方と齟齬が出てしまうといけないと思い、イオンの方に全て回してしまったが。

 僕だってイオンに聞きたいことは山ほどあった。だが、二人で話せる機会なんて全く見つけられない。

 痺れを切らして、昼休みにイオンが声をかけられるより早く、イオンを連れだした。

 騒然とするクラスをすぐに去って、人気のないところを目指して早歩きする。

 食堂や購買に向かっているであろう学生達の流れに逆らって、階段をのぼる。

 そして屋上に通ずるドアの前に来た。

 だが屋上は基本的に立ち入り禁止であり、施錠されている。許可を得てカギを借りているわけでも、物語の主人公のように屋上のカギを持っているわけでも、何故か扉のカギが開いているわけでもないので開けられない。

「ここでいいか……」

 幸いにして立ち入れない屋上に来る用事のある学生など居らず、昼休みの喧騒も遠くに聞こえるので、階段の段差に腰を下ろす。

 イオンもそれに倣って一人分の間隔をあけて座る。

「なんでここに来てるんだ?」

「びっくりした?」

「いや、色々と納得はしたけども」

「そもそもミズキに悪魔になってもらうためにはいつでも近くにいないとね」

「そういえば結局昨日は母さんが帰ってきて話が中断されたけど、僕をどうやって悪魔にするんだ?」

「あれ? まだ何も説明できてなかったっけ?」

「悪魔の素質を魔法攻撃力に例えて教えられた記憶しかない」

「え、えー……?」

 イオンは冷や汗を流している。

「あ、あはは。ここで説明しちゃうから問題ないよね? ないはず」

 苦笑いを浮かべながら小声で自分に言い聞かせている。こんな悪魔を信じてもよかったのだろうか。

「こほん。えーと、悪魔になる方法についてなんだけど、まず悪魔ってどんな存在か知ってる?」

「イオンを見ていると僕の価値観がどんどん揺らいで変わっていってるんだけど、基本的には気難しそうで厳つくて、人間の私利私欲な願いをかなえてくれる代わりに代償を払わせられる感じ?」

「それで合ってるんだけど、そういうことじゃなくて!」

 イオンは頭をおさえてため息をついた。

「じゃあ、悪魔って人間とどう違うと思う?」

「そりゃ姿形から何から何まで……」

 そこまで言って気付く。悪魔のはずのイオンの容姿は人間のそれと全く変わらないことに。

「異能をもっていること、くらいか?」

 だから僕は昨日見せられた明らかに人間と違う部分を挙げた。

「そうだね。ちなみにゲームの魔物みたいな悪魔もいるから、ミズキの前半の答えも間違いではないよ?」

「そんな中で共通して違うことって一体何だ……?」

「ま、答えを言っちゃうと魂のあり方とでもいうのかな。人間とは根っこから違うんだよ」

「全く違うのに僕を悪魔にしようとしてるのか?」

「根本が違うなら根本を変えてしまえばいいんだよ」

「なにそのリフォーム頼んだのに結局全部建て直しになってましたみたいな詐欺感」

 全然うまいこと言えてない気はするけど、気にしない。

「大体魂を変えてしまうってそれはもう僕が僕でなくなるってことなんじゃないのか?」

「あ、そこは大丈夫。魂にちょっとした装備をつけるだけだから」

 もうゲームっぽい例えだとか突っ込むのは手遅れだと思う。こういう悪魔だと思って話に付き合うしかない。

「その装備っていうのが魂だけになっても魂を保てるものなんだよ」

「それをつけると具体的にはどうなるんだ?」

「霊体になる……というかこの場合は悪魔になる、だね」

「魂だけの存在っていうのが悪魔だっていうことか?」

「そうだね」

「だとすると、イオンがここで肉体を持ってるのはどういうことなんだ?」

「魂の受肉とはちょっと違うんだけど、顕在化することは出来るの。あ、ちなみに顕現するときの肉体はその人の意識に依存しちゃうから……」

 イオンはそこで一息ためる。

 次にくる言葉を待ち構えるために僕はごくりと喉を鳴らす。

「心が醜い人は魔物みたいになっちゃう!」

「ま、まじで!?」

「でも、安心して。大抵の人は人間の頃の姿で現れることが出来るから」

「イオンも人間の頃の容姿なのか?」

「うーん、わたしは悪魔になる前の記憶がないんだよねぇ」

 だからどんな人間だったのかも分からないと笑う。だが、僕にはその笑みが少し寂しげに見えた。

「とにかく、魂を取り出す必要があるんだけど、それにはある儀式が必要なの」

「願いの代償として魂を取られる必要があるわけだな?」

「察しがいいね、ミズキ。逆に言うと悪魔になってもらうかわりに、願いを叶えてあげちゃおうというキャンペーン!」

「願い、か……」

「わたしの力で叶うことならなんでもいいよ。叶えたくなった時に言ってくれればわたしが叶えてみせるから」

 そう言って手を握ってくる。微笑みかけてくれる。

「だから、悪魔になってみない?」

 人間としての暮らしに不満などはない。

 だが、イオンの顔にはとても害意など感じられなかった。

 だから僕は。

「今は願いなんて思いつかないけど、また思いついたら考えるよ」

 少し考えるくらいはしてもいいかな、と思ってしまっていた。

「うん、ありがとう!」

 僕の左手をイオンは両手で包み込んで言ってくる。

 その時、階下から声が響いた。

「見つけた……!」

「杏!?」

 そこにいたのは杏だった。

 普段は滅多にかかない汗をかいている。恐らく本当に校内中を走り回ったのだろう。

 僕の驚きを無視して、杏は階段をのぼってくる。

 そうして僕とイオンより二段下で目の前に立つ。

「ねえ、あなた誰?」

 僕ではなく、真っ直ぐイオンの目を見て問いかける。

「わたし? わたしの名前は宍倉衣音だよ」

「嘘! 瑞樹とは幼馴染だから知ってるけど宍倉衣音なんていない! 知らない!」

 僕と杏は同じクラスだ。

 だからホームルームでの自己紹介前にイオンが昨日の能力を使っていたはずだし、それを杏は受けているはずなのだ。

 どういう力を使ったまでかは分からないが、学校生活を違和感なく送れるようにするためのものであることは間違いない。

 それが効いてないないというのはどういうことなのか。

「わたしに任せて」

 イオンはそっと囁くように言う。

「夏原さん、だったよね? わたしは宍倉衣音としてここにいるんだけど、それはどう説明するの?」

「それは偽名とか! 瑞樹に近づくためとか!」

「だったらミズキに聞くのが一番早いね?」

 イオンは急に僕に話を振る。

杏には本当のことを話してあげたかったし、他言無用であるといえばきっと大丈夫だろうと信頼している。だが、話したところで信じられないだろうし、仮に信じられても話がこじれるだけだ。

「あ、ああ……いや、偽名なんかじゃなく、ちゃんと僕も、母さんも納得してる」

「嘘……でしょ?」

「本当だ」

「ね? ミズキがそう言うんだから間違いないでしょ?」

「でも……」

「夏原さんはミズキの幼馴染なんだよね? ミズキのこと何でも知っていたいっていう気持ちは分かるけど、その前にミズキのこと信じてあげようよ」

「そういうつもりじゃ……!」

 ない、と言おうとしたのか。だが杏のその言葉はそこで途切れる。

 杏は心配げな目でこちらを見てくる。

「本当に大丈夫? 脅されてたりしない?」

「そんなことない。大丈夫」

 真剣な言葉が伝わったのかどうかは分からないが、杏はそれ以上何も聞かず、静かにゆっくりと階段を下りて行った。

 その背中を見送ってイオンは大きく息を吐いた。

「はぁぁぁ~……緊張したぁ……」

「僕はびっくりしたよ」

「でもいい幼馴染じゃない。ちゃんと心配してくれて」

「あ、それについてなんだけど……」

「うん。わたしの能力効いてなかったね」

 その事実に衝撃を受けていないかのように、さも平然とイオンは僕の言葉を予想して言い放った。

「なんで効かなかったんだ?」

「正式に調査してないから分からないけど、推測でもいいなら」

 というかやはり探偵紛いのストーキング行為を悪魔はしているのだろうか。霊体だから気付かないのだろうか。少し気になるが自重する。

「どうせ僕には確かめようもない話だしいいよ」

「おっけ。早速だけど昨日の夜話したこと覚えてる?」

「ざっくりとなら大体」

 ステータスに例えられた素質の説明とイオンの能力と天使と悪魔の現状くらいしか話してなかった気がする。

「その中でも特に魔法攻撃力の話なんだけどね」

「悪魔として能力を発揮するうえで最も重要なステータスだな」

 もう僕の方もそのゲームの例えで合わせることにする。

「わたしの場合は干渉力がそうなんだけど、当然ゲームならその逆の抵抗力もあるよね。魔法攻撃力と対にして言うなら魔法防御力?」

「つまり杏は魔法防御力が僕とは逆に高いと」

「そういうこと、だと思う」

 推測だと言っていたが、自信はありそうだった。

「あと付け加えるとすれば、魔法攻撃力が悪魔になる才能なら、魔法防御力は天使になる才能なんだよ」

「てことは僕の傍にイオンがいるみたいに、杏にも天使がついてるのか?」

「ううん。そんな気配はないね」

 その言葉にほっと胸をなでおろす。

「もし天使が近くにいたら即戦闘になって、ミズキの傍になんかとてもいられないよ」

「物騒すぎるわ!」

 この悪魔、普段は穏やかなただのゲーム好きなのに時折見せる黒い一面がとても悪魔らしいと思える。

「あはは。まあわたしは夏原さんと仲良くしたいんだけどね」

「イオンにその気があるなら杏とは友達になれるよ。あいつは悪いやつじゃないし、僕よりよっぽど人当たりもいいからな」

「幼馴染の太鼓判もらえると心強いよ」

 冗談交じりに返してくるが、僕の方は本心だった。出会いが特殊だっただけで、きっと杏はイオンの世話を焼いたし、イオンならそんな杏に懐くと思う。

 不意に予鈴のチャイムが鳴り響く。

「ミズキのせいで食べそびれちゃったじゃない」

「僕はもうこの会話だけで腹いっぱいだ……」

 空腹のはずなのに昼飯は入りそうになかった。




「ただいまー」

 僕とイオン、二人の声が重なる。

 昼休みの予鈴から本鈴までのわずかな時間にイオンと口裏を合わせ、なんとか午後を乗り切った。

 イオンも僕を驚かせてやろうとしか考えていなかったらしく、どういう関係として説明するかなんて思いつきもしなかったらしい。

 玄関で意外と几帳面に靴を並べているイオンを見やる。

「どうしたの?」

「今日は疲れたな、と思って」

「そうだね。まさかあんなに聞かれるとはわたしも思ってなかったよ」

 皮肉を込めたつもりだったが、きちんと受け取っているのか不安になる。

 だが、こういうのはネタと同じでスルーされたのを解説するのはとても恥ずかしいので聞かないけれども。

「それにしてもミズキってクラスで人気者なんだねえ」

「へ?」

「うん? なにかおかしい?」

「いや……僕はクラスでは目立たない方なんだけど」

 今日が恐らく一番注目を浴び、質問を投げかけられた日だと思う。悪い意味では乾が注目を集めているので、必然的に僕の影は薄い。せいぜいが乾の取り巻き、といった印象なのだろうか。それはそれで悲しいけど。

「そんなことないよ。何度もわたしとミズキの関係聞かれたよ?」

「ああ、僕だって聞かれたよ」

 聞かれる分にはまだいいんだが、囃し立てられるのは困る。イオンに目をつけている奴らから無用な恨みを買うのは避けたいところだった。

 ちなみに僕とイオンの校内での関係は遠い親戚ということになっていて、両親が海外赴任したがイオン自身が行きたくないと駄々をこねて、妥協案として僕の家に来て転校してきた、という設定になっている。尚、そう説明した時点で僕の母親の方にも干渉して姉から親戚の子ということになっている。

 こういう風にしたのも誰かが絶対に宍倉瑞樹に姉などいない、と強く思うことでその干渉が破られることを未然に防ぐためだという。

「クラスのみんなに説明した時点でなんとなくは気付いていたんだが、やっぱり僕の家に住むのか……?」

「そのつもりだよ。というか昨日の時点でもう引っ越し終わってるよ」

「いつの間に!?」

「一部屋物置になってたから借りちゃった」

 僕の部屋の隣は空き部屋で所狭しと昔のものが置かれているはずだった。

 すぐさま確認するために階段を駆け上がり、ドアを開ける。

 そこは僕の知っている埃っぽく、ダンボールが並んでいる物置ではなくなっていた。

 知らぬうちにどこから運び込んだのかベッドやクローゼットなどが置かれ、今朝話していた僕のテレビまでもがもう移動させられていた。流石にまだ小物等は揃っていなかったが、綺麗に整えられた部屋に様変わりしている。ここが昨日までは物置になっていたと言われても誰も信じられないだろう。僕自身信じられないのだから。

「今までで一番人間じゃないんだなって実感出来たよ……」

 異能も確かに凄いんだが、秘密裏にしておきながら見て取れるほどの変化を起こすことのできる人外の力を目の当たりにするともうただただ驚くしかなかった。

「生活に必要なお金は全部経費で落ちるからよかったよ。人間界暮らしはいいね」

「昨日零細ブラック企業みたいなこと言ってたくせに……」

 実態はそんなことはなかったようだ。

「そういや、ここに置かれていた僕達の荷物はどこにやったんだ?」

「母さんが捨てるものと捨てないものに分けてたけど大体は庭の物置の方に入れてあると思うよ。何か必要なものあった?」

「いや、母さんが納得してるならそれでいいんだけど……」

 家主は僕じゃないから僕に確認を取らないのはいいんだけど、何か釈然としない。僕の部屋を間借りするとか言い出さなくて良かった、と前向きに思うべきなのか。

「最初はミズキの部屋に住もうと思ったんだけど、パーソナルスペースは大事だもんね?」

 心を読んだかのようにイオンが言った。

「何の断りもなしに朝から入り込まれてる時点でパーソナルスペースなんてあったもんじゃないけどな」

「あ、あのときは用事があったから起こしに行っただけだよ! それに女の子が起こしてあげたんだから喜ばれこそしても、邪険に扱うことはないでしょ!」

「それもゲームの知識か?」

 ひどく偏った知識を持っている気がするのは気のせいだろうか。

 ついでにいうと僕は寝起きは良いのだけれど、それは決して起きるのが好きという意味ではなく、むしろ寝ていられるならいつまででも寝ていたい。だから時間を目一杯使って朝は寝ているのだ。ここ二日こそがむしろイレギュラーと言える。

「そういえばゲームが好きとあれだけ言ってるくせにゲームは一本も持っていないんだな?」

 僕の部屋のテレビを持っていくついでに昔のゲーム機も持って行かれていると思ったのだけれど。

「まだ引っ越したてだから持ってきてないっていうのもあるけれど。ただもう注文した分は今日届くはずだよ」

「は?注文?」

「噂には聞いてたけどネット通販って便利なんだね」

「実は悪魔だけ人間とは違う時間の流れで生きてたりはしないよな……?」

 そう思わないとやっていられないくらい昨日今日だけで為したことが多すぎる。とてつもない行動力を持っていると言いかえてもいいかもしれないけれど。

「あはは。まさか。昨日の夜、母さんに教えてもらいながらやっただけだよ」

「どこかに行ったと思っていたらそんなことをしてたのか」

 我が家には三台パソコンがある。僕のパソコン、母親の仕事用と思われるノートパソコン、そしてリビングにある共用パソコンだ。自分のを買うまではずっと共用のパソコンを使っていたんだけれど、最近では埃をかぶっていたはずだった。恐らくそのパソコンを掘り出してきて注文したのだろう。

 そんなことを考えていると、甲高いインターホンの音が部屋に届く。

「あ、来たみたいだね。ちょっと受け取ってくるよ」

「僕も行くよ」

 よほど楽しみにしていたのか駆け出していくイオンの後をゆっくりと追いかける。

 そんなに広くもない家だ。歩く走るでそんなに距離は変わらない。

 玄関で先についていたイオンが配達のお兄さんに愛想よく応対し、サインして大きな荷物を受け取っているのが見えた。

「凄いね! まさかこんなに早く来るなんて!」

 重たそうな荷物を抱えながらこちらに向かってきて、興奮した様子で言ってくる。

「まあ、確かに。このスピードには最初は僕もびっくりしたな」

「さっき今日届くはずとは言ってたけど実は半信半疑だったんだよね」

 この嬉しそうな様子を見る限り、期待を裏切られなくて良かったと本当に思う。

「早速やろうっ!」

 僕の返事も待たず、イオンは部屋へと戻っていった。

「慌てて荷物落とすなよー」

「わかってるー!」

 声が遠かったが聞こえてきたので多分大丈夫だろう。

 階段をあがって、イオンの部屋を覗き込む。

 するとそこには大きなダンボールの中身をあけて、ゲーム機本体の取扱説明書をじっと眺めているイオンの姿があった。

「何してるんだ?」

「説明書」

 まるでお茶と言ったんだからお茶を注げ、という意味を読み取れと言われているかのようだった。どこの亭主関白様だ。

「それは見れば分かるけど」

「繋ぎ方とか間違ったら嫌じゃない?」

 なるほど。それだけか。

 僕は四苦八苦しているイオンを放っておいて、ゲーム機本体の配線をさっさと仕上げてみせる。最新機とは言っても所詮は家庭用ゲーム機なのだから簡単である上に、昔のハードとそこまで変わらなかったため、すぐに終わった。

「お、おー……」

 感嘆の息を漏らしているが、三本の線をテレビの後ろに這わすなどして綺麗にまとめてしまっただけだ。

 僕は電源が入るかどうかを確認するために電源スイッチを探す。

「えーと、電源は……」

「あ、ここだよ」

「お、ここか」

 僕とイオンの手がゲーム機の裏で不意に重なった。

 僕は動揺し、すぐさま手をひっこめる。

イオンはきょとんとして様子でこちらを見てきた。

「どうしたの?」

「あ、いや……」

「わたしは何も感じなかったんだけど……静電気とか?」

「いや、ううん。大丈夫」

「そっか。じゃ、つけるね」

 受け答えするうちに平静を取り戻す。

 イオンは電源のスイッチをオンにして、ちゃんと電源が入っていることを確認し、そのまま流れるようにゲームを開始させた。

「おお! なにこれ! 凄い綺麗!」

 経費で落としたらしいゲーム機一個とソフト五本の内、僕たちが生まれるより昔から続く王道ロールプレイングゲームを選択しはじめたのだけど。

「確かにオープニングは凄いけど、そこでこんなに興奮してたら後までもたないぞ?」

「いや、でもこれはため息が出ちゃうね……」

「グラフィックの進化はここ最近じゃ目覚ましい進歩かもしれないな」

「うんうん。わたしが知ってるゲームと違うよ、これは」

 開始五分も経たずしてイオンは本当に楽しそうにゲームをしている。

 結局この日の残りを全て僕とイオンはゲームに熱中していた。


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