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鈍色の空  【 1 】



 中和泉(なかいずみ)の駅に着いた桃乃と冬馬は、ここで待ち合わせをしていた沙羅を探す。


「いねぇな、沙羅」


 ライブのスタートは午後六時半だ。もうあまり時間に余裕はない。


「待って、もう一度連絡取ってみるから」


 桃乃が再び携帯電話を取り出したちょうどその時、


「モモ~! 冬馬~! ごめん、待ったぁ~!?」


 二人の下にハァハァと息を切らせて沙羅が駆け寄ってくる。

 

「おい、なんだ沙羅、その頭は?」

「だ、だってやっぱりいつもの髪型にしようと思って縛ってたらさ、もうとっくに出る時間だったんだもん! 待たせちゃいけないと思って急いで走ってきたんだよ!」


 片側だけがツインテールになっていて、反対側はストレートのままという、なんとも奇妙なヘアスタイルで沙羅が口を尖らせる。


「ねぇ冬馬、確か要のバンドが一番に出てくるんだよね!?」

「あぁ、この間電話で話したらそう言ってた」

「急ごうよっ! もしライブに遅刻したら大変だもんっ!」

「じゃあそのヘンテコな頭で行くのか?」

「ううん、こうするっ!」


 片方だけのツインテールがはらりと解け、黄みを帯びた薄い茶色の髪が右肩に落ちる。髪を下ろした沙羅を初めて見た冬馬はしげしげと眺めた後に呟いた。


「へぇ、沙羅って髪を下ろすと感じだいぶ変わるな……」

「えっ感じが変わるの!? どういう風に!?」

「お前、背もあるしな。急に大人っぽく見えてきた」


 ハーフの沙羅のスタイルは抜群で、黒のマイクロミニから伸びるスラリとした長い素足は綺麗な脚線美を描いている。

 “ 感じが変わった ” と言われた沙羅はまた見当違いの心配を始めた。


「ねぇモモ! 要はステージからあたしだって分かってくれるかなぁ?」

「だ、大丈夫じゃない?」

「分かるわけねぇじゃん」


 冬馬が苦笑混じりの声で突っ込む。


「最前列ならともかくよ、ステージで演ってる側からすれば客席の俺らなんてただの人の群れとしか映んないって」

「そんなことないよ! 要ならきっと見つけてくれるはずだよ!」

「無理だって」

「そんなことなーい!」

「ほら沙羅」


 桃乃は両頬に空気をためてふくれている沙羅の名を呼び、改札の上に取り付けられている電光掲示板の時刻を指さす。


「見て、もう時間あまりないよ?」

「あっそうだね! こんなことしている場合じゃないや! さぁ二人とも、いざライブハウスに向けて、レッツゴー!!」


 駅の構内に元気一杯の声が反響する。

 一人先に走り出した沙羅に、桃乃と冬馬は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。 





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 桃色から暗赤、そして次は濃紺へと、夏空は次第に色味を変えてゆく。ライブハウスまではあともうわずかの距離だ。今夜は湿度がかなり高く、熱帯夜に向けてじっとりとした感触を孕んだ夜風が人波の間を吹き抜けてゆく。


「ねぇねぇ冬馬! 今日の冬馬は両手に華だよね~!」


 片手を団扇代わりにしてパタパタと顔を仰ぎ、冬馬の右側を弾むように歩いていた沙羅が “ 華 ” の部分をわざと強調した。


「花?」


 沙羅に言われて左右に視線を走らせた冬馬はようやくその意味が分かったようだ。


「……あぁそうか、言われてみたらそうなってるな」

「うわっ、そこまで露骨にあたしが眼中に無い態度を取られるとツラいなぁ……」


 沙羅はガックリと肩を落とし、失望の表情でうなだれる。


「ごめんね、あたしが二人の邪魔しちゃってさ……」


 桃乃が慌てて「そんなことないよ」と言いかけた時、「そんなことないって。別に邪魔じゃねぇよ」 と冬馬が沙羅の背中を軽く叩き、先にフォローを入れた。


「またまたぁ~!」 


 今の申し訳無さそうな表情はただのポーズだったらしい。沙羅はぴょこんと頭を上げて満面の笑みを見せる。


「冬馬ってば心にも無いこと言っちゃってさ! 本当はあたしがいない方が嬉しいくせに! あっ、分かったぁ! 今は夏休みで毎日モモと会えているから、冬馬も珍しくそんなに余裕なんだね!」

「……なんだよ、その珍しく余裕だっていうのは」

「だってさー、最近、冬馬のモモに対する態度、なんかおかしいんだもん」

「あ? おかしいって何がだよ?」

「えー、もしかして自分で分かってないの?」

「全然分かんねぇよ」


 冬馬の顔に若干だが不快な色が滲みはじめている。その事に気がついた桃乃はこの二人の会話をハラハラしながら聞いていた。

 渡ろうとした横断歩道の信号が赤に変わり、足を止めた沙羅は斜め上の冬馬を見上げる。


「じゃあ、たとえ話で分かりやすく教えてあげる! 例えばさ、料理の最中に調味料が欲しくなるとするじゃない? それが棚の手の届くところにあるのに、冬馬はわざわざそれを毎回自分が取って、モモに手渡してあげている感じなの。つまり、干渉のしすぎ!」 


 信号はまだ赤のままだ。

 肩にかかる髪をふわりと後ろに手で払い、沙羅は意気揚々と続ける。


「この間もそうだよ! 期末考査の前にあたし達四人で自習室で勉強した時さ、モモの隣の席に男の子が座ってきたでしょ? そしたら冬馬、すかさずその男子をよけさせてたじゃない! ヘンな心配のしすぎ! モモのこと信じてないの? それに当のモモだってなんかおかしいなって感じていると思うよ?」


 沙羅にそう言われた冬馬は左側にいる桃乃を見る。


「……そうなのか、桃乃?」

「う、ううん、そんなことないよ?」


 そうは答えたものの、沙羅の言う通り、最近の冬馬の様子は少し変だと桃乃自身も思っていたためについ視線を外してしまった。視線を避けられた冬馬は焦った口調で言い訳を始める。


「べっ、別にあれはそんな意味でやったんじゃねぇよ。ただ桃乃の隣に座ろうと思ったからどいてもらっただけじゃん」

「じゃあ反対側に座ればよかったじゃない。そっちも空いてたんだからさ」

「…………」


 鋭い沙羅の追求に冬馬が黙り込む。

 ようやく信号が歩行開始許可の合図を出してきたので、一歩足を踏み出したのと同時に桃乃は急いで話題を変える。


「さっ、沙羅! 明後日からの夏期講習、一緒に行かない?」

「夏期講習……? あー! いっけない、あたし、すっかり忘れてたよ! 明後日から始まるんだっけ? せっかく勉強のこと忘れてたのに、またカノンに行かなきゃいけないのかぁ~!」


 うー、と一旦は観念したような唸り声を上げた沙羅だったが、すぐに声を弾ませる。


「まぁいいや! 要も講習受けるしね! そうだ! ねぇ、モモ、お昼前に講習は終わっちゃうけどさ、その後いつものように中庭でお昼食べない? たった四日間だし、モモは冬馬の、あたしは要の分のお弁当も作っていってさ!」

「うん、もちろんいいよ」

「よーし、決まりっ! 何を作っていこうかな~! 要の好きな食べ物ってなにかな? 冬馬知らない?」


 沙羅のはしゃぎようをまだ不機嫌さの残る顔で観察していた冬馬は呆れたように言う。


「……しっかし沙羅はいつでもどこでもハイテンションだよな。お前、落ち込むこととかあんのか?」

「しっつれいね、冬馬! あたしだって落ち込むことぐらいあるよ!」

「そうか? 全然想像つかねぇよ」


 その時、三人とすれ違おうとしていた一人の女性が、足を止めて冬馬を見上げる。



「あら、もしかして西脇くんじゃない?」



 不意に名を呼ばれた冬馬は歩調を緩めた。


「私のこと覚えているかしら?」


 二三度瞬きをした冬馬の足が完全に止まる。


「あ……」


 物静かな声のかけられた方向に視線を流した冬馬の表情に、やがてゆっくりと戸惑いの色が広がっていった。




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