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散った夜華と一つの嘘 < 4 >



「あのさ冬馬」


 並んで河川敷へと引き返している途中、沙羅がまた口を開く。


「花火そろそろ終わりっぽいね。花火が終わったらさ、あたし、要と帰ることにするよ」

「いや、いいって。俺が送るよ、桃乃と一緒にさ」


 即座にそう答えた冬馬に、沙羅は「いいよ」と首を振る。


「だって、モモや冬馬の家とあたしの家って正反対じゃない? なんだか悪いもん。それに要ならあたしの家と方角近いし」

「でもよ、あいつと二人で帰ったらお前辛くないか?」

「大丈夫だよ。それにさっきも言ったでしょ? あたしはこれから自分の気持ちに区切りをつけるために頑張らなくっちゃいけないんだもん。だから今ここで自分に荒療治してみるのもいいかもしれないなぁって思うんだよね」

「沙羅がそう言うのなら俺は止める権利ないけどさ……」


 話す口調から沙羅の意思の強さを読み取った冬馬は、眉間に皺を寄せ、仕方なさそうに同意する。


「ホントに大丈夫だからそんなに心配しないでよ。冬馬はモモのことだけ心配していればいいの! でも最近の冬馬はモモに対してちょっと過剰な心配をしすぎだと思うけどねっ」


 冬馬の眉間の縦皺が深くなる。

 だが今回は沙羅を心配したためではなく、不快感を覚えたために生じたものだ。


「……確かお前、ライブに行く時もそんな事言ってたよな?」

「うん、言ったね」


 沙羅はあっけらかんとした口調で頷いた。


「俺は別に過剰な心配なんてしてねぇよ」

「してるよー?」

「してないって!」


 冬馬はやや強い口調で素早く二度否定をした。

 だが続けて発せられた沙羅の言葉を聞いた瞬間、その表情が強張る。


「だって傍から見てるとさ、最近の冬馬って、なーんか一人で勝手に焦ってるみたいに見えるんだよねー」


 反論する言葉を失った冬馬が黙り込む。

 クライマックスに向け、花火を打ち上げる連続音が一瞬の間も置かずに鳴り響き出す中、沙羅は冬馬の険しい横顔を窺うようにチラリと見上げた。


「……違う?」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 





 周囲の喧騒とは裏腹に、桃乃と要の間には沈黙が続いていた。

 時折、わずかだが要の口元が何かを言いたそうに歪む。だがそれは言葉を発するまでには至らない。


「要くん」


 ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した桃乃が口を開く。


「お願いだから、今言ったことは沙羅には言わないで。これ以上沙羅を傷つけないで」


 すると要は弾かれたように俯いていた顔を上げ、まるで救いを求めるような眼差しで桃乃を見上げた。


「倉沢さん、でも俺……」

「お願い!」


 桃乃の口調に再び強さが戻る。


「そして要くんは今まで通り普通の態度で沙羅に接してあげて! 沙羅のためにも!」

「あいつのため……?」

「そう沙羅のために」


 そう強く言い切った桃乃の表情を見た要は、言おうとしていた言葉を飲み込み、再び顔を伏せた。

 やがて俯いたその口元から「…分かった」という声が静かに漏れる。



 ── その直後、打ち上げられた花火の光が川面に反射し、周囲がより一層眩しくなった。

 打ち上げがいよいよ終幕に入ったためだ。



 桃乃は反射的に夜空を見上げる。

 すると、幾つもの金色の柱が我先にと瞬きながら何本もの光の帯と化して夜空へ次々に舞い上がってゆく光景が視界に映りこんできた。


「倉沢さん……?」


 自分にかけられていた言葉がふいに止まったため、要が顔を上げて桃乃に視線を送る。すると静かに最後の花火を見上げている桃乃の様子から言葉が途切れた理由を察したのか、頭上に展開される光の軌跡を要も見上げた。


 二人が見つめる中、上空を彩る花火は決して途切れることなく、光の乱舞を夜空に描く。

 ふと、小さく息を吸う音がした。


「……冬馬はもう知っているの? 今、私に話してくれたこと」


 息を整え終えた桃乃が再び尋ねる。


「いや、言ってない。本当は倉沢さんにも言わないつもりだった」

「じゃあ今私に話したのは、黙っていることに耐えられなくなったってこと?」

「……分からない」

「ふぅん……」


 桃乃の相槌の中にほんのわずかではあるが蔑んだような気配を感じた要は、「倉沢さん」と再び呼びかけると、桃乃が自分の方に視線を向けたのを確認してからやや早口に続ける。


「冬馬には俺から話したいから、倉沢さんから言わないでくれないか……?」


 桃乃は一瞬躊躇した。

 だが要の真剣な声に突き動かされたかのように、小さく頷く。


「うん…分かったわ」


 桃乃がそう答えた時、群集を沸かせた光と音の饗宴は唐突に終わりを迎えた。

 たった今まで見上げていた上空には元の漆黒が、そして桃乃と要の間にはぎこちない沈黙が、それぞれ静かに広がっていく。


 打ち上げ音が鳴り止んだため、流れる川音がはっきりと聞こえるようになった。

 そしてまるで入れ替わりのように見物客たちの万雷の拍手と大歓声が河川敷のあちこちから聞こえ出す。それと同時に少し先にある打ち上げスポットから人々が退却をし始めた。



「倉沢さん、上にあがろう」



 家路を急ぐ群集の波はゆっくりとではあるが桃乃たちのいる場所に向けて押し寄せ始めている。

 その人波に飲み込まれないよう、要は腰を掛けていた円柱の石から立ち上がると軽い身のこなしですぐ側の草むらを上がり始める。だが下駄を履いている桃乃は草むらの急傾斜を見て後に続くのをためらった。

 桃乃がついてきているかを確認するために振り返った要は、その様子を見ていち早く状況を察し、すぐに片手を差し出す。


「倉沢さん、浴衣だったもんな」


 桃乃は自分に向けられたその手を握ることにまた一瞬躊躇したが、群集の波は速度を増しつつどんどんと近づいてくる。おずおずと上に向かって手を伸ばした直後、桃乃の手は要の手の中にしっかりと包み込まれた。それは決して強引ではないが、ほどよい力強さだった。


「要くんって指先すごく硬いんだね……」


 握られた要の手の感触に多少の違和感を感じた桃乃は、そう口に出した。

 すると、「ギターやってる奴は大抵こんな指してるよ」と視線を逸らした要が答える。

 桃乃は河川敷沿いに点在している外灯の明かりを頼りに、草むらに生えている花を出来るだけ踏まないよう気を使いながら斜面を上った。

 そして多少ふらつきながらもなんとか土手に上がりきった時、せせらぎの音と共に、


「桃乃」


 という呼び声が聞こえた。

 外灯が背の高いシルエットを桃乃の視界に映し出す。


「あっ…」


 沙羅を連れて戻ってきた冬馬が自分を見ている。

 引っ張りあげてもらっただけとはいえ、要と手を繋いでいるところを見られた桃乃は声を無くした。

 そんな桃乃の動揺が今触れている肌越しに直に伝わったのか、要はごく自然な調子で、「遅かったな。花火終わっちまったぞ」と言うと握っていた桃乃の手をするりと放す。


「あぁ実はさ、なかなかたこ焼き屋が見つからなくってさ。……なぁ、沙羅?」

「へっ!?」


 急に振られたため、沙羅は気の抜けたような声を出して冬馬を見上げた。しかし慌てたような口調ですかさず同意する。


「そっ、そうなの! さっきはあっちの方に確かにあったと思ったんだけど、なぜか行ったら無かったんだよね~! モモも要もゴメンねー!」


 全力で謝る沙羅を横目に要がボソリと呟く。


「別に。俺はたこ焼きなんて特に食いたくなかったし」


 素っ気無く切り返され、焦る沙羅の口調がますます早口になる。


「あっ、そうなんだ? そっ、そっか。あははっ、あたしはたこ焼きすっごく食べたかったんだけどな~!」

「……お前、そんなにたこ焼きが好きなのか?」

「エ? う、うん!! あたし、たこ焼きとかお好み焼きとか大好きなんだ!」

「ふーん……」


 要は低い声でそう答えると沙羅から視線を外した。そして桃乃の側からも離れ、「じゃ俺は帰る」とその場から一人歩き出した。しかし「待てよ、要」と冬馬が呼び止める。


「お前、沙羅を送ってやってくれないか?」


「……!」


 驚きの表情で要が素早く振り返る。

 要と同じ感情を抱いた桃乃も思わず口の中で「えっ」と呟いた。

 しかし冬馬はそんな二人の反応にまったく気付いていないかのように、「お前と沙羅は帰る方向一緒なんだからさ」と気軽な口調で言う。


 要は無言で沙羅に視線を移した。

 すると沙羅は満面の笑みで、「申し訳ありませんが、本日もエスコートよろしくお願いしまーす!」とおどけたように頼んだ。




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