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鈍色の空  【 2 】



 冬馬は歩道でいきなり話しかけてきたその女性の顔を見る。


「……あっ、七海の生徒会長だった……、えっと……椎名さん?」

「えぇ、お久しぶりね。西脇くんは背が高くて目立つからすぐに分かったわ」


 シックなモノトーンの服装で佇んでいた椎名杏子は桃乃と沙羅に軽く会釈をした後、再び冬馬に視線を戻す。


「西脇くんたちはこれからどこに行くところなのかしら?」

「俺らこれから要のライブ見に行くところなんだ」


 要の名を聞き、落ち着きのある杏子の表情がわずかに崩れる。


「えっそれってもしかして柴門くんのこと?」

「あぁ」

「柴門くんって音楽活動しているの? 知らなかったわ……」

「中学の時からギターやってたみたいだぜ。あ、そうだ。良かったら椎名さんも一緒に行かないか?」

「私も?」

「なんか用事あんの?」

「いいえ、今お花のお稽古から帰るところなんだけど……」

「じゃ一緒に行こうぜ? 要に貰ったチケットちょうど一枚余ってるしさ」


 桃乃と沙羅を交互に見ながら杏子はためらう。


「でも私お邪魔じゃないかしら……」


 すると冬馬の右脇から沙羅が身を乗り出して「全然だよ!」と明るく誘った。


「実はあたしがお邪魔虫なんだ! 一人より二人の方があたしも肩身が狭くなくっていいからさ、一緒に行こう!」

「あ、ありがとう。じゃあこちらの方が西脇くんの彼女なのね?」


 杏子は桃乃の方に目を向ける。


「あぁ、倉沢桃乃って言うんだ。桃乃は知ってるよな? 七海中で生徒会長やってた人だよ」


 七海中と冬馬の所属していた白杜中バスケ部の親善試合に観に行ったことがある桃乃は杏子のことを覚えていた。「うん」と頷くと小さく頭を下げて杏子に挨拶をする。


「はじめまして倉沢桃乃です」

「はじめまして、椎名杏子と言います」

「で、椎名さん、こっちの背の高い方が南沙羅。俺らと同じカノンで桃乃とはクラスメイトなんだ」

「はじめまして! 沙羅って呼んでね! あなたのことは『杏ちゃん』て呼んでもいい?」


 杏子は沙羅の元気の良さに多少気圧されながらも「えぇ、どうぞ」と返事をする。


「やったぁ! じゃあよろしくね、杏ちゃん!」

「しっかし沙羅はどこだろうと誰だろうと、本当に物怖じしねぇよなぁ」


 冬馬は右横の沙羅を見下ろして感心したように言う。


「だってそこがあたしの最大の長所、グッドポイントだもん!」


 ストレートの髪を揺らし、沙羅はニコッと笑いながら全員に向かってウィンクをした。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「えーっ! 要って中学の時は副会長をやってたの? 知らなかったー! で、杏ちゃんが会長さん? 女性の生徒会長なんてかっこいいね!!」

 

 沙羅が大声を出す度に行き交う人波が振り返る。

 四人が横一列に歩くと通行の迷惑になるので、前を沙羅と杏子、その後ろを桃乃と冬馬が並んで歩く形になっていた。


「ねぇねぇ杏ちゃん、もっと中学時代の要のことを教えてよ! 要ってさ、いっつも無口で必要最小限のことしか話さないんだもん!」

「私も柴門くんのことはあまりよく知らないの。クラスが違ったし」

「だって生徒会で一緒だったんでしょ?」

「えぇ。でもしょっちゅうふらりといなくなる人だったから……。もちろん抜けられると困る重要な会議とかはきちんと出てくれていたけど」

「そっかー! 要って中学の時はさすらいの放浪人だったんだー!」


 杏子は二度小さく瞬きをし、静かに微笑む。


「沙羅さんって面白い人ね」

「沙羅でいいってば杏ちゃん! 無礼講! 無礼講で行こうよ!」

「おい、沙羅。お前その言葉の使い方間違ってるぞ」


 二人の後ろを歩いていた冬馬がすかさず訂正する。すると沙羅はムッとした顔で肩越しに後ろを振り返った。


「もー、細かいことにいちいちツッコまなくていいの! あたし達のことはいいから冬馬はモモのことだけ見てなさい!」

「……お前、さっきと言ってる事が全然違うじゃねぇか」

「いーの! あたし達は今楽しくお喋りしてるんだから邪魔しない! ねーっ杏ちゃん!」


 まだ沙羅のハイテンションに慣れていない杏子だったが、そのパワーに流され、小さく「え、えぇ」

と同意を示した。


 駅裏の外れにある小さなライブハウスに着いた四人を 『 Hot Night GIG 』 と書かれたボードが出迎える。そこには要たちのバンド、【 SPLASH BILLOW 】の名も刻まれていた。

 四人はすぐに会場内に入る。


「私、こんな格好で浮いてますよね……」


 ライブハウス内に入った杏子は周りの様子を見回して少し恥ずかしそうに声を落とす。そのシックな服装は確かにこの場の空気にはうまく溶けこんでいなかった。


「杏ちゃん! 服で音楽聞くわけじゃないんだからさ、気にしない気にしない! それにモモとあまり変わらないよ?」


 沙羅はそう素早くフォローしたが、

「でもモモは冬馬のためにも、もうちょっと大胆なファッションにした方が良かったとは思うけど」

 と続けた。


「ハハッ、いいんだ沙羅。俺が桃乃におとなしい格好しろって言ったんだよ」

「えっ、どうして?」

「こんな場所でお前みたいな露出しまくりの格好させられねぇよ」

「ほらまたきたぁー!」

「なにがきたんだよ」

「だから心配しすぎだって! 過保護すぎ! 冬馬、過剰な愛情も度を超すとキケンだよ?」

「うるせぇ、ほっとけ」


 ムキになって言い合いをしている冬馬と沙羅を杏子は面白そうに眺めていた。そして周囲の様子を気にして恥ずかしそうにしている桃乃に「あなたたち三人ってとっても仲がいいのね」とそっと囁く。


「なぁ、もうすぐ始まるからさ、見づらくなって悪ィけどもうちょい端の方に行っていいか?」


 会場内のざわめきが時を追うごとに大きさを増してゆく中、冬馬が全員に告げる。

 それに一番に異を唱えたのはもちろん沙羅だ。


「えぇーっ! せっかくだから出来るだけ前で、真ん中辺りがいい!」

「……やっぱりな、沙羅はそう言うと思ったぜ。でも俺でっけぇからさ、後ろの奴に悪いから俺は端の方に行く」

「あたしは絶対に前に行く! じゃあ二手に別れてさ、ライブが終わったら外で待ち合わせよう!」

「あぁ、分かった」

「ねっ、モモも杏ちゃんもあたしと一緒に来るでしょ?」


「桃乃は俺といろ」


 桃乃が返事をする前に即座に冬馬が口を挟んでくる。


「ほらまただぁ!」


 と騒ぐ沙羅を無視し、冬馬は杏子にも声をかける。


「椎名さんも俺らと一緒に端でもいいだろ?」

「えぇもちろんよ」

「えーっ、杏ちゃんも端に行っちゃうのー!?」

「ごめんなさい。私こういう所初めてだし、西脇くん達の側にいたほうがいいと思うの」

「そうだ。俺が最初に誘ったんだしなんかあったら困るからな。だから沙羅も俺らといろよ」

「やだー! いいもん! あたし一人で行く! じゃあみんな、また後でね!」


 沙羅はあっという間に会場内の人込みの中に消えていった。桃乃と杏子を連れて冬馬はライブハウス内の右端に移動する。


「西脇くん、もう六時半はとっくに過ぎてるけど……?」


 杏子は自分の腕時計に目を落とした。


「椎名さん、ライブはジャストに始まることなんかまず無いぜ? でもそろそろじゃないか」


 時間が経つ毎に会場内にじわじわと大勢の人間が流れ込み、ライブハウス内に喧騒と熱気が渦巻きだしてきている。ステージ横に並ぶ幾つものスピーカーからかなりの大音量でBGMが流れていたがそれが唐突に止まった。そしてライトがゆっくりと光を落とし始める。


「始まるぜ」


 冬馬が腕組をしながら呟いた。

 ステージ上に時間差を置いて男達が現れ、それぞれの定位置についた。

 やがて一番最後に要が現れる。その細身の体をわざと際立たせるような黒のレザーパンツに同系色のシルクシャツを着ていた。要がダイナミックマイクの前に立ったその時、


「かなめーっっ!!」


 と会場内から黄色い声援が飛んだ。


「……冬馬、今のって……」


 桃乃は冬馬を見上げる。


「あぁ、今のは絶対に沙羅だな」


 杏子がまたくすくすと笑い出している。

 眉間に小さくシワを寄せ、自分の名が呼ばれた方向に要は一瞬だけ目を向ける。そしてマイクの前から一度離れると、ギターの弦をピックで何度かつまびいた。

 再びマイクの前に戻った瞬間、パーカッションが勢い良くビートを刻み始める。

 大音量が一気にライブハウスを揺らし始めた。流れ出したのは去年ミリオンセラーを記録した、あるハードロックバンドの曲だ。


「この曲聞いたことあるような気が……」


 そう呟いた杏子の声が聞こえた冬馬は身をかがめる。


「今日要達がやるのはほとんどコピーなんだ」

「コピー?」

「既存の有名曲を演ること」


 意味が分かって納得した杏子は再び前を向き、伏目がちでギターをかき鳴らしながら唄う要に見入った。


 少し高音で柔らかめの要のボイスは、フレーズがスムーズに耳に入りやすかった。ヒット曲を次々に演奏している為、客のノリも悪くない。それぞれが自分なりのリズムで SPLASH BILLOW の演奏と一体化している。ステージ上では激しいビートに合わせて様々な色のスポットライトが縦横無尽に踊り回り、その度に要の顔や体は色んな極彩色に染まり続ける。


 しかし四曲目の曲がスタートするとスポットライトは青と白のみに切り替わった。

 流れ出した曲の前奏部分を聴いていた冬馬が再び身をかがめ、桃乃と杏子に聞こえるように呟く。


「これ多分要のオリジナルだぜ」


 ライブハウス内の空気を一転させて切ないメロディのバラードが流れ始める。熱気は急速に収まり、聴衆は要の唄に聴き入りはじめた。

 杏子も他の観客と同じように耳を澄ませてその曲を聴いていたが、やがてその様子に小さな変化が起きる。桃乃も冬馬もその変化には気付いていない。


 小さく体を揺らす群集の中で杏子は身じろぎもせずに曲に聞き入る。

 その瞳にはほんのわずかだけ涙が浮かんでいた。




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