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散った夜華と一つの嘘 < 1 >



「たぁ~~まや~~っ!!」


 沙羅の元気な大声が、比良敷川上空を色とりどりに染め上げる数々の華にかけられる。周囲にいた人間が思わず振り返るほどのその声量に、桃乃と冬馬は小さく苦笑した。


 否応無しに視界に入る、見渡す限りの人の群れ。

 河川敷は花火見物に来た多くの市民で溢れ帰り、数キロ先にある打ち上げ花火が一番よく見える絶景スポットは桃乃たちが入り込む隙間などすでに無い状態だ。


「う~ん、もっと近くで見たかったなぁ~!」


 打ち上げ場所からだいぶ離れた河川敷で花火観賞をすることになったため、少々不満顔の沙羅がぼやく。


「でもよ、これ以上無理に進むと帰るの大変になるぞ?」


 苦笑していた顔を元の真顔に戻し、冬馬が沙羅に向き直った。


「うん、分かってるよ! 分かってるけどさ、でも花火は見かけも音もやっぱり迫力が命じゃない! ねっ、モモもそう思うでしょ?」

「うん、そうね。来年はもうちょっと早く来よっか?」


 花火の爆雷音にかき消されないよう、少し声量を上げて桃乃が答える。すると自分の提案に賛同者が現れたためか、沙羅が頬を紅潮させて続けた。


「じゃあさ、来年は五時間くらい早く集合しようよ~!」

「いくらなんでも早すぎだろ」

「そんなことないよ冬馬! 早く行ってさ、場所取りしておこうよ! あたし、打ち上げ花火の点火場所まで行ったことまだないから一度見てみたいし! ハイッ、では次回は五時間前に集合ということで決まり~~っ!!」

「気の早い奴だな……」


 呆れ顔で冬馬が呟く。

 まだ一年以上も先の予定をこの場で半ば強引に決めてしまった沙羅と、完全に根負けしたかのような様子の冬馬を見て、桃乃は小さく微笑した。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 花火大会も後半に入りだす頃、少しずつ自分の鼓動が早まっていくのを桃乃は感じていた。

 後半のプログラム中にいよいよあの花火が打ち上げられるためである。


“ ロマンスフラワー ”。


 恋人同士でこの打ち上げ花火を見るとその二人は永遠に幸せになれる――。

 市民の間ではすでにかなりの認知度を得ている、都市伝説のようなこの噂。

 今年は冬馬と一緒にこの花火を見られる、そう考えるだけで桃乃の胸は小さくだが確実に高鳴っていた。その時、


「モモ、そろそろあの伝説花火が上がる頃だよね」


 と沙羅が桃乃にだけ聞こえるように小声で話しかける。

 それがまるで心の内を読まれたかのような抜群のタイミングだったため、一瞬ドキリとした桃乃は思わず手にしていた巾着を落としてしまった。

 するとその落下音を聞いた冬馬が、桃乃よりも一瞬早く巾着を拾い上げて底を軽く数回手で払い、草切れを取り除いた後で「ほら」と桃乃に差し出す。


「あ…ありがと」


 動揺を沈めようと努力しながら巾着を受け取った後、再び密やかな声が桃乃の耳元に届く。


「ねぇモモ、冬馬はあの花火の伝説のことを知らないんでしょ? どうする? 今、先に教えちゃう?」


 その提案に桃乃は慌てて小さく(かぶり)を振った。それを見た沙羅は心から納得したかのように首を何度も縦に振る。


「そうだよね、やっぱり冬馬には黙ってた方がいいよねっ。だってさ、今から伝説のことを教えちゃったら気合入りまくって大変なことになりそうだもんっ。じゃあ帰り道にあたしが冬馬に伝説のことを教えてあげちゃおうっと! 冬馬がどんな反応するのか楽しみ~!」


 そう言い終わると沙羅は最後に悪戯っぽくウィンクをしてみせ、満足そうに再び上空の花火に視線を移した。


「もう沙羅ったら……」

 と呟きつつ、桃乃も同じ動きをしようとした時だった。

 なぜか夜空ではなくあらぬ方向を見ている冬馬が桃乃の視界に入る。


「どうしたの、冬馬?」


 そう尋ねると、冬馬は一瞬だけ桃乃に視線を向けた。

 だがすぐにまた視線を河川敷の方に戻し、「二人ともここにいろよ?」と言って後ろに立っていた見物客をかき分け、素早く土手の上に駆け上がって行ってしまった。


「あれっ? モモ、冬馬どこに行ったの?」


 走り去る冬馬に気付いた沙羅が驚きの表情を浮かべる。


「分からない……。“ ここにいろ ” って行って急に走って行っちゃったの」

「え~っ!? 冬馬ってばこんな大事な時にどこに行っちゃったの!? もうすぐ伝説の花火が上がるんだよ!? モモ、すぐに冬馬を追いかけようよ!」


 言い終わるや否や沙羅が走り出そうとする。しかし桃乃はその腕をしっかりと掴んだ。


「ちょっと待って沙羅! 冬馬はここにいろって言ってたし、私たちも勝手に動いたらはぐれちゃう!」

「でもさ、ロマンスフラワーがもうすぐなんだよっ!?」

「うん、そうだけど……」

「もうっ冬馬ってば何やってんのよ~!」


 沙羅は爪先立ちをして冬馬が走り去った方角に何度も視線を送り続ける。だが大勢の人の波で冬馬の姿は見つからない。

 大きな唸り音が夜空を震わし、次々に花火が打ち上げられる連続音が桃乃と沙羅の頭上に響く。


「あぁもう時間がないよ~!」


 下駄を前方に傾がせ、沙羅が何度目かの爪先立ちをした時だった。ようやく土手の上に冬馬の姿が現れる。


「あっ冬馬!」


 沙羅よりもいち早く冬馬に気付いた桃乃が嬉しそうに叫ぶ。

 しかし続いて冬馬の後ろから現れた人影に気付き、「あ……」と小さく息を呑んだ。そして桃乃がその人物の名を口にしようとした瞬間、


「要……」


 と消え入りそうな、かすれたような小さな声で、先にそう呟いたのは沙羅だった。



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