続・四人の約束 < 3 >
昼食が終わった所で沙羅が気軽に切り出した。
「要、今日一緒に帰ろうよ!」
「……」
“ この態度で気づけ ” と言わんばかりに要は無言で眉間に皺を寄せるが、その繊細なボディーランゲージは沙羅にはまったく通じていないようだった。期待に満ちた表情で自分の返答を待っている沙羅に、要は仕方なく言語で伝える。
「お前、テニス部に入ったんだろ? 部活が終わるまで待ってろっていうのか」
「ざーんねんでした!」
元々高めの沙羅の鼻筋がより一層高くなる。
「期末考査が近いから今週から部活はお休みなのでーす! だから帰宅部の要と一緒に帰れるの!」
「……帰宅部って言うな」
「だって要、部活何もしていないじゃない! ねぇ、いつも学校が終わったら何をしているの?」
「別に」
またしてもその素っ気無い態度に沙羅は肩を竦める。
「もう! 本当に要って愛想が無いんだからー! ……ま、いいわ。ところであたし要にすっごく聞きたいことがあるんだけど?」
烏龍茶の缶を手に、要が「なんだよ」と面倒くさそうに答えた。
「まさかあなた、日曜の合コンで彼女をゲットしちゃったわけじゃないでしょうねっ!?」
「……ハァ?」
「さぁどうなの要!? 正直に言っちゃいなさいっ!」
かなり強い詰問調だ。
広い中庭は深緑に溢れる取調室と化し、さながらやり手の敏腕刑事のような沙羅の取調べが始まった。返事を濁すとその追求に一層激しさが増すと考えたのか、
「してねぇよ」
と現容疑者の要はあっさりと答える。
「ホントッ!?」
「あぁ」
「ホントにホント!?」
「……しつこい」
「やったぁ~っ!!」
要の無罪が確定したこの瞬間、鬼刑事は元気な一女子高生に戻る。
「実はさ、あたし昨日からずーっと気になってたんだよねっ! 要に彼女が出来ちゃってたらどうしようかと思ってさ! あぁ、良かったぁ~!!」
あっけらかんと喜ぶ沙羅に、無罪放免となった要は困惑顔で目を逸らすと左側に座っている人間に目で救援信号を送った。親友からのSOSをキャッチした冬馬は、不意に飛び出してきたこの合コンの話題でちょうどあることを思い出す。
「そうだ要。さっき言いかけていた話、教えてくれよ?」
「あぁ、そうだな丁度いい。じゃあ話しておくか」
沙羅の話題を流すために要も即座にそれに応じた。
「なになに? 何の話?」
「要が俺らに話があるみたいだぜ?」
三人の視線が一気に集まったので、照れくささから要は伏し目がちに語りだす。
「……実は俺、今度バンド組むことになってさ」
要を除く三人は「バンド!?」と異口同音に問い返す。
「あぁ。俺中学の時からギターやっててさ、そのうちバンドやろうと思ってたんだ。でも組みたいと思えるヤツになかなか出会えなくてさ。このお堅い高校でメンバー見つけるのは至難の技だしよ」
「そういや、カノンには軽音部なんてねぇよな……」
「でも “ フォークギター愛好会 ” なら無かったっけ? そこじゃダメなの要?」
要は深々とため息をついた。
「お前と話すとマジで疲れる」
「なんでよ! おんなじギターだもん、似たようなもんじゃないのー!」
「ちょっと待てよ、沙羅。まだ要の話が途中だろ」
冬馬が話を本筋に戻す。
「で、お前がバンド組むのと一昨日の合コンがどう関係あるんだよ?」
「今回の合コンの件がきっかけで俺はそのツテを見つけたんだ」
冬馬はそれで全てを察した。
「……兄貴か!」
「そうだ。今回の合コンで冬馬の替え玉を了解する代わりに、裄人さんから宰条の軽音部を紹介してもらったってわけだ」
「さっきの言ってた意味はこのことか……」
「そうだ。でもよ冬馬。合コンの参加はお前への借りを返すのが一番の理由だったんだぜ?」
「あぁそれはよく分かってるよ。本当にサンキューな」
「じゃあ、要くんは裄兄ィにそこを紹介してもらってバンドのメンバーを見つけたっていうことなのね?」
桃乃にいきなり “ 要くん ” と呼ばれ、要の体が一瞬だけ過敏に反応した。しかし要は特にその事には触れずに「そう。倉沢さん正解」とだけ答える。
「まだ音合わせは完全じゃないんだけどさ、三週間後にアマチュアのバンドが何組か集まってライブやることになったんだ。だから皆見に来てくれないかと思ってさ」
「行く行く~ッ!」
沙羅が真っ先に手を上げる。
「面白そうだな。俺も行くぜ。な、桃乃も行くだろ?」
「えぇ、もちろん」
烏龍茶の缶が一定のリズムで音を奏でだす。要は指で缶を弾きながらわずかに声を落とした。
「まだ組んだばかりだから今回はほとんどコピーしかやらないけどな。一曲くらいはオリジナルをぶち込みたいところだけどさ」
「要くんって曲も書けるの?」
「……ちょくちょく書いてる」
正面に座っている桃乃に要はそう答えた。
「担当はボーカル?」
「あぁ」
要は伏し目がちのまま深く頷いた。そこに沙羅が割り込む。
「へぇ~、ボーカルなんだ? じゃあ要って歌上手いんだね!」
「さぁな」
要はフッと小さく笑った。しかしその笑みの裏には絶対的な自信が見え隠れしている。
「そういえば要は絵もすごく上手だったもん! きっとアートな面が優れているんだろうね!」
すかさず沙羅は要をもう一段持ち上げ、今の話題を冬馬にも振る。
「ね、冬馬はどうなの? 歌上手?」
「俺? 俺はどうだろ……分かんねぇな」
「冬馬、結構上手いよ?」
空になったランチボックスを折り畳みながら桃乃が代わりに答えた。
「あ、そうなんだ?」
「うん、中学の時の学校祭のステージで飛び入りで歌ったことあるの」
「あぁ、あったなそんなこと」
冬馬は少しだけ遠い目で懐かしそうに言う。
「それ、俺らが中三の時だよな。学祭のステージで演奏していた奴らの所にバスケ部の連中を全員引き連れて乗り込んでさ、ステージジャックしてやったんだよ。楽器弾ける部員はそれ奪ってさ、俺はボーカルからマイク取り上げて一曲歌って逃げたんだ」
「お前なかなかやるじゃん」
要が見直したような目で賛辞を贈る。
「でもよ、後で学祭の実行委員から俺らめっちゃ絞られたんだぜ? がなったせいで後で口の中に血の味もしたしよ」
「ボイトレを満足にしないで叫ぶから喉を痛めたんだな」
「でもいかにも冬馬らしいエピソードだね! 後先を考えないで突っ走っちゃうとこなんか特に! ねぇねぇ冬馬、その時何を歌ったの?」
「なんだっけ、覚えてねぇや。桃乃覚えてるか?」
「ううん。あれ、私の知らない曲だったから……」
「そうか。ま、そんなことよりとにかく要のライヴに期待大だな」
「うん、本当だね! あたし、要の唄早く聴きたーい!」
「じゃあチケットは俺が皆の分を用意するからさ、来てくれよ」
三人は要に向けて口々に応援のメッセージを送る。
「あぁ、期待してるぜ要」
「要くん、頑張ってね」
「早く行きたーい! すっごく楽しみ~っ!」
── だがこの時点ではまだ誰も知らなかった。
まもなく訪れるこのライブステージで、ある一つの再会があることに。






